解説・IEAロードマップ① :実質ゼロ達成の基本

2021年10月15日 07:00

田中 雄三

国際エネルギー機関(IEA)が公表した、世界のCO2排出量を実質ゼロとするIEAロードマップ(以下IEA-NZEと略)は高い関心を集めています。しかし、必要なのは世界のロードマップではなく、日本のロードマップです。

本稿は、日本の国情に応じた実質ゼロのシナリオを作成するため、IEAの考え方を解説したものです。

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1. どの様に実質ゼロを達成するか

温室効果ガス(GHG)排出量実質ゼロとは、GHG排出量と森林等による吸収量を相殺してGHG排出が正味ゼロとなることです。排出量実質ゼロの社会を構築するには、エネルギー消費を低減し、消費エネルギーを極力電力化し、消費電力の脱炭素化を図ることが基本です。

先進国はエネルギー消費を低減する余地は少なく、一方、発展途上国は経済成長しつつエネルギー効率を大幅に高めることが求められます。IEA-NZEでは、世界の1人当たりのGDPは2020年から2050年の間に2倍に増加し、GDP当たりの最終エネルギー消費量は34%に低減します。

電力消費の最大の増加は工業部門で、主に低中温域の熱需要と、スクラップ原料の電気炉製鉄の増加によります。

運輸部門で自動車は、2050年までにほぼ全てが電動化され、残りはバッテリー大型化の制約から燃料電池車になる長距離輸送の大型トラックです。輸送用バッテリーの需要は2050年には2020年の90倍になります。

建物部門では、家電製品の効率向上と建物の断熱性能の改善により、電力需要は抑制されますが、ヒートポンプ暖房の増加などで、2050年に電力は建物部門の総エネルギー消費量の66%を占めます。また、後記の水素生産の電力消費が大幅に増加し、現在の中国と米国を合わせた年間総電力需要を上回ります。

2050年まで電力需要は年率3%で増加し、太陽光発電や風力発電のシェアが大幅に増大し、年間の電力部門の投資が近年の平均の3倍になります。太陽光発電などの増加により、電力の安定供給に広範な努力が必要になります。

しかし、航空機や大型船舶は電動化が困難で燃料が必要です。工業プロセスでは、電力化でCO2排出を無くすことが難しいものがあります。そのため、CO2を排出しないバイオ燃料や水素系燃料が必要になります。バイオ燃料は食糧生産と競合するため供給量が限られ、水素系燃料はそれを補う役割も果たします。その他、化石燃料を使用してCO2を排出しない方法として、CO2の回収利用貯留(CCUS)も必要になります。

電力の脱炭素化の手段は、再生可能エネルギー、原子力、CCUS、の3種です。再生可能エネルギーによる発電には、水力、バイオ、地熱のように発電量を調節できるものと、太陽光発電や風力発電のように発電量が天候次第のものがあります。前者に水素系燃料とCCUS付化石燃料による発電を加えて「ディスパッチ可能電源」、後者を「変動型再エネ電源」と呼ぶことにします。

電力は需要と供給を一致させることが必要なため、変動型再エネ電源の比率が高くなると、発電変動対策が必要になります。ディスパッチ可能電源は、時間的に平準化を行う電力貯蔵、地域的に平準化を行う電力ネットワークと共に、電力の需給調整に重要な役割を果たします。変動型再エネ電源の増加に応じ、ディスパッチ可能電源の必要量も増加します。

現状の原発は、ディスパッチ可能電源ではありませんが、原発による発電分だけ変動型再エネ電源の比率を下げることができ、電力の安定供給に重要な役割を果たします。原発を廃止せずに残すのは、太陽光発電などの導入が間に合わないためではありません。

日本で原発を廃止した場合、風力発電の立地が乏しいため、2050年の電源構成で太陽光発電が50%を超える可能性があります。異常気象や季節変動により、電力不足発生の可能性が予測されます。原発廃止を主張するなら、電力の安定供給を如何に維持するかを示すことが重要です。

