変われるか?「原子力ムラ」 — 閉鎖性からの脱却を

2014年04月07日 15:55
石井 孝明
経済ジャーナリスト

日本原子力学会の事故報告書の発表会(東京)

「原子力ムラ」言葉使う人は稚拙

「原子力ムラ」という言葉がある。漠然としているが「政官学財に巣食い、癒着し、閉鎖的で、利権をむさぼる悪の結社」という意味を込め、批判の文脈で使う人が多いようだ。

この言葉は問題を単純化しすぎている。悪意や利権だけで、原子力に関わる人はいない。また人々の原子力の関わり方にはさまざまな形がある。それを「ムラ」とまとめるのは、あまりにも雑な議論だ。他者に「悪人」とレッテルを貼り、自分を「善人」として社会問題の議論をする行為は、問題を冷静に分析し、議論を深めることを妨げてしまう。実際に、この言葉を頻繁に使う人の議論は稚拙なものが多い。

思い出すのは、菅直人氏が首相在職時から「原子力ムラ」という言葉を使って批判を繰り返すことだ。彼の原子力とエネルギーをめぐる議論は、この人が首相だったことに恐怖感を抱いてしまうほど、レベルの低いものばかりだ。昨年10月に、みのもんた氏が息子の不祥事でテレビ番組司会を降板したことについて「原子力ムラの陰謀の可能性がある」とブログで書き、人々が失笑した。そんな暇ではないだろう。

原子力関係者から感じる閉鎖性

ただし「ムラ」という言葉には原子力関係者、特にその指導的立場にいる人が閉鎖的という批判的な意味が込められているようだ。私は、これは当たっている面があると思う。

原子力は専門性が高い技術であり、取り組むためには高度な知的訓練が必要だ。それを主導する人は、高学歴で男性中心の理系知的エリートに限られてしまう。出身校は原子力関連学部を持つ有名大学であり、就職先も研究職、電力、原子力メーカーなどに限られる。文系からその分野の指導的な地位に就く人でも、関わり方は官僚機構、電力会社の幹部などに限られる。少数のエリートだ。

福島原発事故前に、そうした人らに取材をすると「原子力は日本のためになる」と、自分の仕事に自負心を持って話す人が多かった。また取材でうかがう限りでは、まじめで仕事に誠実であろうとする人ばかり。日本の社会や職場では、評価を受ける人たちだ。

しかし、こうした知的エリートたちは、異論を持つ人とのコミュニケーションに熱心でなく、閉鎖的な雰囲気があった。もちろん人それぞれであろうが、社会との関係の中で原子力のあり方を考える意欲の少ない人も散見された。

さらに反対派への敵意が言葉の端々に感じられることがあった。「話が通じない」「自分の仕事を罵られる悔しさが分かるか」。話し込むと、こうした批判を聞いたことが何度もある。冷静に考えるべき問題を、感情的にとらえていることに驚いた。

確かに、原子力をめぐる議論の中には「原発は怖い」という感情的な意見もあった。左派系野党からは、政治的混乱を引き起こそうとするおかしな主張も多く出た。論理と数式、法則に基づく科学教育を受けてきた知的エリートたちにとって、感情で迫る「大衆」や、自分の利益のために原子力を使おうとする「政治家」は、異質な存在であっただろう。

福島事故前に原子力をめぐる合意は、あまり社会に蓄積されていなかった。推進派は原発をつくり、反対化は先鋭化。そして大多数の国民は、金を払って電気を利用するだけの単なる「消費者」になり、自らエネルギーの行く末にかかわることはなかった。今考えれば、こういう状況を生んだのは、原子力関係者が社会合意を積み重ねる営みを「手抜き」したことが影響していた。

しかし、この状況は福島事故の遠因になった。原発への安全性への疑問は、正しい指摘も含むのに聞いてもらえない「カサンドラの叫び」となった。また、この事故以来、今でも原子力、エネルギー政策をめぐって、先行きが何も決まらない混迷が続く。合意形成が事故前になかったために、事故のショックの後に人々が最初に拒絶反応を示すことは当然だろう。

