サッチャー元首相と気候変動

(IEEI版)
鉄の女は「グリーン」にどう向き合うのか
4月8日、マーガレット・サッチャー元首相が亡くなった。それから4月17日の葬儀まで英国の新聞、テレビ、ラジオは彼女の生涯、業績についての報道であふれかえった。評者の立場によって彼女の評価は大きく異なるが、ウィンストン・チャーチルと並ぶ、英国の大宰相であったことは誰も異存のないところだろう。
そんな中、4月17日付のThe Times に「サッチャーは今の気候変動問題にどのように向き合うのか」(What would Thatcher do today about global warming?)という記事が出た。
“On global warming, she’d trust the science, but today’s green zealots would have been handbagged” (地球温暖化に関して彼女は科学を信じただろう、しかし今日のグリーンの熱狂については、これを攻撃しただろう)という一文があった。筆者はサッチャー内閣で環境大臣を務めたウィリアム・ウオードグレイブ上院議員である。
ウオードグレイブ上院議員は、サッチャー元首相が大学で化学を専攻したこともあり、科学的な思考に長けていたと回顧する。事実、サッチャー元首相はオゾン層破壊の危険性を理解し、いち早くフロン対策に向けて行動を起こした。そしてウオーグレイブ上院議員は、「彼女が首相であったときに、気候変動問題が取り上げられたら、どう対応したであろうか?」と問う。
彼はこう考える。「彼女は、まず疑いの目で見ただろう。それは彼女が科学者のように考えたであろうからだ。科学者は生来、懐疑的なものだ。彼女は擬似宗教的なわめき声(quasi-religious clamor)や、国連の宣言などには動かされなかっただろう。彼女は自分自身の頭で考えたであろう」と。
そして彼はこう予想する。「彼女は気候変動について多くの科学者の見解を受け入れたであろう。他方、彼女は低所得者層を直撃するような、経済的負担をもたらす政策には強く反対し、原子力を前に進め、シェールガスの採掘も認めただろう。今、愚かな用途にお金を使うよりも、将来、賢くお金を使う方が良いという議論に耳を傾けただろう(she would have listened to the argument that better spending later would be more use than bad spending now)。
おそらく、ガイア理論のジェームズ・ラブロックが頻繁にダウニング10番地を訪れ、パニックを起こすよりも適応策をとったほうが合理的であり、風車は(彼女の嫌った)共通農業政策に続く補助金の喧騒(subsidized racket)になると説明したであろう」。
環境で先駆的な政策をしたサッチャー政権
実は、サッチャー元首相は、世界の指導者の中で最初に気候変動の脅威を説き、これを防ぐための行動を呼びかけた人物であった。1989年には国連総会で「(気候変動の)証拠はある。損害が発生している。国際社会はこれにどう対応すべきか。誰のせいか、誰がコストを払うかを延々と議論すべきではない。後ろを振り返るのではなく、前を見なければならない。大規模な国際協力のみがこの問題に成功裏に対処する道である」と述べ、1992年までに条約を批准すべきであると主張した。当時のニューヨークタイムズの一面には、”Thatcher Urges Pact on Climate” という見出しが躍った。
しかし、後年、彼女がその立場を大きく変えたことは余り知られていない。2003年の彼女の著書「Statecraft」では気候変動防止運動を「超国家的社会主義のためのすばらしい口実(marvellous excuse for supra-national socialism)」 と評し、「不都合な真実」に代表されるアル・ゴア元米副大統領の活動を「終末論的誇張(apocalyptic hyperbole)」と批判した。彼女は京都議定書を拒絶したブッシュ米大統領を賞賛する一方、「中道左派の支配層において気候変動の新たなドグマが吹き荒れている(a new dogma about climate change has swept through the left-of-centre governing class)」として、欧州で次々に導入される「高コストで経済的ダメージの大きなCO2抑制策(costly and economically damaging schemes to limit)」 を嘆いた。
彼女は地球寒冷化の方が温暖化よりもはるかに害が大きく、科学が歪曲され、反資本主義、左翼政治アジェンダに使われることは人類の進歩と反映にとって深刻な脅威であると考えていた。
彼女のこの考え方は、上記のウオーグレイブ上院議員の見方を裏付けるものであり、サッチャー政権でエネルギー大臣、財務大臣を務めたナイジェル・ローソン上院議員の著書「An Appeal to Reason」(2008)もこの流れをくんでいる。(ローソン上院議員の著作については山口光恒東大教授の以下のリンクに詳しく紹介されている。)
一言で言えば、サッチャー首相は80年代末、他に先駆けて気候変動問題の重要性を指摘したが、2003年、温暖化防止が多くの国の政治アジェンダを席巻している最中に、他に先駆けて温暖化懐疑論者になったということだ。
報告しているように、英国のエネルギー政策は非常に難しい局面を迎えている。欧州議会が排出権取引の価格支持政策を否決する(4月16日)中で、英国は予定通り、炭素フロアプライスを導入するのだろうか。
エネルギー環境政策をめぐる保守党、自由民主党連立内閣内部の対立を見ていると、保守党右派の考え方の源流にはサッチャー元首相の上記の懐疑論があるのではないか。全盛期のサッチャー首相であったら、現下の欧州経済危機、ユーロ問題、英国のEU加盟問題とあわせ、国内外のエネルギー・環境問題にどう対応したか、非常に関心のあるところである。
(2013年5月27日掲載)

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