英国の再エネ補助中止に見られるプラグマティズム

2017年12月25日 14:00
有馬 純
東京大学大学院教授

11月23日、英国財務省は2017年秋期予算を発表したが、その中で再エネ、太陽光、原子力等の非化石予算を支援するために消費者、産業界が負担しているコストは年間90億ポンド(約1.36兆円)に拡大することが予想され、消費者保護のため、早くても2025年まではクリーン電力プロジェクトに対する補助金は出さないとの決定を発表した[注1]。

「補助金」といっても税収を使って政府が支出する補助金ではない。英国では再エネ等を支援するため、これまでRO (Renewable Obligation), FIT、CfD (Contract for Difference) といった政策を講じてきたが、その支援コストは電力料金に上乗せされる間接補助金であり、最終消費者が負担する。日本のFITもこれに相当する。ただ英国がユニークなところは、この間接補助金の総額を課金コントロールフレームワーク(LCF: Levy Control Framework)に基づき、財務省が総量管理をしていることだ。政府支出ではないのに財務省が管理している理由は、間接補助金が政府の施策に伴って発生するものであり、消費者負担を増大するという意味では税と変わらないというものだ。将来、財務省が増税を検討する場合、既存税制のみならず、政府の施策に伴う間接補助金も消費者の負担感を形成する。財務省としても他省(エネルギー気候変動省→ビジネスエネルギー産業戦略省)に白紙委任するわけにいかないということなのだろう。

図1:英国の再エネ等関連課金総額の見通し 出所:英国ビジネスエネルギー産業戦略省

図1:英国の再エネ等関連課金総額の見通し 出所:英国ビジネスエネルギー産業戦略省

英国財務省の試算[注2]によれば英国の既にコミット済みのクリーンエネルギー関連の間接補助総額は2016-17年度の52億ポンドから2023-24年度に達すること見通されている。財務省は「この見通しを踏まえ限り、2025年まで新たな低炭素電源課金を認めるわけにはいかない」と述べている。もちろん、既にコミット済みのプロジェクトについては支援対象であり続け、来年実施するとプレッジ済みの5.57億ポンド分の再エネオークションは実施される予定だ。またこの決定は2025年以前に運転開始する低炭素発電への補助金に影響を与えるものであるが、2025年以降に運転を開始するプロジェクトには影響しない。

しかし、当然ながら環境団体、再エネ団体は今回の財務省決定に強く反発している。グリーンペースは「今次予算は環境に最も後ろ向き(least green ever)」と批判し、英国再エネ協会のジェームズ・コート氏は「英国政府は2020年以降の再エネプロジェクト支援に背を向け、再エネ投資の予見可能性を損なうものだ」と述べている。

また秋期予算の中では2025年までカーボンプロアプライス(CFP) を現在の水準で凍結するとの方針も盛り込まれた。CFPはEU-ETSの価格が低迷し、低炭素投資への価格インセンティブが不十分であるとの理由で2013年に英国独自の制度として導入されたものであり、年々引き上げられ、2020年には30ポンド/t-CO2、2030年には70ポンド/t-CO2にすることが想定されていたが、2015年に18ポンド/t-CO2まで引き上げられた時点で、それ以上の引き上げが凍結されてきた。それが2025年まで続くということである。環境団体は「CFPが凍結されると、2025年の石炭火力閉鎖に先立って既存石炭火力が出力を最大化する可能性があり、90年比52%減という2030年目標の達成を危うくする」と批判している。

今回の一連の決定は、エネルギー価格上昇を防ごうという政府の強い意志を感じさせるものだ。英国メイ政権の最大の関心事は2016年6月の国民投票の結果を受け、英国のEU離脱をいかに成功裏に実施するかということだ。英国は単一市場からも関税同盟からも離脱する「ハードBrexit」を目指しているが、EUとの間の新たなFTAに円滑に移行できない場合、経済への悪影響が懸念される。こうした中で上昇を続ける英国のエネルギー価格は2017年総選挙でも大きな争点となり、保守党は家計部門のエネルギーコストにキャップを設けることを公約に盛り込んだ。

英国は第6次炭素予算において2032年までに90年比57%減という野心的な炭素予算を設定しており、その達成のための施策を盛り込んだ10月12日に「クリーン開発戦略(Clean Growth Strategy)[注3]」を発表したところである。温暖化防止の観点からはカーボンプライスが継続的に引き上げ、非化石エネルギーの導入を最大化することが望ましいことになるが、再エネ補助金の停止やカーボンプロアプライス凍結はそれと反対方向の動きである。事実、同戦略では「温室効果ガス排出減は英国経済を競争的に保ちつつ行わねばならない。そのためにはエネルギーコストがaffordable なものでなければならない」と明記されている。総選挙で過半数割れとなり、政権基盤が弱体化したメイ政権にとっては温暖化防止よりもエネルギー価格上昇の防止の方が差し迫ったプライオリティなのだろう。

