国連気候変動枠組み交渉の転換点 — 京都議定書型枠組みの限界と今後の方向性

2012年12月17日 13:00
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員

(GEPR編集部)気候変動枠組み条約の第18回締約国会議(COP18)が12月10日まで、カタールのドーハで開催された。そこでは、温室効果ガスの削減目標を定める京都議定書の仕組みの延長などを定めた「ドーハ合意」がまとまった。日本や米国は、この形の取り組みには参加しないことを表明している。京都議定書型の枠組みの問題点と、今後の展望について国際環境経済研究所(IEEI) 主席研究員、竹内純子さんに解説をいただいた。

この原稿は「月刊Business i. ENECO12年12月号 地球環境とエネルギー」からの転載であり、同社に感謝を申し上げる。

(以下本文)

1997年に開催された国連気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、我が国の誇る古都の名前を冠していることもあり、強い思い入れを持っている方もいるだろう。先進国に拘束力ある排出削減義務を負わせた仕組みは、温暖化対策の第一歩としては非常に大きな意義があったと言える。しかし、採択から15年が経って世界経済の牽引役は先進国から新興国に代わり、国際政治の構造も様変わりした。今後世界全体での温室効果ガス排出削減はどのような枠組を志向していくべきなのか。京都議定書第1約束期間を振り返りつつ、今後の展望を考える。

京都議定書の問題点

国連気候変動枠組み交渉の長い歴史において、確実に一つの転換点と言えるのが2009年12月にデンマークのコペンハーゲンで開催されたCOP15であろう。ポスト京都議定書の枠組みに関する合意形成が期待されていたが、主要国首脳の合意のもと作成された「コペンハーゲン合意」は全体会議での採択を得ることができず、この合意の存在を「留意する(take note)」という非常に曖昧な結果に終わった。国連交渉の限界を露呈したともいわれたCOP15は、京都議定書型トップダウンスキームの「終わりの始まり」であったともいえる。

本誌(月刊ビジネスアイ エネコ)の読者であれば先刻ご承知であろうが、京都議定書の問題点を改めて下記に整理しておきたい。1点目は温室効果ガス削減に向けての実効性だ。京都議定書締約国194のうち、排出削減の法的義務を負うのは先進42の国と地域(日本、欧州連合、豪、露、加など)のみだ(2011年3月時点。環境省HPより)。京都議定書採択当時世界最大の排出国(1997年当時、世界の温室効果ガスの24%を排出)で、7%の排出削減義務を負う予定であった米国は、結局京都議定書を批准していない。新興国を含む途上国も法的削減義務を負っていないため、2009年時点で世界の二酸化炭素(CO2)約290億tのうち、削減義務を負う国からの排出は約26%にしかならず、COP17で日本やロシア、カナダが第2約束期間からの離脱を表明したことや、新興国などからの排出量の増大により、さらにこの割合は低下する(図1)。温暖化対策の究極の目標である「2050年に世界の温室効果ガス排出量半減」が不可能なのは明らかだ。

2点目は、一部の国への削減義務化はリーケージ(漏れ)・国富の流出をもたらすということだ。国際競争にさらされる産業においては、排出削減義務を負う先進国に生産拠点を置くことは、競争上不利益を被る可能性がある。削減義務の無い国への拠点移転は、結局「漏れ」が生じるのみで温暖化対策として有効でなく、削減義務を負った国の空洞化等のきっかけとなる可能性がある。

そして、目的達成の補助的役割として排出クレジットの活用が認められているが、このことで温暖化防止に必要な長期投資が進まないという事態も発生する。クレジットは遵守期間での削減目標達成を最小費用で行うことには資するが、遵守期間を超えるような長期投資を導く価格シグナルを発する保証はないからだ。国際エネルギー機関(IEA)の「World Energy Outlook 2009」によれば、2050年に世界の排出量を半減するには2010〜2030年に世界全体で約10兆ドルの投資が必要であるとされるが、例えば日本は京都議定書第1約束期間の目標達成のために、官民あわせて約4億t、6000億〜8000億円のクレジットを購入するといわれている。

3点目は、こうした交渉による目標設定では、公平性は確保できないという点だ。1点目に述べた通り、削減義務を負う一部先進国と負わない国の間ではもちろん、義務を負う先進国の中にも不公平は生じている。第1約束期間でEUは加盟国(旧15カ国→その後27カ国)全体で1990年比8%の削減を目標とした。

