不思議の国のエネルギー論議

2014年06月30日 14:30
有馬 純
東京大学大学院教授

(GEPR編集部より)
温暖化問題の日本の交渉官だった有馬純さんの論考で、提携する国際環境経済研究所(IEEI)のサイトから転載しました。有馬さん、またIEEIの皆さんに感謝を申し上げます。欧州は気候変動問題で世界の論調をリードしてきましたが、時代の変化に追いつかない教条的な面も少し見られるようになってきました。日本の最近の主張にもよく似ています。現地からの報告です。

(以下本文)

「原子力の無視」など現実を直視しない議論

先日、ロンドンの著名なシンクタンクが主催するハイレベルのフリーディスカッションに参加してきた。テーマはエネルギーを巡る4つの相克(Quadlilemma)である。4つの相克とはエネルギー安全保障、環境保全、国際競争力、エネルギーアクセスを指す。エネルギーの安定供給を図りながら、温室効果ガスも削減し、エネルギーコストを抑えて競争力を確保し、かつエネルギーアクセスを有していない人々(世界の人口の26%)へのエネルギー供給を確保していくことはミッション・インポッシブルに近い難題である。

参加者は先進国・途上国の国際機関、学者、シンクタンク、政府関係者等で、エネルギー安全保障、温暖化問題、国際競争力、エネルギーアクセスについてリードスピーカーが論点を提供し、その後議論するという形式である。面白い試みは30名超の参加者を3つのグループに分け、それぞれで1時間半程度のブレーンストーミングを行わせるというものであった。当然ながら議論は多岐に及び、1日の会議で方向性や結論が出るような性格のものではない。いくつか印象に残る点があったので、紹介したい。

第1に「Nワード」の不在である。この会議のスポンサーはある大手の石油ガス会社であった。そのせいか、シェールガスを含む天然ガスの役割を強調する議論が多かった。当然のように欧米のシンクタンクからは再生可能エネルギーや省エネの役割を強調する声も相次いだ。

ある米国のクリーンエネルギー関連のシンクタンクは「IEAの再生可能エネルギーのラーニングカーブ(学習曲線)に関する前提は保守的過ぎる。実際にはもっと早く競争力がついて化石燃料と競争できるようになる」と主張していた(それならばこのような会議で4つの相克について議論する必要もなくなるのだが)。そうした中でNワード=原子力(Nuclear)に触れる人が私を含む2−3名を除いて不思議なほどいなかった。

エネルギー問題を解決する鍵が天然ガスと再生可能エネルギーと省エネというのは何とも広がりを欠いた議論に思えてならなかった。

第2にイノベーションに関する議論の不在である。世界の人口増加に伴うエネルギー需要の拡大とエネルギー需給安定、環境保全を両立させようとすれば、現在のエネルギー技術体系での対応は困難である。

革新的なエネルギー技術開発を通じた非連続的な温室効果ガス排出パスの低下が必要なのだが、それに触れた人も私を含む2−3名を除いてほとんどいなかった。もっとも「化石燃料、原子力に費やしているR&D原資を再生可能エネルギーに回すべきだ」という欧州でよく聞く議論はあったのだが。

こうした議論を展開する人々は技術革新による再生可能エネルギーのコスト削減には確信を持って語る一方、原子力や化石燃料分野でのイノベーションにはほとんど触れない傾向が強い。私の目から見れば「良いとこ取りのイノベーション論」である。原子力の役割と包括的な(良いとこ取りではない)イノベーションの役割を強調した面々がほぼ一致していたのも偶然ではないのかもしれない。

競争力、石炭火力は重要な論点だが…

第3は競争力に関する議論が欧州の出席者からほとんど提起されなかったことだ。1月に発表された欧州委員会のエネルギー気候変動パッケージでは主要貿易パートナー(特に米国)とのエネルギー価格差の問題が強く認識されており、欧州のエネルギー政策当局者が直面するジレンマを色濃く反映したものになっている。

本会合でもそれが議題になっていたのだが、むしろ欧州の環境系シンクタンクから「エネルギーコストが国際競争力に及ぼす影響は部分的。むしろ高いエネルギーコストで省エネや新技術の開発が進めば、欧州の競争力を増すことにつながる」という議論が展開されていた。欧州のエネルギー多消費産業やポーランド等の東欧諸国が参加していなかったことも大きいのだろう。

第4に石炭火力に対する敵意である。石炭火力は一度建造されるとロックイン効果を持つため、CCSを伴うものでなければ認めるべきではないとの議論が複数の出席者から提起された。

これに対して「石炭火力を好むと好まざるとにかかわらず、石炭は潤沢に存在する安価なエネルギー源であり、これからエネルギーアクセスを拡大していく中で石炭火力の利用が拡大することは不可避である。これを前提とすれば、超々臨界や超臨界といったより環境に優しい石炭火力技術を普及すべきである。世銀等の多国間開発金融機関がこうした技術への融資をとりやめたとしても、石炭火力はなくならず、むしろより低効率の技術が中国の資金で作られることになる」という反論があった。

私も100%同感であったが、更なる議論の時間もなく、ブレークアップセッションに移った。そこで私は上記の発言を引用しながら、「政治的・経済的現実を考えれば原子力や石炭等の特定のエネルギー源をオプションから外すことは非現実的。石炭火力がガス火力や再生可能エネルギーに比して環境性能が低いことは事実だが、それを排除できない以上、次善の策を考えるべき」と問題提起したところ、「超々臨界も超臨界もクリーナー・コール・テクノロジーではあるが、クリーン・コール・テクノロジーではない。貴兄の言っていることは450ppmどころか850ppm、1000ppmを許容する議論だ。自分の子供たちのためにそんなことは認められない」という指弾にも近い反応が返ってきて、思わず相手の顔をまじまじと見てしまった。

欧州に「しみついた考え」はあるのか

こうしたラウンドテーブルの議論がどの程度有益なものになるかどうかは、出席者の質とバックグラウンドの広がりに大きく左右される。残念ながら今回のハイレベル会合は出席者に偏りがあったように思われる。このシンクタンクは他の分野では評価が高いだけに惜しまれる。

議論の中にはあたかも「不思議の国のエネルギー論議」を思わせるものがあった。再生可能エネルギー導入20%、温室効果ガス削減20%、エネルギー効率改善20%のいわゆる「20:20:20」目標をかかげた欧州委員会ですら、米国との価格差の拡大、ウクライナ問題等に直面し、軌道修正を余儀なくされているだけに、当日の議論の中身は驚くほど旧態依然たるものだった。

一緒に参加した日本の研究者の方から「欧州は今でもこんな感じなんですかね」と聞かれた。私からは「外の世界はずいぶん変わりつつあるのですが、この会議を聞いているとギャップを感じますね。会議出席者の顔ぶれが原因ですかねえ」と答えた。「一度しみついた考え方から脱却することは容易ではない」と自戒をこめて感じた次第である。

(2014年6月30日掲載)

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