原子力学会と福島原発事故 — 反省と再生に向けて

2014年07月07日 08:30
諸葛 宗男
NPO法人パブリック・アウトリーチ・上席研究員 元東京大学特任教授

はじめに

東日本大震災とそれに伴って発生した東京電力福島第一原子力発電所事故から丁度3年後の2014月3月11日、日本原子力学会の福島第一原子力発電所事故に関する調査委員会(以下「学会事故調」という)が丸善出版から「その全貌と明日に向けた提言」題した報告書を刊行した。

国会事故調報告、政府事故調報告、民間事故調報告、東電事故調報告に続く“第5の事故調報告”である。事故から3年経ってから出したのはなぜか? 既に4つも報告が出ているのになぜか? これまでの報告と何が違うのか?など様々な疑問の声が挙がった。本稿は学会事故調の幹事を務め、報告の取り纏めに深く関与した筆者がこれらの疑問に応えるべく解説する。

1.学会事故調報告の意味

(1)専門的見地からの調査

過去の事故調査は専門家が排除されたという点で、異例であった。一般的には事故の調査には専門家が動員されるのが通例であるが、東電事故調を除き、原子力の専門家の関与が大幅に限定された。おそらく、調査結果次第では原子力の専門家にも原因の追求が及ぶ可能性もあると考えられたためであろう。

政府事故調報告では今後、専門家による調査を期待するとの趣旨のことが述べられており、学会事故調にはその期待に応えるという意味もあって専門的見地からの調査として実施された。

(2)専門家自らの反省と教訓の抽出に主眼

学会事故調は学術的観点から調査を行い、むしろ専門家が積極的に自らの責任と再発防止に向けた改善策を洗い出すべきと考え、原子力学会の専門家の総力を挙げて調査を実施した。末尾の提言で、事故を起こした産業界への提言より前に学会・学術界への提言を挙げていることにその姿勢が示されている。

(3)事故現場の情報が判明次第、再度調査を実施

本来であれば、事故現場を調査し、事実関係を正確に把握した上で実施すべきところであるが、事故現場の放射線量が依然として非常に高いため依然として現場調査は困難で、いつ実現するかの見通しも立っていない。あてのない現場調査を待つよりも、現時点で入手可能な情報に基づいて調査すべき、との判断で学会事故調は開始された。したがって、学会としての調査はこの報告で完全終了ではなく、事故現場の状況が判明した時点でその都度、追加の調査を行うこととしている。

2.学会事故調のポイント

(1)ソフト面の分析・評価に特色

学会事故調の最大の特色はソフト面の分析・評価である。具体的には、①原子力安全の基本的考え方、②プラント設計の基本的考え方、③アクシデント・マネージメント、④人材・ヒューマンファクター、⑤解析・シミュレーション、⑥防災計画、など原子力安全に係るソフト面について問題がなかったのか、についての分析・評価である。

今回の事故は単にハードウェアを改善すれば済む、という次元の問題ではないと認識しているが故である。設計や安全規制の背景に存在した、これらのソフトを徹底的に検証した上で根本的な原因を探り、再発防止対策を検討するという手順で調査が進められた。これらソフト面の分析・評価結果が報告書の約60%を占めていることにこり学会事故調の姿勢が表われている。これらのソフト面の分析・評価結果に基づき以下の根本原因分析が行われ、再発防止に向けた提言が抽出された。

(2)事故原因の根本原因分析

(A)事故の直接要因-地震では重大な配管破断は起きていなかった-

事故の直接要因は①不十分だった津波対策、②不十分だった過酷事故対策、③不十分だった緊急時対策,事故後対策および種々の緩和・回復策の3点であった。

特に念入りに調査したのは、地震によって安全上重要な設備が損傷しなかったかどうかという点である。地震と同時に自動的に原子炉の停止操作(「止める」)が行われ、運転中の1号機から3号機はいずれも無事に停止した。問題は、配管が破断して圧力容器や格納容器の放射能閉じ込め機能が失われなかったのか、という点である。学会事故調では改めて専門家の観点から圧力等の記録の確認と、事故後に行われた解析結果を照合して調査し、圧力容器、格納容器ともに津波が来るまでの間、圧力は正常に保たれ、閉じ込め性能を損うような配管破断は起きていなかったことが確認された。

