カーボンニュートラルの勝者は中国

2021年07月02日 10:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

きのうのアゴラシンポジウムでは、カーボンニュートラルで製造業はどうなるのかを考えたが、やはり最大の焦点は自動車だった。政府の「グリーン成長戦略」では、2030年代なかばまでに新車販売の100%を電動車にすることになっているが、これはバッテリー駆動の電気自動車(EV)だけでなくハイブリッド車(HV)を含む。

EVはEUの自動車メーカー救済策

しかしEUは2030年代にHVも禁止し、バッテリー駆動のEVしか認めない方針だ。ライフサイクル全体でみるとHVのほうがCO2排出量が少ないが、EUがEVにこだわる理由は、ヨーロッパの自動車メーカーにはHVをつくる技術がないからだ。

EUの自動車メーカーは、CAFE規制(企業別平均燃費規制)をクリアするために、ガソリン車より燃費が3割ぐらいよいディーゼルエンジンを使う予定だった。

ところがフォルクスワーゲンのディーゼルゲート事件でこの戦略が破綻し、内燃機関ではCAFE規制をクリアできなくなった。とはいえHVをつくる技術はないので、簡単につくれるEVで勝負する戦略を立て、EUもそれを守るためにHVを禁止するのだ。

だからこの闘いは、当面は日本車の圧勝である。EUのベストセラーはトヨタのヤリスであり、性能でも燃費でも環境負荷でも、HVがEVを圧倒している。しかしこの優位は、いつまで続くだろうか。

EVは「高くて劣った技術」

こういう状況をみると、私は1990年代のNTTを思い出す。当時、NTTはATM交換機では世界最先端の技術をもち、それを使ったISDNで世界の先頭を走っていた。未来の通信は、ATMを使った光ファイバー通信網になる、というのが通信業界のコンセンサスだった。

そこにインターネット(TCP/IP)というあやしげな技術がやってきた。それは大学のLANをつなげただけで、その外に出ると、パケットはどこを通るかわからない。セキュリティも保証されていない。「こんなものは通信ではない」とNTTの技術者は考えて実装を拒否した。

しかしIPは圧倒的に安く、どこでもつながった。世界中でインターネットを使った通信サービスが始まり、電話網は時代遅れになった。NTTはIP over ATMという中途半端な(ハイブリッドな)技術を開発したが、NTT以外に使う通信業者はいなかった。こうしてNTTがATMにこだわっているうちに、日本はインターネットで周回遅れになってしまった。

EVがIPと違うのは、それが今のところ高くて劣った技術だということだ。インターネットは安くて劣った「破壊的イノベーション」だったので、ローエンドの(圧倒的に多い)ユーザーを獲得したが、EVは今のところ意識の高いドライバーの高価な装飾品にすぎない。国際競争力の落ちたEUの自動車メーカーは、恐れるに足りない。

中国はEVを「破壊的イノベーション」にする

しかし中国政府は、EVを大衆車として売ろうとしている。まだ価格は高いが、ライドシェアで安くなる。充電ネットワークができれば、充電時間や航続距離も問題なくなる。こうしてEVが安くて劣った技術になると、大衆に急速に普及する。

問題なのは、日本の自動車メーカーの技術力が高すぎることだ。中国にはHVはつくれないので、彼らには部品が少なくて製造しやすいEVしか選択肢がない。そして世界中がEVを大量生産すると価格が下がり、それによって急速に普及する…というネットワーク外部性が働く、というのがインターネット革命の教訓である。

インターネットと違って、バッテリーの技術進歩にはムーアの法則がなく、リチウムやコバルトという稀少金属が制約になる可能性があるが、燃費はEVのほうがいいので、ライドシェア(MaaS)が普及すれば供給制約は乗り超えられる。

シンポジウムでも話に出ていたように、カーボンニュートラルの勝者は中国である。脱炭素は製造業の覇権を日本から奪う大義名分であり、日本政府がそれに乗ってはいけない。製造業を守るためには、エネルギー価格を下げることが重要である。

This page as PDF

関連記事

  • 米国の国家安全保障戦略が発表された。わずか33ページという簡潔な文書である(原文・全文機械翻訳)。トランプ政権の国家安全保障に関する戦略が明晰に述べられている。 筆者が注目したのは、エネルギー、特に天然ガスなどの化石燃料
  • 東京新聞によれば、学術会議が「放射性廃棄物の処理方法が決まらない電力会社には再稼動を認可するな」という提言を17日にまとめ、3月に公表するらしい。これは関係者も以前から懸念していたが、本当にやるようだ。文書をみていないので確かなことはいえないが、もし学術会議が核廃棄物の処理を条件として原発の運転停止を提言するとすれば違法である。
  • 政策家の石川和男氏へのインタビュー記事です。政府は、発送電分離を柱にする2020年までの電力自由化を打ち出しました。しかし、これは「電力価格を引き下げる」という消費者や企業に必要な効果があるのでしょうか。また原発のことは何も決めていません。整合性の取れる政策は実行されるのでしょうか。
  • アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 IPCC報告の「政策決定者向け要約」を見ると、北極海の氷
  • 筆者は、三陸大津波は、いつかは分からないが必ず来ると思い、ときどき現地に赴いて調べていた。また原子力発電は安全だというが、皆の注意が集まらないところが根本原因となって大事故が起こる可能性が強いと考え、いろいろな原発を見学し議論してきた。正にその通りのことが起こってしまったのが今回の東日本大震災である。
  • 大手メディアは無視したが、ハフィントンポストが「福島の子供の甲状腺がん発症率は20~50倍」という津田敏秀氏の外人記者クラブでの発表を報じている。私は疫学の専門家ではないが、Togetterで専門家から多くの批判が出ている。
  • バイデンの石油政策の矛盾ぶりが露呈し、米国ではエネルギー政策の論客が批判を強めている。 バイデンは、温暖化対策の名の下に、米国の石油・ガス生産者を妨害するためにあらゆることを行ってきた。党内の左派を満足させるためだ。 バ

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