東電「メルトダウン」公表の遅れ、「菅政権」が真犯人?

2016年06月20日 14:01
石井 孝明
経済ジャーナリスト

東京電力福島第一原発事故で、炉心溶融の判断基準があったのに公表が遅れた問題で、東電の第三者検証委員会は16日に報告書をまとめた。「当時の清水正孝社長が菅直人首相などの要請を受け『炉心溶融という言葉を使うな』と社内で指示していた」「意図的な隠蔽はなかった」とする内容だ。

菅直人氏は自分が言っていないと主張するものの、当時は事故対応に民主党の政治家が介入して不必要な混乱を広げた。東電が政権側の意向を誤って受け止めて公表を遅らせたことはあり得ると、筆者は考えている。

写真1・NNNニュースより。会見で東電社員が耳打ちしている。

NHKニュース「メルトダウン問題 官邸の誰が指示したか 検証の課題に」

1・問題の概要―「炉心溶融」の言葉を使わず

東京電力は第三者委員会の報告書を公表した。それによる問題の概要は以下の通りだ。

東京電力に事故直後の報道発表や対外的な説明で炉心溶融と」いう言葉を使わなかった。そして11年5月になって初めて使った。その理由について、判断根拠がなかったとしてきた。ところが社内資料である10年4月改訂で東電の社内利用である、「原子力災害対策マニュアル」に「炉心損傷の割合が5%を超えていれば炉心溶融と判定する」と明記されていた。炉内の燃料の損傷は3月12日時点で、1−3号炉で50%以上となっており、今は大半が溶融・損傷しているが、大半が原子炉内にあると推定される。

ただし事故から2カ月後の11年5月まで「炉心溶融」という言葉を使わなかった。政府への報告で使い、その後は「炉心溶融」という言葉を対外的にも使った。そして5年後に認めなかった。その理由について東電は「判断する根拠がなかった」と説明してきた。

そして16年2月に、このマニュアルの存在が明らかになったと東電が公表した。そこで、再調査が行われることになった。

2・公表の遅れの意味―事故処理に影響はない

後から分かったという点で、東電の広報体制がお粗末であったとは思う。また後述するように、事実を隠蔽したという面はあり、その点は、東電は深い反省をするべき問題だ。

原子力災害法(事故後改正)では、炉心の損傷の程度に応じて当時の原子力安全・保安院に、事故発生時に通告をしなければならなかった。(10条、15条)しかし、そこで「炉心損傷」「冷却機能喪失」「放射線漏洩の可能性」「炉心損傷割合××%」という内容で、報告していた。この法律では当時、「炉心溶融」という事項での報告義務はなかった。

事故全体からすると、言葉の定義の問題であり、これが直後に公表されても、福島原発事故の進行に影響はなかっただろう。

事故報告書を執筆した元裁判官などによる委員らも「事故の状況報告はおおむね正確」だがこの炉心「不十分な通報である」など東電を批判した(60ページ)。しかし「避難指示などへの影響はほとんどなかった」(30ページ)など、事故対応の影響はなかったと見ている。そもそも「炉心溶融」については原子力学会の用語の定義(2011年)にも記載がない。「炉心溶融」とは社内的な言葉にすぎないのだ。

3・社会的な問題―「メルトダウンの隠蔽」の奇妙な議論への発展

ところが、メディアの中で、また政治の現場で、この問題は奇妙な展開を見せた。第一報の際に炉心損傷を「メルトダウン」とメディアは言い換えた。実は「メルトダウン」というのは、「バズワード」つまり「定義が曖昧でありながら、権威付けする専門用語や人目を引くキャッチフレーズとして、特定の時代や分野の人々の間で通用する言葉」(Wikipedia)だ。

例えば、原子力事故を取り扱った米映画「チャイナシンドローム」(1979年)ではこの言葉を、原子炉の崩壊の意味で使っていたと記憶している。この映画を見た人は今の日本では少ないだろうが、「メルトダウン」という言葉を原子炉全崩壊のような意味で受け止める人もいたようだ。それは仕方がない。当時、原子炉の構造を詳細に知っている人は誰もいなかったためだ。

原子力安全・保安院は、定義があいまいであることを知っていたためか会見で「メルトダウン」の言葉を積極的に使わず「炉心損傷」、のちに「炉心溶融の可能性」という言葉を使った。当時の枝野幸男官房長官の会見でもそうだった。

ところが、当時は同院の広報が混乱。あまりにも説明が下手だった2人の審議官が記者会見から外された。これについて「メルトダウンに言及したからだ」という週刊誌の報道があり、憶測を広げた。担当替えの理由は不明で、政府事故報告書などにも記載されていない。しかし2人の担当者の広報は明らかに説明が下手で、後任の西山英彦経産省審議官(のち女性スキャンダルで退任)の方が上手だったことは明らかで交代は妥当だっただろう。

そして当時のメディア、そして受け手の市民は「メルトダウン」という言葉に関心を持ち、過剰に、そして不必要な反応をした。

また新潟県の泉田裕彦知事が、県の技術委員会に、この問題で東電から虚偽説明があったと問題視ている。しかし泉田知事は県内の柏崎刈羽原発の再稼動について、その再稼動阻止を目指すような行動を続けている。そのために、これを過剰に政治問題化しようと試みているように見える。

