IPCC報告の論点⑤:山火事で昔は寒かったのではないか
IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。

Adventure_Photo/iStock
IPCCの報告では、CO2等の温室効果ガスによる「地球温暖化」を、化石燃料の燃焼によって発生する空気中の微小な粒子である「エアロゾル」による「地球冷却化」の効果が打ち消している、とされる。
図はIPCCの要約にあるものだ。産業革命前(1850-1900年)からの温室効果ガスによる地球温暖化は、温室効果ガスによる地球温暖化が1.5℃であり、そこから「その他の人為起源」というものが0.4℃差し引かれて、「人間の影響合計」は1.1℃となっている。
この差し引かれた0.4℃が前述のエアロゾルの効果である。
図示されているように、このエアロゾルの効果については大きな誤差範囲があり、ゼロからマイナス0.8となっていて、よくわからないことが多い。
というのは、煙突などから出た様々な大気汚染物質が、どのように水蒸気等と反応して大気中に漂い、雲を形成して地球を冷却化するのか、という一連のプロセスは、大変に複雑で、よく把握できていないためだ。
さて、今回紹介したいのは、IPCC報告で用いている第6世代モデル研究(CMIP6)では「産業革命前にはエアロゾルは少なかった」と前提しているが、これは違うのではないか、という指摘である。
産業革命前というと、大気は綺麗だったかというと、決してそんなことは無い。
焼き畑農業がおこなわれたり、落雷による山火事があったり、農業廃棄物の野焼きなどが行われていて、じつは、世界は煙に満ちていた。
産業革命後は、山火事は抑制されて起きにくくなり、焼き畑農業は無くなり、廃棄物は処理場で燃やすようになったので大気汚染は抑制され、その分、エアロゾルも減少した。
産業革命前にどのぐらいエアロゾルの効果があったのか、山火事の影響などを見積もったハミルトンの研究によると、その効果は最大で1.0W/m2(=1平方メートルあたり1.0ワット)だとされている。
さてIPCCによれば、人為的な温室効果の強さ(=専門的に言えば放射強制力の強さ)は、産業革命前と比較して 2019 年に 2.7W/m2 であった。前述のようにIPCCはこれによって1.1℃の気温上昇があったとしている。
放射強制力の変化と気温の変化は概ね比例関係にあるから、これを温室効果とエアロゾルの効果に分解しよう。
すると、「温室効果ガスによる3.7W/m2の温室効果が1.5℃の気温上昇をもたらしたところを、エアロゾルによる-1.0W/m2の温室効果が0.4℃の冷却をもたらした結果である」、と解釈できる(表)。
さてIPCCは化石燃料起源の大気汚染によって-1.0W/m2のエアロゾルによる冷却があったとしているが、たまたま、この-1.0W/m2は、ハミルトンによる産業革命前の冷却効果の見積もりと一致する。
つまりエアロゾルによる冷却効果は、じつは産業革命前と現在とで変わらない、ということになる!
だとすると、過去の1.1℃の気温上昇は、温室効果ガスだけによってもたらされたことになり、エアロゾルによる冷却効果は正味では存在しなかった、ということになる。
するとこの場合、温室効果ガスによる地球温暖化量の見積もりが小さくなり、将来の気温上昇予測も小さくなる。どの程度変わるかというと、同じだけの温室効果ガス排出による気温上昇は1.1/1.5 = 73%になる。
つまり気温が3.0℃上がるという予測があれば、それが3.0×73% = 2.2℃まで下がる訳で、このハミルトンの指摘は無視できない。
ハミルトンの-1.0W/m2という推計自体はまだ大きな不確実性を含むもので、本当の値はまだこれからの研究対象になる。数値はこれほど大きくないという研究もある。
だが「産業革命前にもエアロゾルの冷却効果は結構あったのではないか」という指摘が重要なことに変わりは無い。
■
1つの報告書が出たということは、議論の終わりではなく、始まりに過ぎない。次回以降も、あれこれ論点を取り上げてゆこう。
次回:「IPCC報告の論点⑥」に続く
【関連記事】
・IPCC報告の論点①:不吉な被害予測はゴミ箱行きに
・IPCC報告の論点②:太陽活動の変化は無視できない
・IPCC報告の論点③:熱すぎるモデル予測はゴミ箱行きに
・IPCC報告の論点④:海はモデル計算以上にCO2を吸収する
・IPCC報告の論点⑤:山火事で昔は寒かったのではないか
・IPCC報告の論点⑥:温暖化で大雨は激甚化していない
・IPCC報告の論点⑦:大雨は過去の再現も出来ていない
・IPCC報告の論点⑧:大雨の増減は場所によりけり
・IPCC報告の論点⑨:公害対策で日射が増えて雨も増えた
・IPCC報告の論点⑩:猛暑増大以上に酷寒減少という朗報
・IPCC報告の論点⑪:モデルは北極も南極も熱すぎる
・IPCC報告の論点⑫:モデルは大気の気温が熱すぎる
・IPCC報告の論点⑬:モデルはアフリカの旱魃を再現できない
・IPCC報告の論点⑭:モデルはエルニーニョが長すぎる
・IPCC報告の論点⑮:100年規模の気候変動を再現できない
・IPCC報告の論点⑯:京都の桜が早く咲く理由は何か
・IPCC報告の論点⑰:脱炭素で海面上昇はあまり減らない
・IPCC報告の論点⑱:気温は本当に上がるのだろうか
・IPCC報告の論点⑲:僅かに気温が上がって問題があるか?
・IPCC報告の論点⑳:人類は滅びず温暖化で寿命が伸びた
・IPCC報告の論点㉑:書きぶりは怖ろしげだが実態は違う
・IPCC報告の論点㉒:ハリケーンが温暖化で激甚化はウソ
・IPCC報告の論点㉓: ホッケースティックはやはり嘘だ
・IPCC報告の論点㉔:地域の気候は大きく変化してきた
・IPCC報告の論点㉕:日本の気候は大きく変化してきた
■

関連記事
-
先日、欧州の排出権価格が暴落している、というニュースを見ました(2022年3月4日付電気新聞)。 欧州の排出権価格が暴落した。2日終値は二酸化炭素(CO2)1トン当たり68.49ユーロ。2月8日に過去最高を記録した96.
-
IAEA(国際原子力機関)の策定する安全基準の一つに「政府、法律および規制の安全に対する枠組み」という文書がある。タイトルからもわかるように、国の安全規制の在り方を決める重要文書で、「GSR Part1」という略称で呼ばれることもある。
-
この原稿はロジャー・ピールケ・ジュニア記事の許可を得た筆者による邦訳です。 欧州の天然ガスを全て代替するには、どれだけの原子力が必要なのか。計算すると、規模は大きいけれども、実行は可能だと分かる。 図は、原子力発電と天然
-
東京都は太陽光パネルの設置義務化を目指している。義務付けの対象はハウスメーカー等の住宅供給事業者などだ。 だが太陽光パネルはいま問題が噴出しており、人権、経済、防災などの観点から、この義務化には多くの反対の声が上がってい
-
産経新聞によると、5月18日に開かれた福島第一原発の廃炉検討小委員会で、トリチウム水の処理について「国の方針に従う」という東電に対して、委員が「主体性がない」と批判したという。「放出しないという[国の]決定がなされた場合
-
東京都の資料「2030年カーボンハーフに向けた取り組みの加速」を読んでいたら、「災害が50年間で5倍」と書いてあった: これを読むと、「そうか、気候変動のせいで、災害が5倍にも激甚化したのか、これは大変だ」という印象にな
-
東京電力福島第一原子力発電所の事故から早2年が過ぎようとしている。私は、原子力関連の会社に籍を置いた人間でもあり、事故当時は本当に心を痛めTVにかじりついていたことを思い出す。
-
原子力発電所の再稼働問題は、依然として五里霧中状態にある。新しく設立された原子力規制委員会や原子力規制庁も発足したばかりであり、再稼働に向けてどのようなプロセスでどのようなアジェンダを検討していくのかは、まだ明確ではない。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間