ストーン&ウェブスター(S&W)の工事ミスは本当か

2017年04月18日 20:30
アバター画像
NPO法人パブリック・アウトリーチ・上席研究員 元東京大学特任教授

NRCが工事ミスを指摘

WH(東芝)がなぜ多額の負債を負ったのか、いまだに狐に摘まれた思いをしている人が多い。これまで報道された情報によれば「12年の早い段階までにNRCの検査官が原子炉下部の鋼材が不適切に据え付けられていたのを発見した。300トンもの原子炉容器が落ちかけていたり、誤った溶接のやり直しが必要だったりもした。」と言うことだ。普通の人なら、こんな工事をしていれば工期が遅れるのは当然だ、WHが多額の負債を負うのは仕方ない」と納得したであろう。しかし、私はどうしても納得できない。その理由を説明しよう。

溶接不良はよほど複雑なものでなければ通常NRC検査の前に判るもの

原子力施設の工事で最も重要なのは溶接である。だから、工事をどこに発注しようが、元請は溶接管理の手は抜かない。WHも恐らくそうしていたものと思われる。どのような溶接をするのかが原発の工事管理の心臓部だ。だから原発建設現場には必ず溶接試験場を設け、下請けの溶接士の技量を検査し、合格した者にしか溶接をさせないのが普通だ。そして、表1に示す通り、NRC検査の前には多くの関門があり[1]、もし、報じられるような問題があれば、当然NRC検査の前に発見されている筈である。

表1 溶接の段階的チェック

表1 溶接の段階的チェック

過去の経験に基づき溶接検査は最も厳重に行う

米国は原子力先進国である。しかもS&W社は18州で59の電力会社を運営し、日本の化学工場22ヵ所も建てた経験豊富な企業である。元請のショーGrはスリーマイル島事故から20年も経った2000年に倒産したS&Wを買収した、原発建設経験が皆無の企業だったが、S&Wには十分過ぎるほどの経験があった。S&Wの管理者が原発の溶接管理が如何に厳しいかを知らなかったとは考えられない(図1に参考までに日本の原発の溶接管理系統図を示す[2])。もし、報道が事実だとすれば、当該溶接に関するS&W,ショーGr、WHの3社は素人のように何もしなかったのである。すなわち、表1の①、②、③、④が全く機能せずに⑤のNRC検査でこの溶接不良が発見されたことになる。普通なら有り得ないことだ。

図1 日本の原発の溶接管理系統図

図1 日本の原発の溶接管理系統図

中国は2006年、WHから第三世代炉AP1000を技術導入することを決定

原発受注の焦点は中国だった。東芝がWHを買収した2006年頃は仏、露、加、日/米、そして中国国産の3つ巴どころか、5つ巴のすさまじい戦いが繰り広げられていた。中国の推進当局NRDCは2006年12月、WHから米国の原子力発電技術を導入することで米国政府と合意した[3]。東芝がWHを54億ドルで買収したのはその約2ヶ月前である。このことと関係するかどうか判らぬが、2009年、国家プロジェクトとして開発していた国産の第三世代原子炉CNP1000が国家核安全局(NNSA)から却下された。中国は国産の第三世代炉を失ったのである。そして、同じ2009年に中国は原子力技術をAP1000に統一することを決定している。そして、翌2010年11月、東芝の佐々木社長が国営企業の国家核電技術(SNTPC)にCAP1400を中国の国産原発として輸出することを認める合意をした。

米国軍事筋はWH技術が中国に渡ることに不快感

米国は原子力空母10隻全て、原潜の約2割、13隻にWH製原子炉を使っている[4]。そのWH技術を中国に技術基準として売り渡すことにしたことを米国の軍事筋が歓迎する筈がない。東芝/WHの利益と米国軍事部門の利益は完全にバッティングしていたのだ。中国との関係は2009年6月に東芝の社長になった佐々木社長の意向だと考えられたようである。

因果関係を示す証拠は全くないが、S&Wがインフラ建設の軍事企業だったことと、上述したように通常起きるはずがない配管の溶接ミスがS&Wに集中していたことは果たして全く無縁だったのだろうか。

漁夫の利は露・ロスアトム社に

大きな出来事が起きた時の原因調査で 重要なことは、結果的に誰が得をしたのか、である。図2を見て欲しい。仏アレバが脱落後、世界の原発マーケットはトップを東芝/WHと露・ロスアトムが競ってきた。もし、東芝/WHがいなくなると世界の原発市場は露・ロスアトムの独壇場となる。S&Wの溶接問題に露が絡んでいる証拠もまだ全くないが、結果的に大きな利益を得るのが露・ロスアトムであることだけは確かである。

図2 世界の原発製造会社の販売基数

図2 世界の原発製造会社の販売基数

以上

[1] 原子力ATOMICA「原子力発電所の溶接検査」
[2] 同上
[3] 永崎隆雄「世界の原子力を先導する 中国の原子力開発情勢と課題」,元JAEA北京事務所長,2015.11.24
[4] M.Ragheb「Nuclear Marine Propulsion 」,p.1-p.117,2017.3.9

This page as PDF
アバター画像
NPO法人パブリック・アウトリーチ・上席研究員 元東京大学特任教授

関連記事

  • エネルギー問題では、常に多面的な考え方が要求される。例えば、話題になった原子力発電所の廃棄物の問題は重要だが、エネルギー問題を考える際には、他にもいくつかの点を考える必要がある。その重要な点の一つが、安全保障問題だ。最近欧米で起こった出来事を元に、エネルギー安全保障の具体的な考え方の例を示してみたい。
  • アゴラ研究所の運営するネット放送「言論アリーナ」。今回のテーマは「福島の漁業をどう復興するか」です。 福島沖の漁業は今も再開できません。これが復興の障害になるとともに、福島第一原発の「処理水」が流せない原因になっています
  • 4月4日のGEPRに「もんじゅ再稼働、安全性の検証が必要」という記事が掲載されている。ナトリウム冷却炉の危険性が強調されている。筆者は機械技術屋であり、ナトリウム冷却炉の安全性についての考え方について筆者の主張を述べてみる。
  • 有馬純東京大学公共政策大学院教授の論考です。有馬さんは、経産官僚出身で、地球環境・気候変動問題の首席交渉官でした。日本の現状と技術力という強みを活かした対策の必要性を訴えています。有馬さんが出演する言論アリーナを10月1日午後8時から放送します。
  • 上野から広野まで約2時間半の旅だ。常磐線の終着広野駅は、さりげなく慎ましやかなたたずまいだった。福島第一原子力発電所に近づくにつれて、広野火力の大型煙突から勢い良く上がる煙が目に入った。広野火力発電所(最大出力440万kw)は、いまその総発電量の全量を首都圏に振向けている。
  • イタリアがSMRで原子力回帰 それはアカンでしょ! イタリアがメローニ首相の主導のもとに原子力に回帰する方向だという。今年5月に、下院で原発活用の動議が可決された。 世界で最初の原子炉を作ったのはイタリア出身のノーベル物
  • 国連科学委員会
    本委員会は、第64回年次会合(2017年5月29日~6月2日)において、2013年の第68回国連総会に提出された報告書およびそれを支持する詳細な科学的附属書に示されている、2011年東日本大震災後の原子力事故による放射線被ばくと影響の評価を見返した。
  • 改正された原子炉等規制法では、既存の原発に新基準を適用する「バックフィット」が導入されたが、これは憲法の禁じる法の遡及適用になる可能性があり、運用には慎重な配慮が必要である。ところが原子力規制委員会は「田中私案」と称するメモで、すべての原発に一律にバックフィットを強制したため、全国の原発が長期にわたって停止されている。法的には、安全基準への適合は運転再開の条件ではないので、これは違法な行政指導である。混乱を避けるためには田中私案を撤回し、新たに法令にもとづいて規制手順を決める必要がある。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