4・東電はなぜ気づかなかったのか―民主党官邸の混乱が影響か

では東電はなぜ気づかなかったのか。東電のマニュアルは、原子力の技術担当社員の中で使われていた。報告書によれば、事故直後は広報部員約20人、技術担当社員30人が政府への報告、対外発表文を作っていた。記載されたマニュアルが共有されたものになっていなかったという。報告書も「共有が適切に行われなかった」と指摘している。(69ページ)

筆者の私見だが、東電のような大会社では、一部署のマニュアルを他の部門の人が知らないことはよくあることだ。また上述のように事故の進行にこの言葉の使用は影響せず、また11年5月からは使い始めているので、おそらく誰も気づかず放置されてしまったのだろう。

ただし事故直後に気づく機会はあった。報告書では、官邸の関与を指摘している。事故から3日後の11年3月14日、原子力担当の武藤栄副社長(当時)に対し、広報担当社員を通じて「炉心溶融」などと記載された手書きのメモを渡し、「官邸からの指示により、この言葉は使わないように」などと耳打ちをさせたと指摘した。興味深いことに、これは記者会見中の映像が残っている。映像では「この言葉」と言っているが、おそらく「メルトダウン」「炉心溶融」という言葉だろう。

ただし、報告書では官邸の誰から指示があったか解明しきれなかったと指摘した。

当時の首相だった菅直人・衆議院議員は「私自身が東電に『炉心溶融』という表現を使わないように指示したことは一度もない」などと、関与を否定するコメントをブログに掲載した。(ブログ) また当時官房長官だった枝野幸男・民進党幹事長は、自分の「選挙前にこのような報告をすることは、作為を感じる」と、東電の報告書を批判した。

ただし、当時民主党政権の政治家らが混乱状態にあり、彼らの意図が適切に東電に伝わらなかった可能性はかなりある。菅直人首相は、事故を起こした保安院と東電を批判。自分で各所に電話、指示をして混乱を引き起こしたとされる。首相の動きをめぐる会合などの記録は、民主党政権で残されない場面が多かったという。どのような指示が出たか、明確ではない。もしかしたら首相自ら、清水社長に誤解を与える電話連絡などをしたかもしれない。

当時の班目春樹原子力安全委員会委員長は、東大岡本孝司教授の「証言 班目春樹―原子力安全委員会は何を間違えたのか?」(新潮社)で、菅直人氏が事故直後に、官邸スタッフ、有識者や官僚、専門家らに怒鳴り散らし、またその指示が混乱したことを紹介。誰も適切な意思疎通ができなかったことを紹介している。

3月15日に菅直人首相は東電に乗り込み、「60才以上は死んだっていい。オレも行く」「東電は撤退するな」と暴言を吐きながら20分ほどの演説をしたとされる。筆者はこの会議に居合わせた東電社員らに聞いたが「何を言っていたのか分からなかった」「突然怒鳴りだし、異様さしか感じなかった」など、関係者の不信が広がる対応だったという。

この時、菅直人氏は東電が事故を収拾できないばかりか、撤退すると思い込んでいたようだ。ところが東電内は撤退論を組織として決定した事実はなかった。当時、意思疎通が官邸と東電、保安院になかったことがうかがえる。

菅直人氏は、記憶違いか、自己弁護か、炉心溶融について言わなかったと、今は思っているのかもしれない。しかし当時の彼の狂乱といえる行動が、清水社長に「政府が炉心溶融という言葉を使ってはならないと言った」と勘違いを起こさせた可能性は高い。

また「メルトダウン」という言葉は、メディアやネットを通じて人々の心に不安と混乱を引き起こした。政治家が言葉使いに慎重になることは当然だ。しかし、その配慮を東電側が受け止め、官邸や経産省に詰めていた誰かを通じて、伝言ゲームのように不正確な情報が広がってしまった可能性がある。

5・まとめ―事故の教訓は活かされているのか

労働現場での「ハインリヒの法則」という経験則がある。米国の損害保険会社に勤務するハインリヒ氏が事故事例を約5000例調べたところ、人の「重傷」以上の災害が1件あったら、その背後には、29件の「軽傷」を伴う災害が起こり、300件の、危うく大惨事になりかねない小事故があったという。

福島原子力事故でもそれはいえる。今回の「メルトダウンの公表の遅れ騒動」は問題であっても、たいして重要なものではない。しかし、こうした小さな騒動には大きな事故の原因につながることが見え隠れする。それは次の2点だ。

1・東電内、また官邸や原子力の情報共有に不適切さがあった。
2・権限や適切な知識のない人のイレギュラーな介入により問題は混乱する。菅直人氏のような、いわゆる「無能な働き者」が重要問題に介入しないようにして、専門家の意見を適切に反映させる問題解決の仕組みをつくらなければならない。

この騒動で見られた問題は、残念ながら福島原発事故で起こったさまざまな問題で、観察されたことだ。

菅直人氏や枝野幸男氏の反省しない態度を見ると、福島原発事故の教訓が活かされているのか、不安になる。次起こる原子力災害、また国家災害で、同じ失敗を繰り返さないだろうか、心配だ。

(2016年6月20日掲載)

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