確認データの1例として1号機の圧力容器の圧力記録を図1に示す。

図1

(B)事故の背後要因「日本原子力学会に当事者意識が欠けていた」

防潮堤のかさ上げや非常用電源の強化対策が単なるモグラ叩きにならぬよう、直接要因を生んだ根本原因、背後要因が何だったのかを詳らかにすることが重要である。

背後要因の第1は、専門家に自らの役割に関する認識が不足していたことである。言い替えれば、日本原子力学会に当事者意識が欠けていたということである。背後要因の第2は、事業者自身の安全意識と安全に関する取組みが不足していたことである。

「国から言われたことだけやっていればよい」と言う認識では不十分で、常に自ら安全性を高める安全文化を育む努力が不足していたということである。背後要因の第3は規制当局の安全に対する意識が不足していたこと。背後要因の第4は国際的な取組みや共同作業から謙虚に学ぼうとする取組みが不足していたこと。そして背後要因の第5はどのセクターにも共通して言えることであるが、安全を確保するための人材および組織運営基盤が不足していたことである。

(3)再発防止に向けた提言-ソフト面の充実が最大の課題-

根本原因分析の結果に基づき、事故の再発防止に向けて50項目の提言を行っている。学会事故調の提言の特色は、ソフト面の改善を重視した点にある。提言Ⅰでは原子力安全の基本哲学として、①基本安全原則と②深層防護の制定を提言している。深層防護の概要を図2に示す。図2に示す通り、深層防護は安全設計のフィロソフィーである。

図2

事故前はこのフィロソフィーが浸透せず、深層防護を5重の壁や「止める、冷やす、閉じ込める」のことだと思いこんでいた技術者もいたようである。ハードウェアを偏重していたことの弊害である。

直接要因の改善策では、事故時の重要なソフト対策、アクシデント・マネージメントの強化と防災計画を深層防護の第5層として位置づけ、強化することなどを提言している。

背後要因の改善策では産官学のそれぞれに対し、ソフト面の改善を提言している。まず、学会・学術界に対しては①学会が果たすべき責務を再認識した上で、②学会における自由に議論できる環境を整え、③安全研究、学際的取り組みを強化し、④安全規制の継続的改善に貢献すべきとしている。

産業界に対しては、①事故の教訓を事業者全体の問題として受け止め、②原子力特有のリスクに対する認識を持ち続け、継続的に安全性向上に努める環境を整え、③なによりも経営トップによる原子力安全を優先するコミットメントが不可欠であるとしている。安全規制機関に対しては、①なによりも国民の信頼回復に努め、②新規制基準を整備することに止まらずに、継続的改善に努め、③ハード偏重からソフト重視する姿勢に改め、④常に広範囲の専門家の知見に耳を傾けるべきとしている。

3.学会事故調報告の意義と今後の課題

(1)事故原因の議論

事故の原因についての議論に明確な答えを出したことは大きな意義がある。第一に官民挙げて取り組んでいる再発防止対策への国民の信頼感が高まること、第二に、立地自治体の不安解消に一定の効果が期待される。もちろん、廃炉作業の中でまだ解明されていない事故進展メカニズムの情報の早期解明に継続して取り組むべきことは変わりないが、事故の直接原因が明確化したことは大きな意義がある。

(2)背後要因の改善に学会が踏み込んで提言

関係セクターの組織的な改善点を踏み込んで提案したことも意義深い。事故前に事故が起きない、と言い続けて国民からの信頼を失った、専門家集団が国民の信頼を回復するにはよほどの努力を要する。学会が公正な専門家集団として自らも含めた組織的な改善を踏み込んで提言したことは、学会が事故前の殻を破る姿勢を示したという点で大きな意義がある。学会への国民の信頼回復に向けた第1歩である。

(3)産官学の健全な自律関係構築への第1歩

事故前、事業者に虜にされていた言われた産官学の関係をどう改善すべきか。学会事故調報告では「健全な自律的関係」を構築すべき、と提言している。自律的関係とは、それぞれが自らの役割と責任を自覚して為すべきことを実行することである。過剰な干渉は戒めなければならないが、過剰な独立によって相互の意思疎通が失われることも避けなければならない。学会事故調報告はその自律的関係を構築する第1歩としての意義がある。

(4)今後の課題

今後の課題は50項目の提言の実現である。学会は言いっ放しで終わってはならない。万一、提言の実現が危ぶまれた場合、学会員、そして関係者にイエローカード、レッドカードを出す位の覚悟でフォローする気構えが求められる。

(2014年7月7日掲載)

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諸葛 宗男
NPO法人パブリック・アウトリーチ・上席研究員 元東京大学特任教授

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