「再エネ利権」形成を警戒せよ-書評「孫正義の参謀」

2015年07月27日 14:00
石井 孝明
経済ジャーナリスト

元ソフトバンク社長室長で元民主党衆議院議員であった嶋聡氏の「孫正義の参謀−ソフトバンク社長室長3000日」を読んだ。書評は普通本をほめるものだが、この読書は「がっかり」するものだった。

嶋氏がソフトバンクの社長室長になった経緯と、ソフトバンク孫社長への賛辞、そして嶋氏の自負が書かれた本だ。その実績には敬意を示すし、嶋氏も孫氏も優れた方なのだろう。

しかし筆者が多少事情を知るエネルギー問題で、孫氏と嶋氏とソフトバンクが「再生可能エネルギー特別措置法」の成立に密接に関係し、それを国民の利益とは言えない形にゆがめたことが赤裸々に書いてあった。筆者の推定以上に、彼らは民主党の政治家と結びついていた。そして2人も周辺の政治家も、本を読む限りにおいて、自分のおかしさに気づいていないようなのだ。

パニックになった孫正義氏、変な意見を採用

内容を紹介すると以下の諸点が印象に残った。

第一点は、福島原発事故の後で孫氏は冷静さを失っていたことだ。本では「会社を休職して東北と福島の復興のために活動したい」と孫氏が発言したこと、「ガイガーカウンターを4個持ち歩いていた」という事実を紹介している。彼のような怜悧なビジネスパーソンが、このような状況に陥ったことは驚くべき事だ。

「指揮官」のパニックは、企業組織にとって危険だ。しかし嶋氏は「参謀」なのに、それを諫めたとは書いていない。問題であろう。

第二点は、孫氏と嶋氏は「専門家に聞いて歩き」「原発の代替は再エネであると確信するに至った」という。嶋氏は、11年3月11日午前の震災前に「固定価格買い取り法」が閣議決定(この時、詳細な制度設計は未定)されたことを「神の意志」とまで書いている。「神」などとは大げさであると普通の感覚では思う。そして事実認識も間違っている。

原発は、現在大型で140万kWの発電能力を持つ。太陽光は1枚の量産型パネル(1平方メートル程度)の発電能力は1kWで、稼働率は天候次第だ。比較の対象にならないほどの発電能力差があり「再エネは原子力の代替にはならない」が正解だ。この事実はエネルギーの知識がある人なら常識で、再エネと原子力を、その特長を活かして組み合わせ、共に成長させるのが主流の考えだ。ところ彼らは間違った答えに飛びついた。

孫氏も、嶋氏も、エネルギー政策と原子力について、福島原発事故前にまったく知識がなかったという。善意の彼らに情報を吹き込んだ人たちが問題だ。この本には書かれていなかったが、おそらく「専門家」とは飯田哲也氏とその周辺の人々だろう。彼の関係者が、孫氏の再エネビジネスの周りに多いためだ。

日本には電力中央研究所、日本エネルギー経済研究所など、世界的な業績を上げているエネルギー政策の研究機関がある。飯田氏はそういう主流派から離れて過激な言説を展開しており、トンデモではないものの「異端」の立場にいる人だ。主張も問題が多い。(筆者の論考「飯田哲也氏の敗北に思う-「典型的」市民運動の限界」)孫氏がおかしな人に飛びついたのは不幸だった。彼のパニックが影響していたのかもしれない。

第三に、落ち目の政治家の醜さだ。本によれば、孫正義氏が反原発を唱え注目を集めると、多くの民主党の政治家が孫氏にすり寄ってきた。支持率低迷と党内での批判に直面していた菅直人首相もそうだった。一議員より孫氏の方が、発信力も知力も財力もあるので当然だろう。

菅直人氏は何度も孫氏に会って意見を聞いた。孫氏は、民主党や政府の部会で政府委員や公職にないのに、頻繁に呼ばれ意見を表明した。孫氏はパニックから目覚めるとしたたかに状況を利用したのだろう。

民主党への食い込みは人脈を持つ元議員の嶋氏が仲介した。孫氏は通信、ITなどで既存の巨大会社と戦ってきた。NTTや東京電力、テレビなどだ。企業家精神は立派だが、嶋氏を採用した辺りから民主党を使って、自民党とつるむ既得権益を政治的に攻撃するようになった。エネルギー問題ではその弊害が露骨に出た。見方によって異なるだろうが、元政治家を使って政治的影響力を行使したと言えるし、「政商」と批判を受けても仕方がない。

その密接な関係のゆえに孫氏の持論が、かなり民主党政権のエネルギー政策に反映された。「電力会社は悪いので、発送電分離によって解体すべき」、「太陽光に支援を」「再エネ補助金を優遇せよ」「買い取り保証は超長期で」「原発ゼロ」。孫氏はこう主張したという。実際の政策では、発送電分離、太陽光への集中優遇、その強制買い取りでは世界で一番高い3年間1kWで42円の補助金を付与、20年保証、原発ゼロ目標が、民主党政権で採用された。経産省が事前に出した案に、「政治主導」の名目で上乗せしたものも多かった。その負担は太陽光バブルを発生させ、過剰な国民負担を増やした。再エネ賦課金は現在年6000億円だ。

