水素・アンモニア燃焼へのダメ押し

2021年10月10日 07:00
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元静岡大学工学部化学バイオ工学科

元静岡大学工学部化学バイオ工学科 松田 智

新しい政権が発足したが、エネルギー・環境関連では、相変わらず脱炭素・水素・アンモニア・メタネーション等、これまで筆者が散々こき下ろしてきた政策を推進する話題で持ちきりである。その利害得失・科学技術的な非を、いくら懇切丁寧に説明しても改める気配は微塵もない。お役所はまさに「聞く耳持たず」で、補助金に群がる企業も後を絶たない。しかし、これに絶望し沈黙していては、現状を認めることになるので、力及ばずとも、言うべきことは言い続けるしかない。

taa22/iStock

その第一弾として、水素の捉え方に訂正を加えたい。

筆者はこれまで、水素を電力と同じ二次エネルギーであると説明してきた。しかしこれは、正確な記述ではない。なぜなら、水素はそのままではエネルギーとして使えず、もう一段、燃やすか燃料電池で電力化しないとエネルギー利用できないからである。

つまり、そのまま二次エネルギーである電力に対し、水素は「三次」エネルギーでしかない。だから本質的に、エネルギー効率も経済性も必ず不利になってしまうのだ。この点は、技術開発とか原料や産地の変更等でどうにかなる問題ではない。

先にこのGEPRでも「水素発電で火力発電を代替すると言う幻想」という記事が出た。量的に全く足りないという指摘はその通りであるが、一つ大事な点が抜けている。水素で常に問題となるのは「水素を何からどうやって得るのか?」である。

復習になるが、現在の水素供給の二本柱は、

  1. 天然ガス(中のメタン)を水蒸気改質する
  2. 再エネ等の電力で水を電気分解する

の二つである。

(1)は、天然ガスを燃やすのと同量のCO2が出る上、得られる水素の保有エネルギーは、原料天然ガスの約半分になってしまう(水蒸気改質に多くのエネルギーを使うから)。豪州褐炭や下水汚泥等のバイオマスその他、有機物から水素を得る試みは、全てこの範疇に入る。CCS(CO2の固定・地下貯留)を適用するなら、天然ガス等で火力発電した後の排ガスに使えば同じことだから、CCS適用の有無は、直接燃焼と水素経由で違いはないことも押さえておこう(→水素にだけCCSを適用して「カーボンフリー」などと言うのは反則である)。

(2)は「グリーン水素」などともて囃されている方式であるが、実態は、電力→水素→燃焼 or 燃料電池→電力 の堂々巡りで、単なる電力の無駄遣いに過ぎない。燃焼より効率の高い燃料電池経由でも、元の電力の36%ほどに減ってしまう。水素は貯蔵が効くのが利点だが、貯えたら64%も電力が減ってしまう蓄電池なんて、誰が使うだろうか?いくら「グリーン」でも、損が大きすぎる。

と言うことで、現在の水素製造二大主流のどちらを使っても、エネルギー的に大損、経済的にも当然大幅に不利になってしまう。もちろん、水素製造源の一次エネルギーを有効活用するに限る。しかるに、今でも「夢の燃料・水素」などと持ち上げる報道などが後を絶たない。そろそろ「夢」から覚めたらどうなの?と思うが。

style-photography/iStock

一方、「水素は原子力、特に高温ガス炉で製造してこそ意味を持ちます。それ以外はほとんど「まやかし」です。」という意見もあるが、筆者は必ずし賛成しない。高温ガス炉は、最近水素製造で注目されているが、水素を造るのと発電するのとどちらが得か、よく比較検討する方が良い。

上記のように、水素はもう一段手間を掛けないといけないが、電力ならそのまま利用できる。おそらく、総合効率の点で発電する方が得であり、同じ発電するなら、軽水炉とどちらが得かの競争になる(多分、経済性で軽水炉が勝つ)。

また高温ガス炉は、熱需要にも対応できるとも言われているが、今の原子炉のように都市から遠く離れた土地に建てて高温を作っても、運ぶ手段がない。熱というのは、最も輸送の難しいエネルギー形態であるから(断熱をいくら工夫しても輸送途中で散失してしまう)。

確かに、高温熱源は人間社会に不可欠であり、化石燃料が枯渇した後の社会では、熱源確保が重要な課題にはなるのだが、まだまだ先の話である。それとも、工業地帯のど真ん中に高温ガス炉を作りますか?それでも、熱が供給できるのは半径1km以内程度だと思われるのであるが。

こうして、どう贔屓目に見ても、エネルギー媒体としての水素には魅力がないのに、未だに日本政府も欧米各国・中国や韓国も水素にしがみついている。燃やしてCO2が出ないこと以外には利点がない水素にこれほど執着する理由が、筆者には理解できない。もう少し、真面目に損得勘定を考えたらどうかと思う。

