間違いだらけのNHKスペシャル「メルトダウン・知られざる大量放出」
はじめに
NHKが2014年12月21日に放映したNHKスペシャル「メルトダウンFile.5知られざる大量放出」を見て驚いた人が多かったのではないだろうか。これまで知られていなかった放射能の大量放出がこの番組のNHKの取材で明らかになったという内容だ。
一般市民は事故から4年も経つのに今ごろまでこんなことも解らなかったのかと驚き、福島の被害住民はこれまで考えていた以上の健康影響があったのかも知れないと不安感を抱くような内容だ。一方で、多くの専門家は事実認識があまりにも大きくずれていることに驚いた。
NHKがどのような意図をもってこのような番組を作ったのかは知るよしもない。しかし、これを真に受けた視聴者は原子力発電所に必要以上の不安感を抱く結果になったことは間違いない。
安全だ、安全だと言い続けた事故前の安全神話は反省しなければならない。正しい情報に基づいて危険性に向き合った議論することは必要なことである。しかし多くの地元住民がいまだに放射線の健康影響に大きな不安を抱きつつ不自由な避難生活を過ごしていることを考えれば、放射性物質の放出に関する問題は慎重に取り扱うべき問題である。仮にこれまで考えられていたよりも多量の放射能が放出されていたということが事実であるとしても、それは本来、それを立証した機関、専門家が先に公表すべきものである。
研究や解析の前提や仮定、さらには成果の確からしさなどを正確に説明する必要があるからである。断片的な取材情報をつまみ食い的に並べ、おどろおどろしいタイトルを付けて報道することは科学技術報道として許されることではない。とりわけ公共放送としてあるまじきことだったと断じたい。
1.番組のどこが筆者の事実認識とずれていたか?
事実認識の観点から特にひどいと感じられたのは以下の2点である。
(1)「この4 日の間に起きた爆発によってほとんど全ての放射性物質が出たとばかり思っていたのですけれども、違ったわけなんですよね。」と、アナウンサーが語っているが、この説明は公知の事実と反する。爆発後も長期にわたって放射性物質の放出が続いていたことは識者には公知の事実だからである。建屋から蒸気と見られる白煙が上がり続けていたことや、1号機の建屋カバーを取り付けたりしたことからも明らかである。このような公知の事実を「4年近くたった今ごろになって初めて解った」としたことは事実誤認と言うより、事実を捻じ曲げて報道したとしか考えられない。
(2)「ベントによって大量の放射性物質が放出された」と決めつけた説明が行われたが、そのような仮説を立てた研究は存在しているとしても、その仮説は立証されたものではない。番組では3月15日の16:00頃に行われた3号機の5回目のベントによって全体の約10%に相当する”衝撃の大量放出”があったと決めつけた説明が行われた。しかしこのような事実は、まだどの研究機関、専門家からも公表されていない。
NHKは“スクープ”のつもりで報じたのであろうが、冒頭で述べた通り、仮にこれが事実だったとしても、実施機関による正式な公表を待って報道すべきものである。また、この報道の後においても、当該ベントで放出された放射性物質はごく少量だったとの見解を示している専門も多数存在する。中には当該ベントでは実際には弁が開かなかったではないかとの見解すら存在する。事実、当該ベントが行われてから6~7時間後まで、敷地境界の放射線モニターには目立った放射線量は計測されていない。番組ではそのことに対する納得のいく説明もなされていない。公知の事実認識と大きくずれているのである。
2.事実でないことを示す証しはあるか?
(1)5日目以降も「大量放出」が続いていたことが公知の事実だったことを示す資料
まず、NHKが“衝撃の大量放出”だとして放映したグラフを示す。この番組では、5日目以降も大量放出があったことが、NHKの取材で初めて明らかになったとした。

出典:日経サイエンス2011年7月号(p.32-33)
図1、図2、図3はそれぞれ異なるデータを表わした図であるが、いずれも事故を起こした原子炉からの放射性物質の放出履歴を示すものであることは共通している。図2は敷地境界での、図3は周辺地域での放射線モニタリング測定記録である。それぞれの測定点における放射性物質の量は、おおよそ放射線量のグラフで囲まれた面積と比例していると考えられる。これらの図を見れば、それぞれの測定点に飛来した放射性物質量は最初の4日間(3/15の午前中まで)よりもそれ以降の方が多いことは一目瞭然としている。これらの図を見比べれば、図1が今になって解った“衝撃的事実”でないことは歴然としている。
(2)3号機の5回目のベントで放射性物質が放出された事実はない
番組では「3号機の5回目のベント(3月15日の16:00頃)が配管内に溜まっていた放射性物質を押し流し、全体の10%に相当する“衝撃の大量放出”を引き起こした」としたが、その時間帯に大量の放射性物質が放出された形跡が存在しないことは以下の事実から明らかである。
①当日の東電の敷地境界の放射線測定記録には、3/15の16:00から23:00頃までの間、目立った線量は計測されていない。(図4参照)

図4は図2の拡大図と3号機の格納容器圧力の推移を示した図(学会事故調最終報告書口絵9)を時間軸を揃えて重ねたものである。番組で全体の10%に相当する大量放出があった、とする3/15の16:00から約6時間の間には敷地境界の放射線量に目立った放射線量が記録されていないことが見て取れる。
②図5にサイトでの西風の測定データを示す。もし、ベントした時に西風が吹いていたとすれば、放射性物質が海の方向に流され、敷地境界の放射線モニターに検知されなかった可能性があるからである。
3月12日から14日までは頻繁に西風が測定されていたが、15日は23:00頃まで西風が皆無だったことが示されている。したがって、もし、この時間帯に大量放出があれば、敷地境界のモニターが必ず検知したはずだということになる。逆に、その記録が無いことはその時間帯の“大量放出”そのものが事実でないことを示している。
注・この原稿は複数の原子力専門家の議論に基づく。文責は筆者にあるが、専門家の共通した意見である。
(2015年1月19日掲載)
関連記事
-
「必要なエネルギーを安く、大量に、安全に使えるようにするにはどうすればよいのか」。エネルギー問題では、このような全体像を考える問いが必要だ。それなのに論点の一つにすぎない原発の是非にばかり関心が向く。そして原子力規制委員会は原発の安全を考える際に、考慮の対象の一つにすぎない活断層のみに注目する規制を進めている。部分ごとしか見ない、最近のエネルギー政策の議論の姿は適切なのだろうか。
-
自民党政権に交代して、ようやくエネルギー政策を経済・生活の観点から検討しようという動きが出てきた。
-
北海道新聞、4月17日記事。北海道電力が泊原発(後志管内泊村)の維持費として、2012年度から4年間に3087億円を支出したことが同社の有価証券報告書で分かった。
-
12月1日付GEPRに山家公雄氏の解説記事(「再エネ、健全な成長のために」)が掲載されており、「固定価格買取制度(FIT)とグリッド&マーケット・オペレートが再エネ健全推進の車の両輪である」との理論が展開されている。しかしドイツなど先行国の実例を見ても再エネの健全な推進は決して実現していない。
-
前代未聞の原発事故から二年半を過ぎて、福島の被災者が一番注意していることは仲間はずれにならないことだ。大半が知らない土地で仮の生活をしており、親しく付き合いのできる相手はまだ少ない。そのような状況では、連絡を取り合っている元の町内の人たちとのつながりは、なにより大切なものだ。家族や親戚以外にも従来交流してきた仲間とは、携帯電話やメールなどでよく連絡を取り合っている。仕事上の仲間も大切で、暇にしていると言うと、一緒に仕事をやらないかと声を掛けてくれる。
-
一般社団法人「原子力の安全と利用を促進する会」は、日本原子力発電の敦賀発電所の敷地内断層(2号炉原子炉建屋直下を通るD-1破砕帯)に関して、促進会の中に専門家による「地震:津波分科会」を設けて検討を重ね、原子力規制委員会の判断「D?1破砕帯は、耐震指針における「耐震設計上考慮する活断層」であると考える」は見直す必要がある」との結論に至った。(報告書)
-
放射線影響研究所による広島・長崎の原爆の被害者の調査で、米学術誌『Radiation Research誌の2012年3月号に掲載された。
-
IAEA(国際原子力機関)は8月31日、東京電力福島第一原発事故を総括する事務局長最終報告書を公表した。ポイントは3点あった。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間










