蟷螂の斧—河野太郎議員の電力システム改革論への疑問・その3

2014年09月16日 18:00
アバター画像
国際環境経済研究所所長 21世紀政策研究所・研究主幹

(IEEI版)
(その1)
(その2)

連系線の運用容量問題への河野氏の疑問

2014年6月11日付河野太郎議員ブログ記事「いよいよ電力の自由化へ」に下記のようなことが書いてある。

○日本国内の電力会社間の連系線の容量を見ていると不思議なことがある。
○東北電力と東京電力間の連系線は1262万kWの容量があるはずだが、東京から東北へ電力を送る運用容量は120万kWと、その10分の1に制約されている。しかし、専門家によれば、この運用容量を超える運用が行われているという。
○中国電力と九州電力の間の関門連系線の容量も556万kWなのだが、中国電力(原文では、四国電力となっていたが、間違いと思われるので、筆者の判断で修正した。)から九州電力へ送電する際の運用容量は30万kWと10分の1以下に抑えられている。しかし、九州電力の新大分火力発電所がダウンした時には中国電力から九州電力へ60万kWを超える送電が行われた。運用容量はどうしたのだろう。電力会社は「短期的な対応だから」と言い訳をしたようだが

このブログは、随分と専門的な内容に切り込んでいて、議員が熱心に勉強されていることが伺われる。ここでは、議員が「不思議なこと」と「どうしたのだろう」と疑問を呈しているポイントについて、見ていきたい。

議員ご指摘の「容量」(東北電力と東京電力間の1262万kWや中国電力と九州電力間の556万kW)は、正確に言うと「全ての設備が健全である前提の下での連系線の熱容量」のことである。つまり、設備事故が発生していない状況において、送電線が過熱しない程度に目いっぱい電気を流すとこれだけ流れる、というものだ。

設備の過熱だけを心配するなら、ここまで電気を流すことが可能なのであるが、実際の運用における容量、つまり運用容量は、これだけではなく電力系統に事故が起こった場合に、停電が発生しない、あるいは発生しても大規模なものにならない、という視点からの限界を考慮している。

電力系統の運用ルールとは何か

電力系統に起こる事故を想定する基準は、「N-1基準」とよばれる万国共通の考え方がある。電力系統内にN個の設備があるとして、「1設備がトラブルで欠けても(N-1)停電しない。2設備(N-2)以上がトラブルで欠けた場合の停電は許容する」という考え方だ。連系線の運用容量は、このN-1基準を踏まえて、次の①~④を考慮した限界値のうち、最小の値を採用する。

①熱容量 送電線が1回線故障しても、残った回線の温度上昇が許容範囲に収まる(ここで言う熱容量は、送電線が1回線故障した場合を前提に、残った回線で流すことが可能な容量であるので、議員が言う容量《全ての設備が健全である前提の下での熱容量》以下の値。)。
②系統安定度 送電線が1回線故障しても、発電機が安定運転できる。
③電圧安定性 送電線が1回線故障しても、電圧を維持できる。
④周波数維持面 連系線のルート断事故による系統の分離が発生しても、周波数を維持できる。

上記の結果、連系線の運用容量は、「全ての設備が健全である前提の下での熱容量」よりも小さい値になるのが通常である。議員ご指摘の「東京→東北の運用容量は120万kWに制約されている」「中国→九州の運用容量は30万kWに抑えられている」は、上記の基準に則ったものである。これを議員は「不思議なこと」と言っているが、実は世界共通の考え方なのだ。

(注)なお、「全ての設備が健全である前提の下での熱容量」は連系設備を増強しなければ変化しないが、運用容量は、発電設備の状況が変わり、想定する事故の前提が変われば変わりうる。東京→東北の120万kW、中国→九州の30万kWはいずれも最新の値ではない。(最新の値は、電力系統利用協議会「各地域間連系設備の運用容量算定結果−平成26年度」を参照。)

実際の運用−九州電力の緊急融通

さらに議員は、「専門家によれば、この運用容量を超える運用が行われている」とも述べている。確かに、緊急時においては、連系線の運用容量を超えて電気を流すことがある。その考え方について、議員も言及している九州電力の新大分火力発電所がダウンしたケース(2012年2月3日)に即して見てみよう。

中国→九州の連系線の運用容量(30万kW)は、周波数維持面の限界値により決定されている。これは、運用容量を超過して電気を流すと、連系線のルート断事故が発生した際に、九州地域の周波数が低下して、停電が発生するリスクがあることを意味する。

さて2012年2月3日午前4時ごろ、九州電力の新大分火力発電所(230万kW)が設備トラブルにより緊急停止した。停止したのは深夜であったが、夜が明けて需要が増加すると、九州地域が供給力不足となることは必至の状況となった。そのため九州電力は、連系線の運用容量を超えて他地域から緊急融通を受け、計画停電を回避した。

先に述べたとおり、この融通を受けている最中に連系線のルート断事故が発生すると、九州地域の周波数が低下して、広域停電が発生するリスクがあった。しかし、この時は、既に発生した設備事故のために計画停電のリスクが高まってしまっており、それを回避するために、九州電力はルート断事故のリスクを甘受する判断をしたわけである。

これについて議員は「運用容量はどうしたのだろう」と疑問を呈している。しかし、この状況でどちらのリスクを優先して回避すべきかという問いに対する答えは、筆者には自明に思える。議員ご自身が九州電力の責任者であれば、運用容量を超えた緊急融通を受けることになれば、普段から運用容量を過小設定していると外から非難を受けそうだと考えて、緊急融通を受けないことにするのだろうか。逆に仮に停電リスクを甘受したうえで、緊急融通を受けてそれをが「言い訳」と批判されたとしたら、どうお感じになるのだろうか。

