エネルギー問題に民主主義は有効か
デモクラシーの歴史は長くない。それを古代ギリシャのような特権階級の自治制度と考えれば古くからあるが、普通選挙にもとづく民主政治が世界の主流になったのは20世紀後半であり、それによって正しい意思決定ができる保証もない。特に長期的な意思決定には適していない。
この図は1956年にハバートの描いた「長い夜に燃やす1本のマッチ」で、化石燃料があと数百年で枯渇することを示している。彼の「ピークオイル」論は間違っており、化石燃料の生産はあと100年ぐらいは枯渇しないと思われるが、非在来型を含めてもあと1000年続くことはない。
これが地球温暖化との違いだ。こっちは科学的には不確実だが、あと100年で破局的な気候変動が起こる確率はゼロではないので、われわれの子孫に影響が及ぶ可能性がある。これについてはCOPなどで世界的に対策が進められているが、化石燃料の枯渇についてはそういう合意がない。時間軸が長すぎるからだ。
長期的には、化石燃料の代わりは(広い意味の)原子力しかない。再生可能エネルギーは密度が低く、安定した電源にはならない。原子力は重量あたり石炭の300万倍のポテンシャルがあるので物理的には無尽蔵で、軽水炉以外にも多くの技術的な可能性があるが、民主主義には向いていない。
特に日本では感情問題で原発が止まったままで、こういう政治的コストを加算すると原発の新設は困難だ。安倍政権が原子力について積極的に動かないのは、自民党内にも「選挙で不利になる」という意見が強いからだろう。それは「民意」を反映しているともいえる。
この問題は財政の「シルバー民主主義」と似ている。島澤諭氏の計算では、社会保障の負担はゼロ歳児以下に片寄っており、まだ生まれていない世代が900兆円以上の債務を負う。
化石燃料も政府債務も、現在世代が負担を将来世代に先送りできるという共通点がある。時間は非対称なので、将来世代がエネルギー価格の上昇や莫大な社会保障債務に気づいたときは遅い。政府債務はそれまでに財政破綻で「清算」できる可能性もあるが、燃やしてしまった化石燃料は元に戻せない。
こういう超長期の選択において、民主主義とは何だろうか。気候変動が「人類の問題だ」とか「子孫の生命にかかわる」というなら、化石燃料の節約も人類の問題だ。エネルギーの枯渇は生命にかかわるが、コストを負担する将来世代の民意は普通選挙では表明できない。
この点で民主的でない国は有利だ。ロシアや中国の原子力開発が日本を超える日は遠くない。日本が原発を止めて無駄に燃やしている化石燃料は民主主義のコストともいえるが、製造業は否応なくエネルギーコストの国際競争にさらされる。せめて原子力技術を温存することが、われわれの世代のまだ見ぬ将来世代に対する責任だろう。
![This page as PDF](https://www.gepr.org/wp-content/plugins/wp-mpdf/pdf.png)
関連記事
-
以前紹介したスティーブン・クーニン著の「Unsettled」の待望の邦訳が出た。筆者が解説を書いたので、その一部を抜粋して紹介しよう。 スティーブン・クーニンは輝かしい経歴の持ち主で、間違いなく米国を代表する科学者の1人
-
商品先物市場を運営する東京商品取引所(TOCOM)の社長に浜田隆道氏が就任した。経済産業省出身で同社専務から昇格した。「総合エネルギー市場」としての発展を目指すという。抱負を聞いた。
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
アメリカでは「グリーン・ニューディール」をきっかけに、地球温暖化が次の大統領選挙の争点に浮上してきた。この問題には民主党が積極的で共和党が消極的だが、1月17日のWSJに掲載された炭素の配当についての経済学者の声明は、党
-
原発のテロ対策などを定める特重(特定重大事故等対処施設)をめぐる混乱が続いている。九州電力の川内原発1号機は、今のままでは2020年3月17日に運転停止となる見通しだ。 原子力規制委員会の更田委員長は「特重の完成が期限内
-
前回に続き、最近日本語では滅多にお目にかからない、エネルギー問題を真正面から直視した論文「燃焼やエンジン燃焼の研究は終わりなのか?終わらせるべきなのか?」を紹介する。 (前回:「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当
-
反原発を訴えるデモが東京・永田町の首相官邸、国会周辺で毎週金曜日の夜に開かれている。参加者は一時1万人以上に達し、また日本各地でも行われて、社会に波紋を広げた。この動きめぐって市民の政治参加を評価する声がある一方で、「愚者の行進」などと冷ややかな批判も根強い。行き着く先はどこか。
-
地震・津波に関わる新安全設計基準について原子力規制委員会の検討チームで論議が進められ、その骨子が発表された。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間