そもそも英独の削減ポテンシャルから考えれば8%は緩い目標であった上に、EU27カ国となってエネルギー消費が非効率な中東欧が入ったために目標達成はさらに容易になった(日本も、排出削減努力の余地が多分にある東南アジア諸国と一体で法的削減義務を負うことが許されれば、目標達成は非常に容易)。また、ロシアは目標値の設定が非常に甘かったために、何らの削減努力をせずに余剰排出枠を得て、それを売却している。基準年のおき方、目標値の設定などが全て交渉によって決まる以上、不公平性が生じ、温暖化対策の実効性にも疑問が生じる。

EUが法的拘束力のある制度に前向きな理由

では、EUはなぜ京都議定書第2約束期間の参加にも、そして新たな枠組みにおいても法的拘束力ある制度に前向きなのか。その最も大きな理由は、既に立ち上げてしまった欧州域内排出量取引制度(EU-ETS)などのスキームを維持せざるを得ないことだといわれている。

EU-ETSは、温室効果ガス排出量にキャップをかけることで全体の排出量を抑制するとともに、温室効果ガス排出を有償にすることで低炭素技術への投資を促進することを目的として、多大な政策資源を投じて作られた制度である。ところが、2008年には一時1tあたり30ユーロ以上の値をつけた排出枠価格が、今や7ユーロ前後にまで値を下げており、EUのエネルギー政策において非常に深刻な課題と認識されている。

そのため欧州委員会は、低炭素技術の導入促進および石炭火力のような排出量の多い技術がロックインされることの回避を理由に、2013年からのEU-ETS第3フェーズにおいて、短期的には今後3年間に予定されているオークションで売る排出権の一部を留保することで市場の需給をタイトにすること、また、長期的にはオークションに出す炭素の全体量を削減し、価格を下支えする方針を表明している。

そのような状況において、EUは日本の排出削減目標に大きな関心を寄せていた。原子力発電がほとんど停止した状態で、日本の温室効果ガス排出量は当然増加している。日本経済新聞が報じた環境省の試算によれば、2011年度の排出量が13億3000万トンだったのに対し、2012年度は13億8400万トンと急増する見込みだという(注1)。

原子力発電の再稼働が見通せず、排出削減の有効な手立てが見いだせない中で、日本が引き続き法的削減義務を負えば、クレジットを購入して達成するよりほかなくなる。こうして日本が買い手となって排出枠価格の底上げを牽引してくれることを期待していたのだ。

しかし前述したとおり、クレジットの購入は国富の流出にほかならず、日本政府が京都議定書第2約束期間からの離脱を明言したことは、温暖化対策の実効性という観点からも、また日本の厳しい経済状況を鑑みても正しい対応だった。

COP18以降も温暖化交渉においては様々な圧力をかけられる恐れがあるが、日本政府はぶれることなく現在の交渉方針を貫くべきであり、国内の報道も安易に「日本が交渉上孤立」などと騒ぎ立て足元を揺るがすようなことは厳に避けなければならない。なお、EU内部でも排出量取引市場には批判的な意見が出てきている。(注2)

(注1)2012年7月20日日本経済新聞夕刊
(注2)ドイツ シュピーゲル誌10月26日記事

温室効果ガス排出制限は経済発展の制限に通じる

このように、国連気候変動交渉の裏側には各国の思惑が渦巻いており、これを「地球温暖化問題の解決に向けて世界各国が話し合う場」と認識していると、会議場でのやりとりはほとんど理解することができない。温室効果ガス抑制は、すなわち化石エネルギーを消費し経済発展をする権利を制限することであるため、国益をかけたぶつかり合いの場となる。温室効果ガスを抑制しつつ経済成長をすることも可能だという主張もあるが、そうした「グリーン成長」は非常に困難であることを示したデータがあるので紹介したい。

経済協力開発機構(OECD)各国の1990年、1995年、2000年、2005年(いずれも前後5年間の平均値)における国内総生産(GDP)成長率と電力消費量の関係をプロットしたグラフ(図2)だ。これを見ると過去経済成長しながら電力消費量を削減できたのは、1990年(5年平均)のドイツくらいしかないことがわかる。

このことで「ドイツは電力消費量を減らしながら経済発展に成功した」といわれることがあるが、東西ドイツ統合の影響による「特殊事例」ととらえるのが妥当だろう。歴史的な事実としては、経済発展すれば電力消費量は増え、原子力発電や再生可能エネルギーの導入量により幅はあるものの温室効果ガス排出量も増えるのが一般的だといえる。そのため、温室効果ガス排出量をトップダウンで制限しようとすれば、成長制約要因の押し付け合いの様相を呈するのだ。