発電変動対策のための電力貯蔵には、揚水発電やリチウムイオン電池などの蓄電池が用いられます。その場合、充放電kW容量と貯蔵kWh容量が問題になります。例えば、太陽光発電の導入比率が高まると、夜間の発電量が大幅に低下するため、それを補える放電kW容量の電力貯蔵が必要になります。また、太陽光発電の冬季の発電電力量は夏季の約半分に低下するため、夏季の余剰電力で冬季の電力需要を補うには、極めて大きな貯蔵kWh容量の電力貯蔵が必要になります。揚水発電や蓄電池は昼夜の発電変動対策に適用できますが、季節変動対策に用いるのは現実的でありません。

季節変動対策には、水の電気分解で得られた水素を貯蔵し、水素焚き複合発電などで電力に戻す方式が想定されています。電力を化学エネルギーに変換して貯蔵するもので、水素の貯蔵設備を大きくするだけで、電力貯蔵量を大きくできるため経済的です。但し、電力貯蔵効率が30%程度と非常に低いのが難点です。

IEA-NZEでバイオ燃料は、持続可能で食糧生産と競合しない原料に変わる構想です。注目されるのは液体バイオの製造で、木質原料を用い、開発中のフィッシャートロプシュ法(bio-FT)やセルロース系エタノール製造法による計画です。液体バイオは、航空用バイオケロシンや船舶用バイオディーゼルとして利用されます。気体バイオは、嫌気性メタン発酵で製造されるバイオメタンで、都市ガスや発電燃料への混入が行われます。また、発展途上国の農村には数億基の家庭用メタン発酵槽が設置される想定です。固体バイオは、バイオチップを用いた発電と、工業部門で高温熱を必要とする用途が主になります。

実質ゼロの時代の水素は、脱炭素電源を用いた水の電気分解か、CCUSを付帯した化石燃料の水蒸気改質により製造されます。水素はCO2排出低減のため、工業部門のプロセス改造や、燃料電池車の燃料、都市ガスや発電燃料への混合などに用いられ、また、航空用の合成ケロシンや都市ガス用の合成メタンの製造に使用されます。

水素は船舶輸送が難しいため、水素を用いアンモニアを合成して輸送することが想定されています。アンモニアは火力発電などで混焼できCO2を排出しない燃料です。また、アンモニアは水素より高エネルギー密度のため、舶用機関の重要な燃料になる可能性があります。

天然ガスを産出しCCUS立地が豊富な国は、水素の輸出国になる可能性があります。しかし、水素やアンモニアに合成して船舶輸送するコストを考えると、CCUS立地がある国は天然ガスを輸入し、国内で水素を製造することも考えられます。

長期に亘り大量のCO2を主に地下1000 m以深の帯水層に貯留し続けるCCUSは、あまりまともな考えとは思われません。しかし、実質ゼロという困難な課題の達成に必要な技術です。CCUS立地があることを前提に、長期の設備寿命が残存している火力発電や、CO2排出削減が困難な工業プロセス、化石燃料を原料とする水素製造などに用いる想定です。

また、CCUSは、削減できずに大気に排出されるCO2と相殺するため、大気中からCO2を回収することも想定されています。バイオ燃料を用いた火力発電でCO2の回収貯留(BECCS)を行えば、大気中からCO2を回収したと見做されます。その他、大気中から直接CO2回収(DACCS)する技術開発も行われています。

次回:「解説・IEAロードマップ②」に続く

田中 雄三
早稲田大学機械工学科、修士。1970年に鉄鋼会社に入社、エンジニアリング部門で、主にエネルギー分野での設計業務、技術開発に従事。本稿に関連し、筆者ウェブページと、アマゾンkindle版「常識的に考える日本の温暖化防止の長期戦略」もご参照下さい。

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