建設的な議論で系統整備を検討すべき

こうした考え方は、先ごろ公表された広域的運営推進機関の業務規程に、次のように整理されている。

(緊急時の連系線の使用) 第80条 本機関は、前条のマージン使用その他の対策を行ってもなお、供給区域の需給ひっ迫による需要抑制及び負荷遮断を回避できない又は回避できないおそれがあると認めるときは、次の各号に掲げる手順により、連系線利用申込者が、供給信頼度の低下を伴いつつ運用容量を超えて連系線を使用した供給を行うことを認める。(以下略。強調は筆者による)

この「供給信頼度の低下を伴いつつ」という文言が肝である。既に不測の事態が発生し、ほぼ確実に起こりうるリスクに直面している時は、供給信頼度を平時に確保しているレベルから下げることも甘受して、そのリスクを回避すべき、という考え方だ。

もちろん、平時に確保すべき供給信頼度とは何か、という論点はあり得る。例えば、九州電力によると、中国→九州の連系線ルート事故は、過去40年で5回程度発生しているとのことである。つまり、8年に一度程度の停電のリスクを回避するために運用容量を制限しているわけであるが、このようなリスクを甘受しても、運用容量を増やした方がよいという議論はあり得る。

事実を表していない「(電力会社の)言い訳」などという揶揄的な表現を使ったりするのはやめて、こうした論点についての生産的な議論を進めた方が、電力の安定供給をより確かなものする電力システム改革につながると思うのだがどうだろうか。

これまで3回にわたって、河野太郎議員の電力システム改革論についての疑問等を述べてきた。今後は、竹内純子主席研究員が「ウェッジinfinityのウェブ」で、自らの専門との関連の話題を扱う予定である

(2014年9月16日掲載)

This page as PDF
アバター画像
国際環境経済研究所所長 21世紀政策研究所・研究主幹

関連記事

  • 【要旨】 放射線の健康影響に関して、学術的かつ定量的に分析評価を行なっている学術論文をレビューした。人体への影響評価に直結する「疫学アプローチ」で世界的にも最も権威のあるデータ源は、広島・長崎の原爆被爆者調査(LSS)である。その実施主体の放射線影響研究所(RERF:広島市)は全線量域で発がんリスクが線量に比例する「直線しきい値なし(LNT)仮説」に基づくモデルをあてはめ、その解析結果が国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告に反映されている。しかしLNT仮説は低い線量域(おおむね100mSv以下)では生物学的に根拠がない(リスクはもっと小さい)とする「生物アプローチ」に基づく研究が近年広くなされている。
  • エネルギー政策について、原発事故以来、「原発を続ける、やめる」という単純な話が、政治家、民間の議論で語られる。しかし発電の一手段である原発の是非は、膨大にあるエネルギーの論点の一つにすぎない。
  • 9月6日午前3時8分ごろに発生した北海道胆振東部地震は最大震度7を計測し、直接被害のみならず、苫東厚真発電所の緊急停止を契機とした北海道全土の停電を通した二次被害を招くことになり、我が国全土に衝撃を与えた。本稿では東日本
  • 私の専門分野はリスクコミュニケーションです(以下、「リスコミ」と略します)。英独で10年間、先端の理論と実践を学んだ後、現在に至るまで食品分野を中心に行政や企業のコンサルタントをしてきました。そのなかで、日本におけるリスク伝達やリスク認知の問題点に何度も悩まされました。本稿では、その見地から「いかにして平時にリスクを伝えるのか」を考えてみたいと思います。
  • (見解は2016年11月25日時点。筆者は元経産省官房審議官(国際エネルギー・気候変動交渉担当)) (IEEI版) 前回(「トランプ政権での米国のエネルギー・温暖化政策は?」)の投稿では、トランプ政権が米国のエネルギー・
  • (GEPR編集部より)米国の医学学術誌に掲載された調査報告の要旨の日本語訳を掲載する。米国の研究チーム、ウクライナの放射線医学国際研究所が行ったもの。チェルノブイリの除染作業員は、白血病において発病のリスク向上が観察されたという。ただし、その被曝の状況は、要旨だけでは明確に示されていない。また白血病の発症者は調査対象約11万人中137人と少ないことにも、注意が必要である。
  • 産業革命以降の産業・経済の急速な発展とともに、18世紀初めには約6億人だった世界の人口は、現在72億人まで増加している。この間の化石燃料を中心としたエネルギーの大量消費は、人類に生活の利便さ、快適さ、ゆとりをもたらしたが、同時に、大気汚染、温暖化等の地球規模での環境問題を引き起こし、今やまさに全世界で取り組むべき大きな問題となっている。
  • 1.広域での“最大”と局所的な“最大”とは違う 2012年8月(第一次報告)及び2013年8月(第二次報告)に公表された国の南海トラフ巨大地震の被害想定や、それを受けて行われた各県での被害想定においては、東日本大震災の経験を踏まえ、広域対応を含めた巨大地震に対する対策を検討するために、「発生頻度は極めて低いが、発生すれば甚大な被害をもたらす、あらゆる可能性を考慮した最大クラスの地震・津波を想定する」という考え方に基づき、「最大クラス」の被害をもたらす巨大地震の被害想定がなされている。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