今や世界一の温室効果ガス排出国となった中国、インドなど新興国が「(先進国と途上国の)共通だが差異ある責任( Common but Differentiated
Responsibilities)」を主張し、自国が排出削減の法的義務を負うことを受容しない理由はここにある。京都議定書の一番の問題点である温暖化対策としての実効性、カバー率の低さを解消するには、新興国を中心に、法的削減義務を負う国を増やすことが必要だが、それを交渉によって実現していくことは、今の国連交渉を見る限り非常に難しいと言わざるを得ない。

COP17までの成果とポスト京都のあるべき姿

温暖化対策の国際交渉が混迷する中、世界のCO2排出量は2011年、過去最高を記録した。(注3)京都議定書の第1約束期間の経験を通じて世界が学んだことは、一部参加国に法的削減義務を課すトップダウン方式の限界、そして、技術・ビジネスの観点を取り込むことの重要性と言えるだろう。

ポスト京都といわれる2020年以降の枠組みはどうあるべきか。COP15は失敗と評される向きもあるが、ボトムアップ・アプローチという新たなスキームへの転換点として大きな意義があった。京都議定書のカバー率は26%に過ぎないが、コペンハーゲン合意では、米・中を含む先進国・途上国が設定・登録した自主的目標によるカバー率は85%にもなった。

しかし位置づけの不確かな将来枠組みしか描けなかったことで、COP15 後は再び京都議定書「延長」が焦点となったが、COP16では、コペンハーゲン合意を進化させたカンクン合意を国連の正式文書に位置づけることに成功した。

この流れを受けたCOP17では、① 全ての国に適用される法的文書の作成に向けた道筋(ダーバン・プラットフォーム特別作業部会の設置)
② 京都議定書第2約束期間に向けた合意の採択
③ 「緑の気候基金」の基本設計合意
④ カンクン合意実施のための一連の決定という成果をみた。重要な事項はすべて先送りされているとの批判も聞かれるが、「全ての国に適用される」という文言が入った将来枠組みの設定、カンクン合意の着実な実施など、あるべき要素は盛り込まれており、また、数年来主張してきた通り日本(及びロシア、カナダ)が京都議定書第2約束期間に参加しないことは各国に改めて認知された。

温暖化国際交渉の趨勢は既にボトムアップ・アプローチに軸足を移している。少なくとも、次なる法的拘束力のある枠組みができるまでの有効な温暖化対策として、期待は高い。ボトムアップ・アプローチのネックは強制力の弱さだ。しかし、トップダウンの数値目標設定に拘っていては取り組みそのものが始まらない。世界全体で見て実効性ある温室効果ガス削減を始めることが重要だ。そして、それを可能にするのは民間の技術力であり、ビジネスベースでの高効率技術の移転が促進される仕組みを入れ込むことが最重要事項だと筆者は考える。

日本には世界に冠たる省エネ技術がある。9月25日に公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)が発表したレポートで、日本の鉄鋼業は世界一のエネルギー効率を誇ることが改めて明らかになった。こうした技術の普及拡大を促進する仕組みとして、日本が提唱する2国間オフセット・クレジット制度には大きな期待が寄せられている。粘り強い提案とフィージビリティスタディの進展などにより、今年になって国際的認知度が向上しているという。

政府も来年度からインドネシア、ベトナムなど政府間協議が進展している国を中心にモデル事業支援に乗り出す方針を打ち出し、10月8日にはインドネシアと日本の閣僚級対話により、来年4月から2国間クレジット制度の運用を開始することを目指す旨の合意が得られたという。(注5)実績を積み上げ、柔軟でビジネスの実態に即した、実効性あるスキームが確立されることを期待する。

国連気候変動交渉でも、実際の技術移転とその資金的支援を行う重要性は認識されており、「CTC&N(Climate Technology  Center & Network)」と「緑の気候基金(Green Climate Fund)」の設立準備が進められている。こうした制度が実効性を伴うものになるような提案こそが、日本に求められる貢献だと言えるだろう。

(注3)IEA 2012年5月24日リポート
(注4)日本鉄鋼連盟HP
(注5)経済産業省HP 電力中央研究所研究報告書(上野貴弘)

(2012年12月17日掲載)

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竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員

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