中国の「2060年CO2ゼロ」地政学的な意味②日本はどう対処すべきか
>>>『中国の「2060年CO2ゼロ」地政学的な意味①日米欧の分断』はこちら
3. 日米欧の弱体化
今回のゼロエミッション目標についての論評をネットで調べてみると、「中国の目標は、地球温暖化を2℃以下にするというパリ協定の目標と整合的である」、とするものが幾つかある。他方で、「今後も続々と石炭火力発電所を建設する計画がある等、どのようにしてゼロエミッションを達成するのか具体的ではない」という批判もいくつかある。
けれども、これはどちらも中国の指導者にとってはどうでもよいことだろう。
まず、リアリストの彼らだから、2060年ゼロエミッションなど、不可能なことは先刻承知であろう。現在知られている技術でこれを実現することは出来ない。

コロナ禍以前から懸案だった中国の大気汚染(Mackey/flickr)
世界中どこでも、太陽光発電と風力発電と電気自動車に補助金をつければゼロエミッションが達成できると信じる向きがあるが、これは技術も経済も全く分かっていない人の言うことで、馬鹿げている。
ここでのトリックは、2050年ゼロエミッションという、更に実現不可能な目標を、欧州諸国が既に掲げていることである。日米の多くの自治体も、よせば良いのに、これに追随している。そしてこの全てが、具体的な計画など持ち合わせていない、不真面目なものだ。従って「具体的ではない」といって、中国を批判すれば、自分に跳ね返ってくる。
欧州はどうせいつかは約束を反故にするだろうから、中国はそれを厳しく批判した後で、自身もひっそり反故にすればよい。万一、欧州が2050年ゼロエミッションを達成するとしても、それはCO2を出さない技術が安価に利用できるということだから、その10年後にゆっくり達成すればよい。
そして何より、中国もゼロエミッションにすると言ったことで、欧州は引っ込みが付かなくなってしまった。これから巨額の温暖化対策投資を余儀なくされるだろう。これは経済的には自殺であり、欧州の国力は大いに弱まる。米国も、民主党が力を持つようになったら、同じく弱体化するだろう。このようにして敵の世論を利用して重いコストを課することも、「超限戦」の戦術の一つだ。
もちろん中国も、温暖化対策をすればコストはかかる。だが2030年や2060年までは時間があるので、欧州はその間に音を上げるだろう。もし本当にCO2を減らさねばならなくなったとしても、欧州が実現することを10年遅れでやれば良いということで、費用は大幅に少なくて済む。
それだけではない。温暖化対策と言えば、太陽光発電、風力発電、それに最近は電気自動車が流行りである。この何れも、いまや中国が世界最大の産業を有している。欧州が巨額の温暖化投資をするとなると、中国経済は大いに潤うことになるだろう。
2060年ゼロエミッション目標は、どう転んでも、中国には良いことばかりで、悪いことは何もない。
4. 地球温暖化より安全保障を重視すべきだ
中国の指導者が気にしているのは、何よりも共産党独裁体制の維持である。彼らが地球温暖化を本気で心配しているとは思えない。というのは、彼らはリアリストなので、地球温暖化のリスクなど、さほど大きくないことをよく知っていると思われるからだ。

写真AC
中国には温暖化予測の計算機実験をホラーとして伝え、自然災害があるごとに温暖化のせいにするメディアが無いので、惑わされることは無い。温暖化対策をしていないといって政府を批判する学者やNGOもいないので、対応する必要も無い。
その一方で彼らは、国益を増進するために、何を言えば自由陣営を分裂させ、弱体化させることが出来るか、よく研究している。今回のゼロエミッション宣言は、自由陣営の弱点を見事に一突きしている。
では日本はどうすれば良いのか?慌てて2050年ゼロエミッション宣言などをすると、術中に嵌ってしまう。それは経済的自殺であり、国力を大きく損ない、日本の基本的価値を危機に陥れることになる。すでに日本は2050年までにCO2の8割削減という努力目標があり、これですら不可能だから、深堀りする必要は無い。
日本にとって最も重要なことは、我が国に迫る安全保障上の脅威は現実かつ重大なものであり、中国にとって日本を含む自由陣営の弱体化は国益であるという事実を直視することである。
そして、それに比べるならば、台風、豪雨、猛暑等の地球温暖化の環境影響のリスクは小さいことを理解する必要がある。それが温暖化に関する政策と外交を間違えないための基盤となる。

関連記事
-
7月1日の施行にあわせ、早速、異業種の企業が、再エネに参入を始めました。7月25日時点での設備認定件数は約2万4000件。このほとんどは住宅用太陽光ですが、中でも、風力2件、水力2件、メガソーラーは100件など、たった1か月で、本格的な発電事業が約100事業、生まれた勘定になっています。また合計すると、既に40万kW程度の発電設備の新設が決まったこととなり、今年予想されている新規導入250万kWの1/5程度を、約1か月で達成してしまった勘定となります。
-
はじめに 欧州の原子力発電政策は国ごとにまちまちである。昔は原子力発電に消極的だったスウェーデンが原子力発電を推進する政策を打ち出しているのもおどろきだが、ドイツの脱原発政策も異色である。 原子力発電政策が対照的なこの2
-
この度の選挙において希望の党や立憲民主党は公約に「原発ゼロ」に類する主張を掲げる方針が示されている。以前エネルギーミックスの観点から「責任ある脱原発」のあり方について議論したが、今回は核不拡散という観点から脱原発に関する
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
福島第一原発の南方20キロにある楢葉町に出されていた避難指示が9月5日午前0時に解除することが原子力災害現地対策本部から発表された。楢葉町は自宅のある富岡町の隣町で、私にも帰還の希望が見えてきた。
-
前回、日本政府の2030年46%削減を前提とした企業のカーボンニュートラル宣言は未達となる可能性が高いためESGのG(ガバナンス)に反することを指摘しました。今回はESGのS(社会性)に反することを論じます。 まず、現実
-
簡単な概算方法と驚愕の結論 太陽光発電等の再生可能エネルギーの賦課金は年々増大しており、今や年間2.4兆円に上る。ではこれで、気温はどれだけ下がり、豪雨は何ミリ減ったのか? 簡単に概算する方法を紹介する。驚愕の結論が待っ
-
「脱炭素社会」形成の難問 アポリアとは、複数の理論や議論のうちどれが正しいのかについて合意ができない状態を表わすギリシャ語であるが、英語(aporia)でもフランス語(aporie)でも使われている。ともに「行き詰り」と
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間