危機に向き合わない秀才たちの頼りなさ

そして福島原発事故が起こった。社会全体に原子力への怒りが渦巻く中で、関係者は批判を怖れてそろって沈黙した。

東京工業大学原子炉研究所助教の澤田哲生氏は、福島事故後にテレビ出演、講演、執筆を引き受け続けた。原子力関係者の多くは逃げ出した。澤田氏はその結果、目立ちすぎてしまいインターネット上から現実の世界まで今も「御用学者」と罵られ続けている。

「情報を発信してくださいと『ムラ』の人に言っても怖がるのです。技術は社会に認められなければ存続できないのに、今の状況の深刻さを分かっていない。秀才たちの頼りなさが悲しくなります」(澤田氏) 

事故から3年が経過して、原子力関係者の間にようやく、反省と対話を始めようという動きが出ている。日本原子力学会は今年3月11日、「福島第一原子力発電所事故
その全貌と明日に向けた提言–学会事故調 最終報告書」(丸善出版)
刊行した。

発表の会見で、調査委員会委員長の田中知(たなか・さとし)東大教授は語った。「専門家の力不足を痛切に反省しています。さまざまな立場の方と交流し、謙虚に学ぶことを欠いていたことが事故の一因です」。この反省は、どこまで原子力関係者に真剣に受け止められるのか、ぜひ注視したい。

社会との関係の中で、技術も仕事もある

人は、自らの仕事の社会的な意味を忘れてしまうことがある。この問題をめぐり、政治哲学者ハンナ・アーレント(1906—75)が書いた、裁判記録に「イエルサレムのアイヒマン–悪の陳腐さについての報告」(邦訳はみすず書房)という本が繰り返し欧米の知識人の間で引用される。

第二次大戦中のドイツによるユダヤ人の大量殺害で輸送にかかわったナチス親衛隊将校アドルフ・アイヒマンは逮捕され裁かれる。彼は「命令に従っただけ」と繰り返した。

アーレントは、彼を「悪の無思想性」「小心な小役人」「反ユダヤ思想をほとんど持っていなかった」と描写。その無思想性ゆえに世界最大の殺戮の遂行者の一人となったことを「滑稽」と述べた。この本での「悪の無思想性」とは「社会との関係、倫理、価値の判断や多様な視点から、自らの営みを検証せず、何も考えずに命令を遂行し、状況を受け入れたこと」を意味すると、私は理解している。

組織やシステムが巨大化する現代社会において、こうした「無思想性」に人は陥りがちだ。もちろん原子力は一つの技術にすぎず、ナチスのような悪ではない。しかし原子力関係者に「目先の仕事だけを考える」発想があったように思う。

しかし福島原発事故前に、それぞれの持ち場で、そこからあと一歩踏み込み、原子力と社会の関係を考え、実践していたら、どうなっただろうか。福島原発事故という悲劇も起こらなかったかもしれない。また仮に起きたとして、現在の混乱はまったく別の姿になっていただろう。

日本の原子力は、福島原発事故に向き合い、信頼を持たれる形で社会との関係を構築しなおさなければ未来はない。社会に開かれ、信頼される集団に生まれ変わることができるのか。今が原子力関係者の正念場だ。

そして原子力関係者が社会と適切な関係を作るということは、裏返せば社会を構成する国民一人ひとりが原子力をどのように考えるかということと関係する。残念ながら、原子力をめぐる議論では原発事故の影響で、感情が先行して落ち着いた議論ができる状況ではなかった。

もう事故から3年が経過した。「原発反対」「原子力ムラが悪い」と単純な答えを絶叫するだけでは、何も問題は解決しない。状況を憂う一人ひとりが、原子力関係者を巻き込む建設的な議論を始め、原子力とエネルギーをめぐる社会的合意づくりの努力を始めるべきだ。責任は当然、専門家だけではなく、私たちにもある。

(2014年4月7日掲載)

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