福島でのリスクコミュニケーションの重要性・下=情報流通での科学者の責務

2014年11月04日 17:00
ジェラルディン・アン・トーマス
ロンドン王立大学分子病理学教授、医学博士、チェルノブイリ生理組織バンク所長

Chernobyl Tissue Bank (ホームページ)
筆者ホームページ

「(上)放射能より恐怖が脅威」から続く。

甲状腺検査におけるコミュニケーションの必要性

また私は、福島県伊達市の「霊山里山がっこう」というところで行われた地域シンポジウムに参加しました。これは、福島県で行われている甲状腺検査について考えるために開催されたものです。

(写真1)福島伊達市でのシンポジウム

周辺の住民30~40人が参加された小さなシンポジウムでした。小児医療に関わられる医師、地元相馬市で臨床に関わられる医師らとともに、パネリストを務めたのですが、私たちだけでなく 参加者が活発に意見を示し 議論に参加する有意義なものでした。

今年の3月まで福島県で行われていた甲状腺スクリーニング検査は、「先行調査」といって「 ベースラインの甲状腺疾患の罹患率を確認するためのもの」 とされています。しかし「 これまでの調査が「先行調査」とされていることを知っている人」 と住民の方にお聞きしたところ、ほとんどの方が「知らない」と回答されました。

「私たちは放射線の影響を見るための検査と思って子どもたちに受けさせていました」という発言をうかがい、スクリーニングする側から住民に対して十分な説明がなされていないという事実に大変に驚きました。会場の参加者からも、「説明が不十分である」という点と、「説明そのものが専門的で分かりにくい」という点の2つのコミュニケーション不足が指摘されました。

こうしたコミュニケーションの不足によって、県民に寄り添おうとして行われている甲状腺超音波検査が、かえって県民に疑いや不安をもたらすということの原因になっていると考えられます。

私は、福島第一原発の事故後に、日本以外の国でも、また日本でも放射線リスクコミュニケーションに積極的に取り組み、学校や大学で幅広く講演を行っています。日本では小学生や環境グループから政府機関で働く人々まで、いろいろな人たちと話してきました。コミュニケーション不足による誤解、情報の錯綜による混乱、知らされないことによる不安などにさらされている福島の方に対して 、科学者として、医療従事者として正確な情報を伝えることで、そうした誤解、混乱、不安を少しでも解消したいのです。

またリスクコミュニケーションの役割の大きさを、今回の福島訪問を通じて、あらためて認識しました。人々を安心させられる情報、簡単に理解できる情報を提供できればと思っています。シンポジウムでの議論はとても活発で、地元の人々が積極的に問題にかかわり、私たちが提供する情報を熱心に活用しようとされていることが分かり、本当にうれしく思いました。それに加えて、とりわけ地元の生産物、特にとてもおいしい地元の桃を食べることができたのは大きな喜びです。

より正確な情報を伝えたい

最後に訪れたのは福島助産師会でした。この方たちは、健康被害を一番に心配しているお母さんたちや妊婦さんたちをサポートしています。ここで助産師の方々は、放射能の人体への影響、特に幼児への影響を積極的に勉強しています。事故後に生まれた赤ちゃんに放射能の影響がでていないと安心している方もいれば、食物汚染をめぐって、次世代への影響や、継続的問題を心配する方もいました。中には、助産師さんご自身も被災者であるにもかかわらず、若い母親に手をさしのべ、適切な助言をしておられる方もいました。

福島での事故以降、日本政府は非常に迅速に対応し、すぐに該当地域を避難させ、汚染された可能性のある地域の生産物を市場への供給をカットしました。日本では、食物の安全許容基準はヨーロッパよりも低いのですが、事故の後、リスクを最小限にしようとする国民を安心させるのに、政府はその基準をさらに下げました。

こうした対応策は放射線量をさらに低くするためにとられた措置 であり、このことで健康へのリスクは最小限にとどめられています。WHOとUNSCEARからの、最近の二つの報告書では、福島原発事故後の放射線被ばくによる健康被害は非常に考えにくいとされています。このことは、チェルノブイリの原発事故後の被ばく線量と比較して、福島での被ばく線量が極めて低いということに起因しています。

健康の問題ではなくコミュニケーションの問題

チェルノブイリ事故についての最近の報告書でUNSCEAR (原子放射線の影響に関する国連科学委員会)は多くの人の考えとは対照的に、事故の最悪の健康被害は放射能が実際に引き起こした影響ではなく、放射能が与えるかもしれない影響への恐怖から来るものであったと述べています。起こるかもしれないことを不安に思うことが、生活の質に非常に悪い影響をもたらし、それがストレスに関連する病気を引き起こす可能性があるのです。

すべての科学的証拠が示唆するところによれば、誰一人として、福島の事故そのものからの放射能によるダメージをこうむるとは考えられません。しかし 、そうかもしれないという不安が大きな心理的問題を引き起こしうるのです。ですから、福島の事故の放射能からの健康リスクは無視できるけれども、何か起こるかもしれないという過度の不安は放射線そのものよりもずっと健康に悪いのだと理解することが重要です。

福島で見てきたことは、健康の問題ではなく、コミュニケーションの問題です。福島に住む人々は福島における放射能の安全性について心配しているのではなくて、放射能は安全ではないと信じている人たちとの断絶が福島の復興を妨げかねないということを意識しています。

福島を訪れて、リスクコミュニケーションの重要性をいっそう強く感じました。最近の議論では、リスクの捉えかたに見られるギャップをどのように埋めるか、コミュニケーションの断絶をいかに回避するかにフォーカスが置かれています。これは真に建設的な議論を始めるために必要なことです。

「事実」が社会の異なる集団によって異なる解釈を持つために 、集団の間での認識の ギャップを克服するメカニズムを構築するのは本当に難しい問題です 。だからこそ、私たち科学者による情報の提供はよりいっそう重要と信じます。

これからも、福島の人々が、正確な情報を得ることによって、不必要な混乱や不安、そしてストレスから抜け出してほしいと思います。そしてこれらのギャップを克服する議論が広がることを願ってやみません。

(2014年11月4日掲載)

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ジェラルディン・アン・トーマス
ロンドン王立大学分子病理学教授、医学博士、チェルノブイリ生理組織バンク所長

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