金融界の電気事業制度改革に対する懸念
電力各社の金融機能の低下は電気事業全体のリスクに直結する
電力自由化は、電気事業における制度担保がなくなることを意味する。欧米諸国の電気事業者の財務格付けは、自由化の前後で、国とほぼ同等の格付けから、経営環境や個社の財務状況を反映した格付けに改定された。その結果、大半の電気事業者が、財務諸比率が改善したにもかかわらず、財務格付けを引き下げられた。
日本の電力各社は、3・11後に、業績が著しく悪化し、財務体質も劣化している。電気事業制度の改革を進めるにあたっては、まず業績の悪化要因を是正し、経営環境を整えること。そして、制度改革を進める際には、電力各社の資金調達に悪影響が生じないように、金融面にも十分に配慮することが求められる。
典型的な設備産業で、設備の維持・更新・メンテナンスや発電用燃料の調達などに多額の資金を必要とする電力会社には、他産業に比べて、より高い財務基盤が求められる。金融機能の低下は電気事業全体のリスクに直結するといっても過言ではない。
金融界の懸念は過大か?
私は、電力システム改革専門委員会(編集部注・伊藤氏は委員)で、金融業界が抱いている懸念について以下の見解を示した。
- 小売全面自由化までには一定の期間が設定される見込みであり、それまでに足元で生じている収支の悪化・財務体質の悪化原因の多くは解消されている可能性が高い。
- 小売全面自由化後に料金規制が撤廃される見込みであり、需給がよほど緩和されない限り、むしろ現状に比べて適正な料金を設定しやすくなる。
- 発送電分離は事業者間での公平性・中立性の一層の確保を目的として行われるものであり、過大な非対称規制が導入されない限り、一般電気事業者の事業環境が大きく悪化する可能性は低い。
- 発送電分離を進める際には供給安定性、安全性、経済合理性などの確保やサービス水準の低下が生じないように詳細制度の設計がなされ、資金調達面でも悪影響が生じないように配慮される見込みである。
また、制度設計を進める際に配慮が求められることとして以下の事項を掲げた。
- 現行の電気事業法の規定により、社債発行時に自動的に付与される一般担保に関しては、改革施行前に発行された債券に影響が及ばないようする。
- 詳細制度設計の際、電気事業全体の健全性が損なわれないよう十分に配慮する。
- 過大な非対称規制を設定しない。
- 改革時に金融情勢にも配慮し、金融関係者・国民に内容をわかりやすく説明する。
これらの見解や提案に異議を唱える委員は現れず、報告書にも金融面への配慮を行うと明記された。詳細制度設計はまだ始まっていないが、専門委員会での議論や報告書に示された方針が変更されない限り、電力システム改革専門委員会で論点となった規制・制度の変更は、電力各社の金融機能に大きな影響を及ぼすことはないと考えられる。ただし、まだ、そのように判断できる状況ではない。
株価は上昇したがクレジット市場での電力各社への懸念は拡大
電力各社の株価が4月中旬に急騰した。原子力規制委員会から新規制基準案が示されたことで原子力発電所の早期再稼働観測が広がったこと、経済産業大臣が業界再編の可能性を指摘したことなどが材料視されたようだ。
現時点では経営健全化のめどが立っているとは思えないので、株式市場の評価は楽観的すぎるように思われるが、電力各社の6月中旬現在の株価が4月上旬以前の水準を上回っていることから、株式市場においては電力各社の先行きに対する見方がやや改善したと考えられる。ところが、株価は上昇したものの、クレジット市場では、むしろ電気事業制度の先行きに対する懸念が広がっている。
ちなみに、株式市場では、財務データ、株主還元などの予想値や、これらの数値から算出した投資指標を比較したり、経営に影響を及ぼす諸要因を考慮したりして投資判断が行われている。投資指標の比較対象は、市場全体、同業他社、時系列など様々で、絶対的な評価基準は存在しない。
対して、クレジット市場の評価は株式市場に比べると明確で、社債の償還や融資の返済にどの程度のリスクがあるかどうかによって判断されるが、その評価は予想される最悪の事態を想定して行われることが多い。
懸念点の一つは金融面への配慮の中身が明確でないこと
電力システム改革専門委員会で議論された規制・制度改革の範疇では、金融面への配慮の中身がまだ明確に示されていないことが懸念されている。4月に閣議決定された「電力システムに関する改革方針」の中で、一般電気事業者の資金調達環境について言及されたが、その内容は、『一般担保を含めた金融債務の取り扱いや行為規制に関して必要な措置(経過措置等)を講じる』のみで、具体的な対策は示されていない。
金融界の最大の関心事は原子力の先行き
それ以上に懸念されているのが、専門委員会で議論されなかった原子力、料金、エネルギー政策、東京電力の総合特別事業計画などである。
中でも金融界が大きな懸念を抱いているのが原子力の先行きである。具体的には、
①国策として推し進められ、設備・運用等の基準を設定してきた国の責任が明確に規定されるか、
②今年7月に原子力規制庁によって設定される新安全基準を満たした発電ユニットの再稼働が着実に進められるか、
③新安全基準、活断層問題、立地自治体の判断等によって廃止を余儀なくされるユニットが出てくるか、
④原子力バックエンド事業に関わる諸制度がどのように改定されるか、
そして、クレジット市場が最も注目しているのが、⑤原子力損害賠償額に上限が設定されるかどうかである。
確かに、現状、および、先行きの不透明さはクレジット市場が懸念を抱いて当然といえる憂慮すべき状況にあると思われる。
(2013年7月16日掲載)

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