図2 日独の再エネ賦課金推移 出所:国際環境経済研究所竹内純子氏作成

図2:日独の再エネ賦課金推移 出所:国際環境経済研究所竹内純子氏作成

再エネ補助の野放図な拡大を防ぐために間接補助金総額にキャップを設けるという考え方は英国のプラグマティズムを感じさせる。わが国は福島第一原発事故以後の特殊な空気の中で、ドイツのFITよりも更に補助レベルの高いFITを導入した。その結果、日本の再エネ賦課金額は制度導入後3-4年でドイツが10年かけて到達したレベルに達しており、2030年までの累積買取総額は59兆円に達するとの試算もある。

既にコミット済みのものはやむを得ないとしても、今後の再エネ補助に当たっては国民負担の野放図な増大に歯止めをかけるメカニズムが必要ではないか。英国の課金コントロールフレームワークは有益な示唆を提供するものと思われる。

[注1] https://www.theguardian.com/environment/2017/nov/22/no-subsidies-for-green-power-projects-before-2025-says-uk-treasury
[注2] https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/660986/Control_for_Low_Carbon_Levies_web.pdf
[注3] https://www.gov.uk/government/publications/clean-growth-strategy/clean-growth-strategy-executive-summary

This page as PDF

関連記事

  • 東京大学公共政策大学院教授の関啓一郎氏に、「電力・通信融合:E&Cの時代へ — 通信は電力市場へ、電力は通信融合に攻め込めもう!」というコラムを寄稿いただきました。関教授は、総務官僚として日本の情報通信の自由化や政策作成にかかわったあとに、学会に転身しました。
  • 翻って、話を原子力平和利用に限ってみれば、当面の韓米の再処理問題の帰趨が日本の原子力政策、とりわけ核燃料サイクル政策にどのような影響を及ぼすだろうか。逆に、日本の核燃料サイクル政策の変化が韓国の再処理問題にどう影響するか。日本ではこのような視点で考える人はあまりいないようだが、実は、この問題はかなり微妙な問題である。
  • エネルギー、原発問題では、批判を怖れ、原子力の活用を主張する意見を述べることを自粛する状況にあります。特に、企業人、公職にある人はなおさらです。その中で、JR東海の葛西敬之会長はこの問題について、冷静な正論を機会あるごとに述べています。その姿勢に敬意を持ちます。今回は、エネルギー関係者のシンポジウムでの講演を記事化。自らが体験した国鉄改革との比較の中でエネルギーと原子力の未来を考えています。
  • 筆者は1960年代後半に大学院(機械工学専攻)を卒業し、重工業メーカーで約30年間にわたり原子力発電所の設計、開発、保守に携わってきた。2004年に第一線を退いてから原子力技術者OBの団体であるエネルギー問題に発言する会(通称:エネルギー会)に入会し、次世代層への技術伝承・人材育成、政策提言、マスコミ報道へ意見、雑誌などへ投稿、シンポジウムの開催など行なってきた。
  • 前代未聞の原発事故から二年半を過ぎて、福島の被災者が一番注意していることは仲間はずれにならないことだ。大半が知らない土地で仮の生活をしており、親しく付き合いのできる相手はまだ少ない。そのような状況では、連絡を取り合っている元の町内の人たちとのつながりは、なにより大切なものだ。家族や親戚以外にも従来交流してきた仲間とは、携帯電話やメールなどでよく連絡を取り合っている。仕事上の仲間も大切で、暇にしていると言うと、一緒に仕事をやらないかと声を掛けてくれる。
  • ICRP勧告111「原子力事故または放射線緊急事態後における長期汚染地域に居住する人々の防護に対する委員会勧告の適用」(社団法人日本アイソトープ協会による日本語訳、原典:英文)という文章がある。これは日本政府の放射線防護対策の作成で参考にされた重要な文章だ。そのポイントをまとめた。
  • 今度の改造で最大のサプライズは河野太郎外相だろう。世の中では「河野談話」が騒がれているが、あれは外交的には終わった話。きのうの記者会見では、河野氏は「日韓合意に尽きる」と明言している。それより問題は、日米原子力協定だ。彼
  • 現在ある技術レベルでは限りなく不可能に近いだろう。「タイムマシン」があれば別だが、夏の気温の推移、工場の稼動などで決まる未来の電力の需要が正確に分からないためだ。暑く、湿度が高い日本の夏を、大半の人はエアコンなく過ごせないだろう。そのために夏にピークがくる。特に、8月中旬の夏の高校野球のシーズンは暑く、人々がテレビを見て、冷房をつけるために、ピークになりやすい。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