欧州と米国から学ぶエネルギー安全保障【アゴラ・シンポ関連】

2014年09月16日 18:00
アバター画像
常葉大学経営学部教授

【GEPR編集部より】9月27日に静岡で開催するアゴラシンポジウム「災害のリスク―東日本大震災から何を学ぶか」のポジショニングペーパーを、出席者の山本隆三様から寄稿いただきました。

【本文】

先進国で連続する供給危機

エネルギー問題では、常に多面的な考え方が要求される。例えば、話題になった原子力発電所の廃棄物の問題は重要だが、エネルギー問題を考える際には、他にもいくつかの点を考える必要がある。その重要な点の一つが、安全保障問題だ。最近欧米で起こった出来事を元に、エネルギー安全保障の具体的な考え方の例を示してみたい。

まず、米国だ。シェール革命と呼ばれる非在来型の石油と天然ガスの生産増により、米国はロシアを抜き世界最大の天然ガス生産国になった。数年以内には自給率は100%を超え純輸出国になると考えられている。石炭も豊富にあり、全発電量の40%を自国産の石炭で行うことができるほどだ。

その米国で最大の電力供給市場PJM(ペンシルバニア州-P、ニュージャージ州-J、メリーランド州-Mを中心に米国北東部を供給エリアにする市場)で、今年の1月に停電寸前の事態が発生した。

寒波が来襲し、米国北東部の気温が零下20度に下がったところ、PJM市場の1億9000万kWの発電設備のうち4000万kW以上、全設備量の22%が運転できなくなったのだ。そのうち半分近くはガス火力の停止によるものだった。寒波のため暖房用のガス、電力需要が増加し、天然ガスの奪い合いが起こった。しかし、パイプラインの能力には限りがあり、天然ガスの供給を得ることができない発電所がでてしまったのだ。また、石炭火力発電所でも貯炭が凍り付くなどの現象が発生したために、多くが停止した。

停電の危機を救ったのは3000万kWの供給力を持つ原子力だった。化石燃料がいくらあっても、燃料の供給ができなければ、あるいは設備が使えなければ電力供給はできない。化石燃料に恵まれている米国で、いま原子力発電所が5基建設されているが、その理由はエネルギー安全保障と電気料金を長期に安定させることだ。

「脱原発」再考するドイツ

エネルギー安全保障の大切さを教える出来事は欧州でもある。ロシアとウクライナ間の紛争だ。OECD欧州諸国は、天然ガス需要量の3分の1をロシアに依存しているが、そのうち約半分がウクライナ経由のパイプラインで供給されている。ロシア・プーチン大統領は過去2回、2006年と9年にウクライナとの天然ガスの価格交渉決裂を理由に、ウクライナ向けの供給を中断したことがある。欧州諸国もこの影響を受けた。06年も09年も供給の中断が行われたのは欧州が最も寒く、中断の影響が大きい1月だったため欧州諸国は本当に震え上がることになった。最も影響がある時期を選択するのは、さすが戦略家プーチンと言うべきか。

ウクライナ問題により米国は対ロシア制裁を強く打ち出しているが、ドイツが対ロシア制裁に強く踏み出せない理由はエネルギー供給だ。ドイツは天然ガスの3分の1、石油の3分の1の供給をロシアに依存している。これが途絶すれば、米中日に次ぐ世界4位のドイツの製造業はたちまち立ちいかなくなる。

ドイツは、脱ロシア依存の目的もあり再生可能エネルギーの導入を進めていたが、導入量の増加に伴い、電気料金がデンマークと並び世界で最も高いレベルに達したために、再エネ導入のスピードも落とさざるを得なくなった。もはや、脱ロシア政策の選択肢は原子力しか残されていないので、安全保障の問題から予定されている2022年の脱原発は無理ではないかとの意見もドイツの政界からは出始めた。

米国のように国産エネルギーを持たず、欧州のようにパイプラインも送電線も連携していない日本は、真剣にエネルギー安全保障政策を検討する時期にきている。石油の85%、天然ガスの30%を依存している中東で事件が起こってからでは遅すぎる。

(2014年9月16日掲載)

This page as PDF

関連記事

  • 3.11の大原発事故によって、日本と世界は、多かれ少なかれ原発代替を迫られることとなった。それを受けて、太陽光発電などの再生可能エネルギーへのシフトで脱原発・脱化石燃料という議論が盛り上がっている。すぐには無理だが、中長期的には可能だという議論も多い。当面はやむを得ず、CO2排出量を始め環境負荷が他の化石燃料よりずっと少ない天然ガスの効率的利用を繋ぎとして使って、中長期的には実現させるという論調も多い。
  • 元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智 5月26日、参議院本会議で「2050年までの脱炭素社会の実現」を明記した改正地球温暖化対策推進法(以下「脱炭素社会法」と略記)が、全会一致で可決、成立した。全会一致と言うことは
  • 国民民主党の玉木代表が「再エネ賦課金の徴収停止」という緊急提案を発表した。 国民民主党は、電気代高騰対策として「再エネ賦課金の徴収停止」による電気代1割強の値下げを追加公約として発表しました。家庭用電気代の約12%、産業
  • きょうは「想定」「全体像」「共有」「平時と有事」「目を覚ませ」という話をします。多くの人は現象を見て、ああでもない、こうでもないと話します。しかし必要なのは、現象から学び、未来に活かすことです。そうしなければ個々の事実を知っていることは、「知らないよりまし」という意味しかありません。
  • 自民党の岸田文雄前首相が5月にインドネシアとマレーシアを訪問し、「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」の推進に向けた外交を展開する方針が報じられた。日本のCCUS(CO2回収・利用・貯留)、水素、アンモニアなどの
  • 石炭火力発電はCO2排出量が多いとしてバッシングを受けている。日本の海外での石炭火力事業もその標的にされている。 だが日本が撤退すると何が起きるのだろうか。 2013年以来、中国は一帯一路構想の下、海外において2680万
  • 今年のCOP18は、国内外ではあまり注目されていない。その理由は、第一に、日本国内はまだ震災復興が道半ばで、福島原発事故も収束したわけではなく、エネルギー政策は迷走している状態であること。第二に、世界的には、大国での首脳レベルの交代が予想されており、温暖化交渉での大きな進展は望めないこと。最後に、京都議定書第二約束期間にこだわった途上国に対して、EUを除く各国政府の関心が、ポスト京都議定書の枠組みを巡る息の長い交渉をどう進めるかに向いてきたことがある。要は、今年のCOP18はあくまでこれから始まる外交的消耗戦の第一歩であり、2015年の交渉期限目標はまだまだ先だから、燃料消費はセーブしておこうということなのだろう。本稿では、これから始まる交渉において、日本がどのようなスタンスを取っていけばよいかを考えたい。
  • (見解は2016年11月18日時点。筆者は元経産省官房審議官(国際エネルギー・気候変動担当)) (IEEI版) 米大統領選当選でドナルド・トランプ氏が当選したことは世界中を驚かせた。そのマグニチュードは本年6月の英国のE

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