孫氏はその政策決定当時から、ソフトバンクグループで再エネ事業を行うことを表明し、実際に参入した。彼は「利害関係者」だった。そして合法的に儲かる仕組みを作って、再エネ事業を行った。

ゆがんでしまった再エネ政策

こうした内容を本で確認したが、振り返ると、民主党のエネルギー政策、それに影響を与えた孫氏、嶋氏は、さまざまな点で誤っていた。

第一に、エネルギー政策の目的の誤りだ。それは私たち国民が「安く、安全で、安定的なエネルギーを使えるようにすること」であろう。日本は無資源国という制約を持つ以上、その実現は大変難しい。

ところが、民主党政権も、孫氏も、嶋氏も、「原発をなくす」と、政策目標を設定した。原子力は発電技術の一つにすぎないので、過剰な注目をする必要はない。福島原発事故は、こうした感情的な対応は仕方なかったが、事故の悪化がないと想定された11年夏以降もおかしな目標設定を続けた。

そして第二に、目的が誤ったことで政策もおかしくなった。それまでは政策の目的を達成するために、日本政府とエネルギー業界は「3E」(経済性・エコノミー、環境配慮・エコロジー、エネルギーセキュリティ・安全性と安全保障)を追求し、エネルギーのベストミックスを確保しようと試みた。3Eはどの国も採用する考えだ。

ところが民主党政権は再エネを過剰優遇した。また孫氏は再エネに絡んで、アジア諸国の電力網をつなげる「アジアスーパーグリッド」構想をぶち上げた。ITで、民主党の政治家の一部が踊ったものの結局実現しなかった光ファイバー網「光の道」の考えを応用したのだろう。それに一部の政治家が同調した。しかしアジアの地政学的緊張や、無資源国日本の立場、そして巨額の費用がかかることを考えなかった。結局、この主張は現時点で消えている。再エネ振興をはじめ、花火のように次々と打ち上げられた政策の後始末を、民主党の政治家はまったくしていない。当然、孫氏もしていない。

第三に、政策実現の方法も間違っていた。孫氏は「民主党の議員と密接な関係を持ち政策を実現する」ということで、他の問題と同じように、自分の望むエネルギー政策を実現しようとした。

民主党の政策決定で繰り返された宿痾(しゅくあ)だが、この党は政治主導の名の下に、官僚組織、また専門家の意見を聞かない。また正統ではなく異端の意見を好むという失敗を繰り返してきた。再エネ振興と、原子力政策でも同じだった。そして、政策に対する事前と事後の検証がない。政治家のつくる狭いサークルの中で限定された選択肢しかつくれず、それが感情的に取捨選択されていく。これは民主党が野党に転落した今でも続いている。

特に菅政権では、専門家ではなく、孫氏を重視した。彼は問題に利害関係を持つビジネスマンであり、倫理的に大変問題であろう。ビジネスと政治・行政の政策が協力することは必要だ。しかし、この問題では孫氏の影響が大きすぎた。癒着と批判されても仕方がない。

もちろん自民党政権、そして官僚主導の小さな政策でも同じような現象は見られる。しかし民主党ほどひどくはない。孫氏はしたたかに、民主党の構造的欠陥を分かっていたのかもしれない。だから人脈を持つ嶋氏を採用したのだろう。

失敗政策は取り返しがつかない

再エネ振興は成功した点も多い。しかし、さまざまな問題も引き起こしている。その一つが環境の破壊だ。筆者は山梨県北杜市で、再エネによる大規模な環境破壊の実態を伝えた。(「太陽光発電の環境破壊を見る」)その写真だ。

(写真2)

冒頭の写真1は、2011年8の再エネ振興イベントだ。菅直人首相、そして感情的に騒いだ文化人、そして孫正義氏が映っている。冒頭の写真と取り返しの付かない環境破壊はつながっている。政策の失敗は取り返しがつかなくなる。

私たちは政策の失敗の危険に常に直面している。政治家は国政から地方自治体まで、選挙の重圧にさらされ、人気取りの政策に傾きがちだ。政策を考える時間も、スタッフを活用して考えるための制度もない。優秀なビジネスパーソンが、政治家や狂乱する大衆の作り出す混乱を利用して、したたかに、自分だけに有利な状況を作り出す危険は常にある。

古い既得権益に囲まれたエネルギー業界はいろいろ問題があるだろう。福島原発事故以降、敵意と批判がなぜか過剰に渦巻く。(筆者はおかしいと思うが)私たち国民が監視し、また顧客や消費者として声を上げることで、おかしな利権を生まないように、開かれた存在にしていかなければならない。

しかし新しく政治的に作られた再生可能エネルギー業界は、別にきれいな存在ではなかった。孫氏のような優れたしたたかな人が、自分に有利な仕組みをつくってしまった。こうしたことが再び起きないように、監視し、問題点を指摘していかなければならない。

この本は「正義を声高に叫ぶ人に気をつけよう」ということを改めて教えてくれる。おそらく孫氏と、嶋氏は「正しいことをしよう」と真剣に考えているのだろう。人間はいくつもの矛盾した顔を持つ。彼らがしたたかに動いた結果、国民全体には利益をもたらさない政策がつくられてしまった。この本は、日本の政治へのあきらめ、孫正義氏への否定的な感銘を抱かせる。読書の後味は悪いが、悲しい教訓は得ることができる。

(2015年7月27日掲載)

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