「大飯原発判決」これだけの誤り

2014年06月09日 12:30
澤 昭裕
国際環境経済研究所所長 21世紀政策研究所・研究主幹

(産経新聞「正論」 転載)

5月21日、大飯原発運転差し止め請求に対し福井地裁から原告請求認容の判決が言い渡さ れた。この判決には多くの問題がある。

専門技術知識欠いた判断

第一に論理の乱暴さである。判決は、「(新しい)技術の危険性の性質やそのもたらす被害の 大きさが判明している場合には、技術の実施に当たっては危険の性質と被害の大きさに応じ た安全性が求められることになるから、この安全性が保持されているかの判断をすればよい だけ」とし、危険性を一定程度、容認しないと社会の発展が妨げられるのではないかという 議論を切り捨てている。

だが、まさにその「危険の性質と被害の大きさに応じた安全性」を確保するため原子炉等規 制法が改正され、福島第1原発事故の反省に立って規制基準を厳格化したうえで原子力規制 委員会が新基準適合性を審査しているのだ。

判決は「人格権」の保護という法理から裁判所は直接的に危険性の有無を判断できるとし、 「行政法規の在り方、内容によって左右されるものではない」として規制委の判断は無関係 だと言う。

しかし、福島事故後に改正された新炉規制法は「国民の生命、健康及び財産の保護」を法目 的に謳(うた)い、「人格権」自体を保護するための法律であることを明確にしている。判決 はこの点を全く無視して、あたかも裁判所のみが人格権保護の役割を持っているかのような 態度を取る。そのうえ、炉規制法に基づく新規制基準の適否について評価もしないまま、原 発の危険性について独断的説示を行っている。しかも、その検討内容はずさんだと言わざる を得ず、判決後に専門家からさまざまな技術的誤りを指摘する批判が出ている。

こうした批判は事前に予想していたとみえ、判決は「(人格権の法理)に基づく裁判所の判断 は…必ずしも高度の専門技術的な知識・知見を要するものではない」と予防線を張っている。 専門技術的な知識に基づく規制委の規制基準と必ずしも専門技術的な知識に基づかない規制 基準が二重に存在することになるという点について、判決は何も語らない。

「ゼロリスク」求めた愚

第二に「危険性」と「安全性」の定義を明確にしていないため、判決自体も混乱しているこ とだ。前述の通り「安全性が保持されているかの判断をすればよいだけ」と自ら述べつつ、 その後で「かような事態を招く具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべ き」としている。判決はこの二つの議論を同義だと考えているようだが、誤りである。

裁判官が安全規制の本質を理解していない証左だろう。原子力を含む全ての技術に危険性が 存在することを所与のものとして、その危険性が顕在化する確率を最小化し、顕在化した際 の被害を最小限に食い止める対策を施すのが安全規制の根本的な考え方なのだ。

判決に際しては、「危険性が万が一でもあるのかが判断の対象とされるべき」ではなく、差し 止め請求を受けている原子力事業者が、リスク(危険が顕在化する確率とその際の被害の大 きさ)を最小化するため適切かつ十分な対策を取っているかどうかが、判断の対象とされる べきなのである。

この本質論を裁判官が理解できない限り、「ゼロリスクでなければ原発を動かすべきではない」 という一見尤(もっと)もらしい判決が今後とも増える懸念がある。それを避けようとすれ ば、原子力事業者は訴訟で実質ゼロリスクを証明することが必要となりかねない。すなわち、 これは「原発を動かしたければ、原子力事業者は再び安全神話を語って世の中を説得せよ」 と求めるに等しい判決なのである。

累は全てのインフラに及ぶ

第三は、本判決というより、訴訟の構造問題とでもいうべきものだ。つまり、原発のみなら ず全てのインフラは何らかのリスクを有していると同時に、公益的な利便も提供している。 インフラに隣接する住民が人格権に基づいて当該インフラの運転差し止めを求め、裁判で、 その請求が認容された場合、インフラの機能は停止し公益的な利便も失われてしまう。

裁判所は、具体的な事案に限定して局地的な解決を判示することしかできない。公益的な利 便を維持するために何が必要になるかを考える必要も責任もない。インフラ機能停止によっ てもたらされる混乱や公益の喪失は、行政にそのしわ寄せがくることになろう。

判決を下す前に、それによって予想される混乱や公益の喪失をカバーするための行政との調 整が行われるような制度的な仕組みはない。であれば、判決を行う裁判官の良識に頼るしか ない。

今回の判決は、電力需給問題、電気料金、温暖化ガス排出問題などは原発の危険性に比べれ ば取るに足りないかのごとき扱いをしており、世間の喝采を受けている。しかし、私から見 れば、本判決は個別的請求に対する答えでしかないのだという防壁を築きながら、一方で公 益の喪失との調整の必要性については、想像力が遠く及んでいないものでしかない。

(2014年6月9日掲載)

 

This page as PDF
澤 昭裕
国際環境経済研究所所長 21世紀政策研究所・研究主幹

関連記事

  • 笹川平和財団が発表した「プルトニウム国際管理に関する日本政府への提言」が、原子力関係者に論議を呼んでいる。これは次の5項目からなる提言である。 プルトニウム国際貯蔵の追求:「余剰」なプルトニウムを国際原子力機関(IAEA
  • nature.com
    nature.com 4月3日公開。英語題「Impacts of nuclear plant shutdown on coal-fired power generation and infant health in the Tennessee Valley in the 1980s」石炭火力発電へとシフトした結果、粒子汚染が増加し、影響を受けた場所のほとんどで乳児の健康が損なわれた可能性があることから、公衆衛生に対する悪影響が示唆されている。
  • 原子力規制委員会は24日、原発の「特定重大事故等対処施設」(特重)について、工事計画の認可から5年以内に設置を義務づける経過措置を延長しないことを決めた。これは航空機によるテロ対策などのため予備の制御室などを設置する工事
  • 日本の原子力規制委員会、その運営を担う原子力規制庁の評判は、原子力関係者の間でよくない。国際的にも、評価はそうであるという。規制の目的は原発の安全な運用である。ところが、一連の行動で安全性が高まったかは分からない。稼動の遅れと混乱が続いている。
  • 奈良林教授が、専門家向けにまとめた報告。
  • アゴラ研究所の運営するネット放送「言論アリーナ」。 今回のテーマは幼稚化するエネルギー論争」です。 経団連がエネルギー問題で国民的な議論を呼びかけましたが、論争には感情論が多く、むしろレベルは劣化していています。この背景
  • 低レベルあるいは中レベルの放射線量、および線量率に害はない。しかし、福島で起こったような事故を誤解することによる市民の健康への影響は、個人にとって、社会そして経済全体にとって危険なものである。放出された放射能によって健康被害がつきつけられるという認識は、過度に慎重な国際的「安全」基準によって強調されてきた。結果的に安心がなくなり、恐怖が広がったことは、人間生活における放射線の物理的影響とは関係がない。最近の国会事故調査委員会(以下事故調)の報告書に述べられている見解に反することだが、これは単に同調査委員会の示した「日本独自の問題」というものではなく、重要な国際的問題であるのだ。
  • 北朝鮮の1月の核実験、そして弾道ミサイルの開発実験がさまざまな波紋を広げている。その一つが韓国国内での核武装論の台頭だ。韓国は国際協定を破って核兵器の開発をした過去があり、日本に対して慰安婦問題を始めさまざまな問題で強硬な姿勢をとり続ける。その核は実現すれば当然、北だけではなく、南の日本にも向けられるだろう。この議論が力を持つ前に、問題の存在を認識し、早期に取り除いていかなければならない。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