ドイツの大転換の大失敗

2022年08月01日 07:00
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

Yamko/iStock

混迷と悪あがき

ロシアのウクライナ侵攻後、ドイツの過去10年に亘るエネルギー政策「エネルギーヴェンデ(大転換)」が大失敗したことが明々自白になった。大転換の柱は、脱原発と脱石炭(褐炭)である。原発と褐炭を代替するはずだったロシア産天然ガスは、ノルドストリーム2の事実上の永久停止に加えてノルドストリーム1の供給量が2割に削減されたことによって、今や見通しが全く無い。

このようなここ半年の状況にもかかわらず、2011年時点で決めた原子力を全廃するという政策を転換することはなかった。福島第一原子力発電所の事故を受けて、2011年6月30日に、ドイツ連邦議会は2022年12月31日までに、当時17基あった原発を全廃すると決定したのであった。

現在、ドイツでは今もって稼働している3基の原子力発電所を運転延長するかどうかが問われている。

ドイツの原子力発電所分布図
出典:ドレスデン情報ファイル

ドイツ連邦政府の経済省は7月18日に、「ロシアからのガス供給停止の可能性が高まる中、年内に予定されている国内の原子力発電所の閉鎖延期を検討する」ことを明らかにしたのである。

これに先立つこと3月8日には、同連邦政府の経済省と環境省の二省連盟で、

検討の結果両省は、運転延長の効果は非常に限定的であるうえ、莫大な経済的コストや憲法上・安全技術上のリスクを伴うとの見解に達した。また、利益とリスクを比較検討したところ、現存する3つの原発の運転延長は現在のガス供給危機を考慮してもなお、推奨できないとの結論になった。

と発表したばかりであった。

右往左往しているというしかない。

ネッカーヴェストハイム原子力発電所
出典:Wikipedia

その背景には、ロシア・ウクライナ戦争が長期化の様相をなお一層色濃くしていることがある。そもそもロシアの主力輸出品は原油であり、その販路は厳然として継続して確立しているのである。

原油と石油精製品の総輸出額は全輸出額の50%にものぼる。ちなみに天然ガスは全輸出額の1%にも満たない。しかも、この戦争以降世界の原油価格は高騰しているので、仮に欧州から締め出されても中国はじめ輸出先には事欠かない。ロシアは原油高騰でがっぽり稼いでおり、欧州向けの天然ガスが禁輸になっても痛くもかゆくも無いのである。

ドイツを追い込む2つの要因

<EUタクソノミー>

欧州議会は7月6日の本会議において、持続可能な経済活動を分類する「EUタクソノミー」規則において、一定の条件で天然ガスおよび原子力による発電などを持続可能な経済活動に含めるとする委任規則案に対する反対決議を否決した。これにより「EUタクソノミー」規則は2023年1月1日から施行される見通しが濃厚になった。これは脱原発政策を〝倫理的〟観点から推し進めてきたドイツなどにとっては許し難いことで大きな痛手となっている。

ドイツやオーストリアなどEU内の脱原発急進派には焦りの様相が濃く、中でもグリーンの急先鋒であるオーストリアのレオノーレ・ゲベッスラー気候行動・環境・エネルギー・モビリティ・イノベーション・技術相は、委任規則案をグリーンウォッシングだと批判し、EU司法裁判所に対して取り消し訴訟を提起すると表明した。

見苦しい悪あがきという他ない。

<原発には後戻りできない>

2022年末までに停止が決められている3基の原発は、運転延長したくてもすでに手遅れの状態にある。

なぜか? 理由は2つある。

  1. 燃料がない——原発を運転する運営会社にはすでに運転延長で必要になる原子燃料の蓄えがない。新たに調達して補充するには12〜18ヶ月かかるとされており、2022年末つまりこの冬には間に合わない。
  2. 安全審査——3基の原発は2022年末での運転停止を前提として、本来2019年に必要だった運転継続の更新に必要な安全審査が免除されてきた。新しく安全審査を受けて合格するには、まずそれなりの期間が必要でありそのためには少なくとも数年の準備が必要になる。また、現在の国際的に常識的な安全の基準をクリアしなければならず、それに伴なう安全機能の強化が必要になる場合もなる。そうなれば結構なコストとさらなる期間が必要になるのである。

このようにドイツの原発は、〝進むも地獄、退くのも地獄〟の状況なのである。

ドイツを見習ってはいけない

日本の自然エネルギー派には相変わらず「ドイツを手本とすべし」という論があるが、ドイツやそれに類する欧州諸国のエネルギー政策は、決して日本のお手本にはならない。

岸田政権下にあって、電力供給逼迫および電気料金高騰という現実の元で、原子力の積極的な活用に軸を切りつつあるように見える。「この冬までに最大9基の原発稼働」を政府の目標に掲げるようなケチな政策ではこの国の電力事情は全くもって改善されないのは必定だ。

新しい規制基準での適合審査を通過して運転が許可されても動いていない7基、審査中の10基、未申請の8基に目を向けるのが政治の役目のはずである。そしてさらに新型炉の新設・リプレースに早急に舵を切るべきではないのか。

27日に開催された「GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」の第一回会合では、岸田首相はGXに欠かせない原発について「再稼働とその先の展開策」を示すよう指示している。答申を受けた首相の実行力に期待したい。

This page as PDF
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

関連記事

  • 細川護煕元総理が脱原発を第一の政策に掲げ、先に「即時原発ゼロ」を主張した小泉純一郎元総理の応援を受け、東京都知事選に立候補を表明した。誠に奇異な感じを受けたのは筆者だけではないだろう。心ある国民の多くが、何かおかしいと感じている筈である。とはいえ、この選挙では二人の元総理が絡むために、国民が原子力を考える際に、影響は大きいと言わざるを得ない。
  • G20では野心的合意に失敗 COP26直前の10月31日に「COP26議長国英国の狙いと見通し」という記事を書いた。 その後、COP26の2週目に参加し、今、日本に戻ってCOP26直前の自分の見通しと現実を比較してみると
  • 2004年、ドイツの環境相だったユルゲン・トリッティン氏は、再生可能エネルギー促進のための賦課金は「月額わずか1ユーロ、アイスクリーム一個の値段だ」と語った。 しかしそれから20年経った今、皮肉な事態が起きている。ドイツ
  • バックフィットさせた原子力発電所は安全なのか 原子力発電所の安全対策は規制基準で決められている。当然だが、確率論ではなく決定論である。福一事故後、日本は2012年に原子力安全規制の法律を全面的に改正し、バックフィット法制
  • 世界最大のLNG輸出国になった米国 米国のエネルギー情報局(EIA)によると、2023年に米国のLNG輸出は年間平均で22年比12%増の、日量119億立方フィート(11.9Bcf/d)に上り、カタール、豪州を抜いて世界一
  • 仙台市は太陽光発電の建築物への義務化を進めている。東京都、川崎市に続くものだ。制度名称は「新築建築物への太陽光発電導入・高断熱化促進制度」である。 環境審議会の答申に基づき、仙台市は来年4月の義務化導入に向け、今年6月の
  • 3.11の大原発事故によって、日本と世界は、多かれ少なかれ原発代替を迫られることとなった。それを受けて、太陽光発電などの再生可能エネルギーへのシフトで脱原発・脱化石燃料という議論が盛り上がっている。すぐには無理だが、中長期的には可能だという議論も多い。当面はやむを得ず、CO2排出量を始め環境負荷が他の化石燃料よりずっと少ない天然ガスの効率的利用を繋ぎとして使って、中長期的には実現させるという論調も多い。
  • 70年代の石油燃料にたよっていた時代から燃料多様化の時代へ 図1は日本の電源構成比率の推移を示しています。一番上がオイルショック時の1975年です。70年代以前は石油の値段が安かったため、石油火力発電の割合が多く全発電量

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