ますます低レベル化する日本の核武装論

2022年04月30日 07:00
澤田 哲生
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

日本の核武装

ロシアのウクライナ侵攻で、一時日本の核共有の可能性や、非核三原則を二原則と変更すべきだとの論議が盛り上がった。

ロシアのプーチン大統領はかつて、北朝鮮の核実験が世界のメディアを賑わしている最中にこう言い放った。

「核兵器を開発し、その運営管理を行える国のみが真の主権国家たる資格がある」

今回の核武装論は珍しく国会まで巻き込んだが、幕切れは敢え無くやってきた。政府の論議の事務局長を務めた宮沢博之氏(自民党国防部会長)は3月16日の会合後に、核共有も非核三原則見直しもしない、この論議はこれで終わりと、あっさり幕引きを図ったからである。

日本はすでに核武装されている

この図を見ていただきたい。

プリンストン大学が公表している核戦争のシミュレーションである。最初にロシア−欧州地域で戦術核が使用され、それが引き金となって大陸間弾道弾などの戦略核が発射される様子が描かれている。

核戦争のシミュレーション ©️ https://sgs.princeton.edu/the-lab/plan-a

注目していただきたいのは日本近海(太平洋)に4隻の潜水艦が配備されており、そのうち2隻からSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)が発射されている。「核の傘」が開く瞬間である。

オハイオ級の原子力潜水艦はにはミサイルハッチが24基装備されている。

オハイオ級潜水艦のSLBM発射用ミサイルハッチ(©️Wikipedia)

装備されているSLBMはトライデントⅡ(Type D5)であり、一基のトライデントⅡD5に搭載できる核弾頭は最大14発である。ただし、条約によって発射できる核弾頭の最大数は1隻あたり120発程度に制限されている。最大性能の約三分の一である。一発の核弾頭の威力は可変式であり最大で長崎型原爆の20倍程度になる。また、最大到達距離は11,000km程度である。

このように日本近海にはSLBMを搭載したトライデント級の原潜が常時潜航しぐるぐると回っている。

いずれにしても、このようにして日本は米軍の原潜とSLBMによって核武装されているということである。日本の「核の傘」を担う核弾頭の数は、原潜を4隻とすれば、500発程度である。

ただし実際に何隻が服役しているかは詳らかでない。

また、日本有事の際、万が一事態が核危機に進展した場合、これら米軍原潜のSLBM核弾頭がどのように機能するのか、実効的に傘が開くかどうかは別の問題である。

トライデントⅡD5の発射(©️US Navy)

沖縄返還 日本の核武装とノーベル賞

沖縄には米国統治時代に核が配備されていた。1969年、当時の米国大統領リチャード・ニクソンと日本の首相佐藤栄作が「沖縄の核抜き・本土並み返還」に合意した。併せて日本は「非核三原則」をテーゼとして打ち出した。これらのことを功績として、佐藤は1974年にノーベル平和賞を受賞した。非核三原則という建前の裏で、沖縄返還の際、有事の際に日本に核を持ち込むという密約が交わされていたことも知られている。

©️ANN NEWS

米国では原子力潜水艦は1950年代には実用化し、SLBMは1960年代の末期までには、トライデントの前任型であるポセイドンC-3が完成し、1971年3月には実戦配備可能になった。そのことを待っていたかのように、1972年5月15日に沖縄は〝核抜き〟返還された。

原潜とSLBMのセットがあれば、米国の戦略上は日本の国土に核を配備する必要がなくなったのである。

NPTと核武装床屋談義

1970年3月に核拡散防止条約(NPT)が発効すると日本の核武装の道が事実上閉ざされる(日本は1970年2月に署名、1976年6月に批准)。そうなれば国際規範上核保有を有することが許される国はそれまでに核開発を終えた米ソ英仏中の5カ国に限定される。

沖縄返還に向けて動き出した頃、日本の独自核武装が真剣に検討されていた。とりわけ科学技術的に日本のそれだけの開発能力があるのかが密かに検討されていた。それは当然のこととして、物理学者や工学者を巻き込んだものでなければならなかった。核爆発装置という〝ものづくり〟の技能が伴わなければ、核武装は完遂できない。

2006年に北朝鮮の核実験の成功を受けて、当時巷の核武装論議が盛り上がった。私はとりわけ西部邁氏の『核武装論』に注目し紐解いた。精神論に終始し、具体的な策がない。唖然とするしかなかった。

精緻な軍事的戦略とそれを実践展開するためのものづくりの具体策と実現能力がなければ、〝床屋談義〟の域を出ない。

NPTから50年、北朝鮮の核実験からほぼ16年、日本の核武装論はますます低レベル化していると感じる。

 

 

This page as PDF
澤田 哲生
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

関連記事

  • 昨年発足した原子力規制委員会(以下、規制委員会)の活動がおかしい。脱原発政策を、その本来の権限を越えて押し進めようとしている。数多くある問題の中で、「活断層問題」を取り上げたい。
  • 文藝春秋の新春特別号に衆議院議員の河野太郎氏(以下敬称略)が『「小泉脱原発宣言」を断固支持する』との寄稿を行っている。その前半部分はドイツの電力事情に関する説明だ。河野は13年の11月にドイツを訪問し、調査を行ったとあるが、述べられていることは事実関係を大きく歪めたストーリだ。
  • なぜか今ごろ「東電がメルトダウンを隠蔽した」とか「民主党政権が隠蔽させた」とかいう話が出ているが、この手の話は根本的な誤解にもとづいている。
  • 日本ばかりか全世界をも震撼させた東日本大地震。大津波による東電福島第一原子力発電所のメルトダウンから2年以上が経つ。それでも、事故収束にとり組む現場ではタイベックスと呼ばれる防護服と見るからに息苦しいフルフェイスのマスクに身を包んだ東電社員や協力企業の人々が、汗だらけになりながらまるで野戦病院の様相を呈しつつ日夜必死で頑張っている。
  • 2030年の最適な電源構成(エネルギーミックス)を決める議論が経産省で1月30日に始まった。委員らの意見は原子力の一定維持が必要で一致。さらに意見では、割合では原発15%論を述べる識者が多かった。しかし、この状況に筆者は奇妙さを感じる。
  • 「ドイツの電力事情3」において、再エネに対する助成が大きな国民負担となり、再生可能エネルギー法の見直しに向かっていることをお伝えした。その後ドイツ産業界および国民の我慢が限界に達していることを伺わせる事例がいくつか出てきたので紹介したい。
  • 9月29日の自民党総裁選に向け、岸田文雄氏、高市早苗氏、河野太郎氏、野田聖子氏(立候補順)が出そろった。 主要メディアの報道では河野太郎氏がリードしているとされているが、長らくエネルギー温暖化政策に関与してきた身からすれ
  • 東芝の損失は2月14日に正式に発表されるが、日経新聞などのメディアは「最大7000億円」と報じている。その原因は、東芝の子会社ウェスティングハウスが原発建設会社S&Wを買収したことだというが、当初「のれん代(買収

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