中川恵一氏に聞く、低線量被ばくの誤解と真実・3-福島へのメッセージ

低線量放射線の被ばくによる発がんを心配する人は多い。しかし、専門家は「発がんリスクは一般に広がった想像よりも、発がんリスクははるかに低い」と一致して指摘する。福島原発事故の後で、放射線との向き合い方について、専門家として知見を提供する中川恵一・東大准教授に聞いた。(全3回)
(1・発がんは増えますか?)
(2・福島で甲状腺がんは増えたか?)
問い4
避難している人たちの健康ではどんな点を心配していますか?
答え4
生活習慣の悪化が影響した病気の増加を懸念しています。
――中川先生はチームを組んで福島の支援活動を続けてきました。どういう理由からだったのですか。
中川 私は、東大病院の緩和ケア部門の責任者です。この部署では放射線技師、看護師、医師、心理学カウンセラーなどさまざまな専門家ががんの治療に関わります。そのために原発事故で、いろいろな知恵を活用しやすいと思いました。「チーム中川」という名で、原発事故直後からツイッターなどで情報を発信し、全村避難となった福島県飯館村では仮設の避難所、役場にスタッフを常駐させ、健康のアドバイスをしてきました。また機会があれば、福島の行政、また住民の支援をしてきました。
今は仮設住宅、役場にスタッフを常駐させ、私も月1回は福島を訪問して、福島の行政、また住民の支援を続けています。
――そういった活動を通じて、どんな問題が見えましたか。
中川 避難をした人たちにストレスがたまり、飲酒、運動不足が起こり、その結果、糖尿病と高血圧が増加していました。飯館村では、事故前は高齢者でも農作業をする人が多かったのに、避難所生活ではそれもできません。
また地域社会の崩壊もストレスを増やしていました。希望者は、福島県などの町に住宅を借りて住むようになりました。人それぞれですが、そうした所では、友人などとの交流がなくなり、仮設避難所よりもストレスを抱く人もいました。飯館村の多くの家は広く、また地域のつながりがありました。それがなくなったことが影響していました。
――避難生活の長期化は、健康に深刻な悪影響を及ぼしそうですか。
中川 そう思います。福島では放射線被ばくではがんは増えると、私は思っていません。しかし生活習慣の悪化でなる糖尿病などは、がんを引き起こします。長期的に見れば福島でがんが増える可能性が高まっていると考えています。
日本人の死因の一番多いものはがんです。例えば2013年の日本の死亡数は年間127万5000人でした。そのうち約36万人ががんで亡くなります。今や国民の半数ががんになり、3分の1ががんで亡くなっています。
がんは、どんなに配慮しても発生するものです。しかし健康によくない生活習慣は、確実に発がんのリスクを高めます。喫煙、飲酒の習慣、肥満、野菜不足などです。さらにストレスも健康に悪影響を与えます。(図表参照)
――被ばくを避ける生活が、かえって発がんのリスクを高めるとしたら、本末転倒ですね。
中川 そうです。1日も早く以前住んでいたところに帰還し、健康な生活を送っていただけることを願っています。

問い5
いま、福島の人たちに何を伝えたいですか?
答え5
リスクをより総合的にとらえて減らしていくことが大切です。
――低線量被ばくについて、事実が正しく伝わらないことの原因は何だと思いますか。
中川 「リスクのものさし」、つまり判断基準が壊れてしまったことだと思います。医師として患者さんの生死と向き合うと、人間の最大のリスクは死であると分かります。そして人間にはさまざまなリスクがありますが、病気はその中で大変大きなものです。
低線量被ばくの健康影響はリスクの中で大きなものではありません。確かに、余計な被ばくをしないようにするべきです。しかしリスクゼロを求め、被ばくを過剰に引き下げる対策が妥当か疑問に思っています。一部のメディアや、学者などが「危険である」と強調することで、判断がゆがみかねません。これは正しく直すべきです。
残念ながら、低線量被ばくの問題は原発の是非や政治的主張とからんで語られ、問題の本質を見えづらくしています。科学的な事実は明らかです。それに基づいて、判断、行動してほしいと思います。
――リスク判断はどのような場面でゆがんでいるのでしょうか。
中川 政府は除染を1mSvまで行う予定です。ところが、そこまでしなくても健康に影響はありません。逆に厳しい基準を設定したために、実行が遅れ、避難者の帰還が難しくなっています。
――帰還が遅れることで、かえって健康に悪影響がありそうです。
中川 チェルノブイリでは、強制避難で地域社会が破壊され、当時のソ連崩壊の経済困窮の影響も重なって、住民の平均寿命が減少しました。福島原発事故では、老人ホームで入所者を避難させたために亡くなる例が多発しました。高齢者の場合には、移動によって体に過度の負担がかかる危険があります。飯館村では、菅野典雄村長が適切に特別養護老人ホームの入所者の避難はしないと判断しました。
――1mSvの除染にこだわることで、膨大な予算が使われることになります。
中川 こうしたお金は原則、東京電力が負担しますが、それは税金の支援を受けているために国民全体が引き受けることになります。こうした負担が適切なものか、検証が必要です。お金は健康の維持に影響します。所得が多いほど、国も個人も寿命が延びて健康になる傾向があります。必要のないことにお金が使われ、大切なものにお金と関心が向かないことは、非常にもったいないことです。
――福島でがんを心配している人たちに、どんなメッセージを送りますか。
中川 発がんリスクは心配しないでください。がんは生活習慣など健康がんは生活習慣など健康に配慮することでなる確率を減らせる病気です。また早期発見で、完治が可能です。そのためには検診が必要なのですが、日本はその受診率がどのがんでも低いのです。「がん大国」なのに、「がん対策後進国」です。行政もメディアも、そして一人ひとりの国民も、低線量被ばくに関心を向けるなら、それと関連するがんに対しても関心を向けるべきだと思います。
(取材・編集 石井孝明(アゴラ研究所フェロー))
(2014年10月6日掲載)
関連記事
-
7月1日、日本でもとうとう再生可能エネルギー全量固定価格買い取り制度(Feed in Tariff)がスタートした。
-
(GEPR編集部より)この論文は、日本学術会議の機関誌『学術の動向 2014年7月号』の特集「社会が受け入れられるリスクとは何か」から転載をさせていただいた。許可をいただいた中西準子氏、同誌編集部に感謝を申し上げる。1.リスク受容の課題ここで述べるリスク受容の課題は、筆者がリスク評価研究を始めた時からのもので、むしろその課題があるからこそ、リスク評価の体系を作る必要を感じ研究を始めた筆者にとって、ここ20年間くらいの中心的課題である。
-
14年10 月28日公開。モーリー・ロバートソン(作家、DJ)、池田信夫(アゴラ研究所所長)。福島の現状について、海外でどのように受け止められているかをまとめた。(大半が英語)
-
「それで寿命は何秒縮む」すばる舎1400円+税 私は、2011年の東京電力福島第1原発事故の後で、災害以降、6年近く福島県内だけでなく西は京都、東は岩手まで出向き、小学1年生から80歳前後のお年寄まで、放射線のリスクを説
-
エネルギーのバーチャルシンクタンク「GEPR」(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)を運営するアゴラ研究所は、インターネット放送「言論アリーナ」を提供している。9月3日は1時間にわたって『地球は本当に温暖化しているのか--IPCC、ポスト京都を考える』を放送した。
-
以下、読者の皆さんに役立つ発言の要旨を抜粋します。福島20km圏からの緊急避難者の震災時の外部被曝は5mSvと低線量で、福島県全体としても震災元年の線量は概して5mSv以下。また放射性ヨウ素の吸引などによる甲状腺の内部被曝は40mSv以下と低線量。
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。
-
台湾のエネルギー・原子力政策が揺れている。建設中の台湾電力第四原発をめぐって抗議活動が広がり、政府は建設の一時中止を表明。原子力をめぐる議論で反原発を標榜する一部の世論が政府を引きずり、日本と状況がよく似ている。台湾の人々の声を集めながら、民意と原子力の関係を考える。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














