日米の「核密約」をめぐるねじれ

朝鮮半島に「有事」の現実性が高まってきたが、国会論議は相変わらず憲法論争だ。憲法違反だろうとなかろうと、弾道ミサイルが日本国内に落ちたらどうするのか。米軍が北朝鮮を攻撃するとき、日本政府はそれを承認するのか――日米安保条約には、こうした問題について明確な規定がない。空母カール・ビンソンが北朝鮮を攻撃するときは事前協議するように日本政府は求めたが、これは協議するだけで拒否権はない。
核兵器の持ち込みにも条約の制限はなく、「非核三原則」は日本側の一方的な宣言にすぎない。現実には1960年の安保条約改正のとき、日本に核を配備する密約が口頭で行われ、それを前提に条約は改正された。1969年に佐藤内閣が密約で沖縄への核の持ち込みを認め、それが沖縄返還の条件になった。以上の経緯は、民主党政権で明らかになった。
核兵器は日本を防衛する武器の種類にすぎないので、それを秘密にする必要はなかった。NATOと同じように、極東の重要な軍事拠点である沖縄に核兵器を配備するのは(沖縄を守るためにも)当然だった。安保条約には核兵器の持ち込みを禁止する規定はなかったので、1950年代には核兵器を搭載した米空母が日本に寄港していた。米軍は在日米軍基地にも核兵器を配備しようとした。
しかし1954年のビキニ環礁事件で核兵器への反発が強まり、55年体制で自民党の脅威になった社会党が「核兵器反対」をスローガンにして国民の支持を得たため、自民党は核の有無を曖昧にし、それを密約にした。この点で、反原発の世論に迎合して迷走している安倍政権のエネルギー政策と似ている。それは政治的には正しかったが、その後のエネルギー政策の「ねじれ」の原因になった。
日本を「核の傘」の中に入れることは、アメリカの極東戦略に不可欠だった。同時にアメリカの原子力産業が日本を支配下に入れるために「原子力の平和利用」が始まった。1956年に制定された原子力開発利用長期計画(長計)で核燃料サイクルの方針が決まり、日本の原子力産業は国策民営でスタートした。
ところが1970年代に、アメリカのカーター政権は核燃料サイクルをやめる方向に舵を切った。この背景にも核拡散を恐れる軍事的な要因があったが、日本は長計の方針を継続し、1988年に現在の日米原子力協定を結び、核拡散防止条約の例外として再処理を認められた。これが来年、30年で切れる。関係者によると今年中に大勢は決するが、今のところ延長できる見通しだという。
この協定があるために全量再処理という方針が変えられないが、核燃料サイクルの採算性は絶望的である。高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」が事実上廃炉になり、原発の新設がほぼ不可能な状況で、45トンの余剰プルトニウムをプルサーマルだけで消費できるのか。かりにできるとして、それによる8兆円ともいわれる損失はどうするのか。
アメリカからみると、日本政府の行動を論理的に説明する理由は一つしかない:日本が核武装のオプションを残そうと考えていることだ。自民党には、そう主張する議員がいる。私もそれは合理的な考え方だと思うが、それでも今の原爆5000発分以上のプルトニウムは必要ない。この意味で核燃料サイクルは日米同盟の根幹にふれる問題であり、安倍政権が安全保障の観点からも見直す必要があろう。
関連記事
-
EU農業政策に対する不満 3月20日、ポーランドのシュチェチンで農民デモに遭遇した。主要道路には巨大なトラクターが何百台も整然と停まっており、その列は延々と町の中心広場に繋がっていた。 広場では、農民らは三々五々、集会を
-
著者はIPCCの統括執筆責任者なので、また「気候変動で地球が滅びる」という類の終末論かと思う人が多いだろうが、中身は冷静だ。
-
厚生労働省は原発事故後の食品中の放射性物質に係る基準値の設定案を定め、現在意見公募中である。原発事故後に定めたセシウム(134と137の合計値)の暫定基準値は500Bq/kgであった。これを生涯内部被曝線量を100mSv以下にすることを目的として、それぞれ食品により100Bq/kgあるいはそれ以下に下げるという基準を厳格にした案である。私は以下の理由で、これに反対する意見を提出した。
-
バイデン政権は温暖化防止を政権の重要政策と位置づけ、発足直後には主要国40ヵ国の首脳による気候サミットを開催し、参加国に2050年カーボンニュートラルへのコミットや、それと整合的な形での2030年目標の引き上げを迫ってき
-
GEPRは日本のメディアとエネルギー環境をめぐる報道についても検証していきます。筆者の中村氏は読売新聞で、科学部長、論説委員でとして活躍したジャーナリストです。転載を許可いただいたことを、関係者の皆様には感謝を申し上げます。
-
以前紹介したように、米国エネルギー長官クリストファー・ライトの指示によって、気候危機説を否定する内容の科学的知見をまとめた気候作業部会(Climate Working Group, CWG)の報告書が2025年7月23日
-
「気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか」については分厚い本を通読する人は少ないと思うので、多少ネタバラシの感は拭えないが、敢えて内容紹介と論評を試みたい。1回では紹介しきれないので、複数回にわたることをお許
-
岸田政権はGXの目標達成のために、原子炉のリプレース・新設を打ち出した。そのリプレース・新設を担うことになるのが〝革新軽水炉〟である。 革新の要は、安全性と経済性である。日本でいえば、現行のABWR(改良型沸騰水型軽水炉
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














