「2050年CO2排出ゼロ」は原発なしで実現できない

2020年10月27日 17:00
アバター画像
アゴラ研究所所長

菅首相の所信表明演説の目玉は「2050年までに温室効果ガス排出ゼロ」という目標を宣言したことだろう。これは正確にはカーボンニュートラル、つまり排出されるCO2と森林などに吸収される量の合計をゼロにすることだが、今まで日本政府は公式に約束してこなかった。技術的に不可能だからである。

電力をすべて再エネでまかなえるのか

国立環境研究所のシミュレーションによると、図のように2050年にCO2排出量をゼロにするには、パリ協定(INDC)を完全実施して2100年に地球の平均気温を産業革命前の1.5℃上昇(1.5deg)に収めなければならないが、これは不可能である。今すでに1.3℃上昇しているからだ。パリ協定の目標としている2℃上昇(2deg)だと80%削減が限界だが、この目標も実現できない。

日本政府はパリ協定で「2030年にCO2排出量を2013年比で26%削減する」と約束しているが、これには電源に占める原発比率が20%以上が必要で、25基以上の原発が稼働する必要がある。しかし今は「特重」の審査で原発が止まり、来月には運転しているのは1基だけになる。

原発を新増設しないと、今のままでは2050年までにすべて40年の寿命が来てゼロになる。CO2排出ゼロにするには、火力発電も廃止して電力を100%再生可能エネルギーで供給する必要があるが、それは不可能である。蓄電のコストは発電の100倍以上かかり、鉄鋼や自動車産業は国内で成り立たなくなる。

さらにCO2の年間排出量13億トンのうち、次の図のように電力部門は約5億トンで、それ以外の産業用や自動車が6.2億トンある。これを減らす方法は電気自動車ぐらいしかないが、産業用の石油は残る。

日本のCO2排出量(資源エネルギー庁)

日本のCO2排出量(資源エネルギー庁)

火力発電とガソリン車をゼロにすると、エネルギーコストは最大9倍になる(国立環境研)。電気代は2倍に上がって製造業は日本から出て行き、GDPの10%以上が失われるだろう。それでも中国やインドや途上国の排出量が激増するため、パリ協定の2℃上昇という目標は実現できない。これはIPCCも認めている。

CO2排出ゼロで生活は快適になるのか

そもそもCO2は政策目的ではない。問題は地球温暖化だが、杉山大志氏も指摘するように、日本が2050年にCO2排出ゼロにしても、地球の平均気温は0.01℃も下がらない。日本のCO2排出量は、世界の約3%しかないからだ。

温暖化を止めたら何が防げるのだろうか。ほとんどの専門家が2050年までに確実に起こると予想している現象は、最大30cm程度の海面上昇である。日本が2050年にCO2排出ゼロにしたら、それが3mm程度は下がるかもしれない。

この他に起こっている現象は水害が増えたことだが、その最大の原因は温暖化ではなく都市化である。これは先進国では大した問題ではなく、途上国ではCO2削減より堤防を建設するコストのほうがはるかに安い。

要するに日本が2050年までにCO2排出量をゼロにすると、GDPが10%下がって気温が0.01℃下がるだけなのだ。これは果たして政府が全力を投入してやるべきことなのだろうか。それはただでさえ人口減少で衰退する日本経済が、自殺に向かう道ではないのか。

他の道もある。日本には遊休したままの原発が27基あり、世界最高の原子力技術がある。火力発電を減らして原発を新増設すれば、エネルギーコストを上げないでCO2排出をゼロにできる。

この点で首相が、所信表明で「安全最優先で原子力政策を進めることで、安定的なエネルギー供給を確立します」とのべたのは救いがある。日本が原発ゼロで貧困化の道を歩むのか、原発を維持して豊かさを守るのか、今後10年が分かれ道である。

This page as PDF

関連記事

  • 田中 雄三 温暖化は確かに進行していると考えます。また、限りある化石燃料をいつまでも使い続けることはできませんから、再生可能エネルギーへの転換が必要と思います。しかし、日本が実質ゼロを達成するには、5つの大きな障害があり
  • 前代未聞の原発事故から二年半を過ぎて、福島の被災者が一番注意していることは仲間はずれにならないことだ。大半が知らない土地で仮の生活をしており、親しく付き合いのできる相手はまだ少ない。そのような状況では、連絡を取り合っている元の町内の人たちとのつながりは、なにより大切なものだ。家族や親戚以外にも従来交流してきた仲間とは、携帯電話やメールなどでよく連絡を取り合っている。仕事上の仲間も大切で、暇にしていると言うと、一緒に仕事をやらないかと声を掛けてくれる。
  • 問題:北緯60度から70度の間の世界の森林(シベリアやアラスカなど)を全部伐採したら、地球はどれだけ温暖化するか? 答え:0.4℃、気温が下がる(上がるのではない!) あれ? 温暖化対策のために、植林しているんじゃなかっ
  • 福島第一原発の後で、エネルギーと原発をめぐる議論が盛り上がった。当初、筆者はすばらしいことと受け止めた。エネルギーは重要な問題であり、人々のライフライン(生命線)である。それにもかかわらず、人々は積極的に関心を示さなかったためだ。
  • 日本のSDGs達成度、世界19位に低下 増えた「最低評価」 日本のSDGs(持続可能な開発目標)の進み具合は、世界19位にランクダウン――。国連と連携する国際的な研究組織「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SD
  • リウマチの疫学を学ぼう、と公衆衛生大学院への留学を目指していた私の元に、インペリアルカレッジ・ロンドンから合格通知が届いたのは2011年2月28日。その時は、まさかそのわずか11日後に起こる事件のために自分の進路が大きく変わるとは、想像もしていませんでした。
  • 米国ラムスセン社が実施したアンケート調査が面白い。 一言で結果を言えば、米国ではエリートはCO2の規制をしたがるが、庶民はそれに反発している、というものだ。 調査は①一般有権者(Voters)、②1%のエリート、③アイビ
  • 国会の事故調査委員会の報告書について、黒川委員長が外国特派員協会で会見した中で、日本語版と英語版の違いが問題になった。委員長の序文には、こう書かれている

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