その水素を原料として合成するアンモニアを、発電用燃料に使うと言う発想は、それ以上にどうにも理解しがたいものがある。

最近も、アンモニア関連の記事がたくさん出ている。例えば「アンモニア発電 脱炭素の新たな主役となるか」という記事だ。

その記事には、こうある。

政府はさらに、50年に向けてアンモニアだけで発電する「専焼」の実現を目指すとしている。

ただし、普及に向けては、残された課題が多い。

石炭火力1基に20%分のアンモニアを混ぜる場合、年50万トンのアンモニアが必要になる。2基で現在の国内消費に相当する量だ。国内生産だけでは賄えず、世界的な調達網を構築せねばならない。

燃やすと、大気汚染の原因となる窒素酸化物(NOx)が出てしまう。NOxを出しにくい燃焼機器や、除去する装置の性能を高めていくことが不可欠だ。

国の試算では、発電コストは水素と比べれば大幅に安いが、石炭や天然ガスよりは高く、コストの低減が重要となる。

アンモニアの製造には大量のエネルギーを消費するため、再生可能エネルギーを使った生成手法を確立することも大事だ。

この記事では、アンモニアを造るために水素が要ると言う話が抜けている他に、アンモニア発電が水素発電より大幅に安いとあるが、筆者には到底理解しがたい。その国の試算とやらを、ぜひ全面公開していただきたい。原料の水素よりも、合成した後の製品アンモニアが安くなると言うカラクリを、是非とも知りたいものである。

またこの記事でもアンモニアを燃やすとNOxが出てしまうことは認識しているようだが、除去装置にアンモニアを使うことは書いていない。

いまの火力発電所やゴミ焼却施設では、NOxを除去するためにアンモニアを使っている。これに代わる方法は事実上存在しない。だからアンモニア発電でもやはりNOxの除去にはアンモニアを使うしかないだろう。また化学式を持ち出して恐縮であるが、アンモニアを用いてNOxを除去する反応は、下記のようなものである。

NH3 + NO + 1/4 O2   →   N2 + 3/2 H2O

この反応式が何を意味するかと言えば、処理すべき窒素酸化物(この場合はNO)と同量のアンモニア(NH3)が要ると言うことである。

実際には、化学反応は100%で起きることは稀で、例えばこの方式を微粉炭焚き火力発電所で用いると、装置内温度350℃前後で反応率は80〜90%とされている(反応率は温度その他の反応条件で大きく変わる)。

要するに、燃やすアンモニアと同量かそれ以上のアンモニアをNOx除去に使うと言うことである。使わなければ、燃やした分のNOxがそのまま大気放出される。当然、とんでもない量のNOxが出る。

環境省の排ガス基準では、石炭燃焼ボイラーでNOxは最大350 ppm、光学ガラス等の溶融炉でも800 ppm(=0.08%)だが、アンモニアを燃料として用いたら、混入比率にもよるが100000ppm(=10%)以上という、文字通り桁違いのNOxが出る。もしもそのまま排出したら周囲は地獄になる。それを抑えるためには、燃料と同量以上のアンモニアが要る。

全国の大気汚染関連の研究者・技術者は、こんなトンデモナイ事態に対して、なぜ黙っているのだろうか? CO2を出さない代わりにNOxを出して良いとする理不尽・不合理を、このまま黙認するのだろうか? 経産省は、懲りもせずアンモニア火力発電を進める国際会議まで開いていると言うのに、環境省はそれを黙って見ているのだろうか?

水素やアンモニアを礼賛する記事を書いているライターにお願いしたいが、執筆の際は、化学や熱力学の基本を押さえた上で書いていただきたい。単にCO2排出がない、または抑えられることだけに目がくらんで、他に大切な考慮要因があることを見落とさないでいただきたい。不注意による見落としなら単に勉強不足だが、分かっていて無視するなら、科学法則の無視である。

松田 智
2020年3月まで静岡大学工学部勤務、同月定年退官。専門は化学環境工学。主な研究分野は、応用微生物工学(生ゴミ処理など)、バイオマスなど再生可能エネルギー利用関連。

 

【記事訂正】
アンモニアを燃やすと大量の窒素酸化物(NOx)が出ると書いたが、アンモニア燃焼では大部分の窒素がN2ガスとして排出され、NOxの排出は少ない。燃やしたアンモニアの大部分がNOxになるように書いたのは、間違いであったので、お詫びして訂正します。

なお、アンモニア・メタネーション・e-Fuelなど、いずれも高価な水素を原料としてエネルギーとコストをかけて合成し、結局は燃料として燃やしてしまう、勿体ない行為である点は変わらないので、原稿の主旨自体には変更ありません。

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