東芝が開けた原子力産業の「パンドラの箱」
いま東芝をたたくのは簡単だ。『東芝解体』のように正義漢を気取って、結果論で東芝を批判するのは誰でもできる。本書のタイトルはそういうきわものに見えるが、中身は10年近い取材の蓄積をもとにしている。テーマは経営陣の派閥抗争なので、ほとんどは憶測だが、私の聞いたインサイダーの話とおおむね一致している。
特に重要な指摘は、ウェスティングハウス(WH)の破綻処理が単なる東芝の経営問題ではなく、安全保障にからんでいるということだ。原子力が軍事技術であることは明らかだが、問題はそれだけではない。中国は2030年までに140基の原子炉を建設する予定の大口顧客であり、そこにライセンス供与しているのはアメリカ企業WHであって東芝ではない。アメリカとしては、核兵器を管理する上でもWHをつぶすわけに行かないのだ。
しかも東芝は「WHのリスクを遮断」できない。WHが連邦破産法の適用を申請したあとも、8000億円の債務保証を維持しているからだ。これはWHの再建計画に織り込まれており、米エネルギー省は、破産法申請のとき「アメリカのエネルギー・国家安全保障を強化する合意に達することを期待している」という声明を出した。これは「東芝は債務保証を続けろ」という意味だろう。
東芝が連結では資産超過だという計算も、この債務保証を含めると違ってくる。半導体部門をすべて売却しても債務超過になるおそれがあり、これが確定しないので、東芝本体の破綻処理もできない。WHの「雇用を重視」するトランプ大統領が「東芝は8000億円の借金を肩代わりしろ」と介入してきたら、大変なことになる。
最終的に東芝を解体するとしても、その原子力部門を中国が買うのは最悪の展開だ。経産省は、これを機に東芝と日立と三菱重工の原子力部門を合併して国策企業「ジャパン・ニュークリア」をつくろうとねらっているという。筋の悪い話だが、それしか選択肢はないかもしれない。死者ゼロの事故で東電を破綻に追い込み、安全保障までからむ原発のリスクは、民間企業には負い切れないからだ。
さらに重要な問題は、日米原子力協定が来年7月に切れることだ。その半年前にどちらかが延長を拒否すると協定は終わるので、今年中にアメリカ政府が「延長しない」と通告してくると、日本はプルトニウムを保有する特権を失う。そうなると再処理工場はおろか、原発の運転もできなくなる。「全量再処理」では、運転で新たに発生するプルトニウムが処理できないからだ。
すでに保有している47トンのプルトニウムをプルサーマルですべて消費するには、原発が順調に再稼動しても50年以上かかる。ほとんど原発が動かない状態で、日本がプルトニウムを消費できる見通しはない。核拡散を恐れるアメリカが協定を延長するかどうかについて、本書によると「ワシントンの感触はネガティブ」だという。
高速増殖炉のなくなった核燃料サイクルは、莫大な赤字を垂れ流す。それは2003年に経産省の村田事務次官を中心とする怪文書「19兆円の請求書」に書かれた通りだ。おもしろいのは「核燃料サイクルに未来はない」と公言するこの怪文書を書いた「村田チルドレン」の中心となった当時の原子力政策課長が、今の原子力規制庁長官である安井正也氏だったことだ。役所も業界も含めて、核燃料サイクルに未来があると思っている人はいないのだ。
ではなぜ彼らは核燃料サイクルにこだわるのか。それは電力業界が「発送電分離」に反対するためだったという。核燃料サイクルと発電事業は不可分なので、新規参入業者もバックエンドの大きな固定費を負担せざるをえない。電力会社はそれを託送料に転嫁できるので、電力自由化は進まない。現実に、村田次官の時代には核燃料サイクルは継続され、発送電分離は阻止された。
しかしこういう構図は、3・11で崩れてしまった。かつては経産省を超える政治力をもった東電は役所の子会社になり、電力会社が弱体化したチャンスをねらって、役所は発送電分離に動き始めた。全国の原発が止まっているとき、緊急性の低い電力自由化をするのは奇妙にみえるが、それは政治的には正しいのだ。
このような役所と業界の闇が、東芝の危機で一挙に表面化した。いったん開いた「パンドラの箱」に蓋をしても、問題は次から次に出てくる。半導体部門の売却は悲劇の終わりではなく、もっと大きな悲劇の序幕にすぎない。

関連記事
-
IPCCの報告が昨年8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 大雨についてはこのシリーズでも何度か書いてきたが、今回は
-
温暖化問題は米国では党派問題で、国の半分を占める共和党は温暖化対策を支持しない。これは以前からそうだったが、バイデン新政権が誕生したいま、ますます民主党との隔絶が際立っている。 Ekaterina_Simonova/iS
-
チェルノブイリ原発事故によって放射性物質が北半球に拡散し、北欧のスウェーデンにもそれらが降下して放射能汚染が発生した。同国の土壌の事故直後の汚染状況の推計では、一番汚染された地域で1平方メートル当たり40?70ベクレル程度の汚染だった。福島第一原発事故では、福島県の中通り、浜通り地区では、同程度の汚染の場所が多かった。
-
細川護煕元総理が脱原発を第一の政策に掲げ、先に「即時原発ゼロ」を主張した小泉純一郎元総理の応援を受け、東京都知事選に立候補を表明した。誠に奇異な感じを受けたのは筆者だけではないだろう。心ある国民の多くが、何かおかしいと感じている筈である。とはいえ、この選挙では二人の元総理が絡むために、国民が原子力を考える際に、影響は大きいと言わざるを得ない。
-
ロシアの国営ガス会社、ガスプロムがポーランドとブルガリアへの天然ガスの供給をルーブルで払う条件をのまない限り、停止すると通知してきた。 これはウクライナ戦争でウクライナを支援する両国に対してロシアが脅迫(Blackmai
-
スマートジャパン 3月3日記事。原子力発電によって生まれる高レベルの放射性廃棄物は数万年かけてリスクを低減させなくてならない。現在のところ地下300メートルよりも深い地層の中に閉じ込める方法が有力で、日本でも候補地の選定に向けた作業が進んでいる。要件と基準は固まってきたが、最終決定は20年以上も先になる。
-
6月1日、ドイツでは、たったの9ユーロ(1ユーロ130円換算で1200円弱)で、1ヶ月間、全国どこでも鉄道乗り放題という前代未聞のキャンペーンが始まった! 特急や急行以外の鉄道と、バス、市電、何でもOK。キャンペーンの期
-
以前、世界全体で死亡数が劇的に減少した、という話を書いた。今回は、1つ具体的な例を見てみよう。 2022年で世界でよく報道された災害の一つに、バングラデシュでの洪水があった。 Sky Newは「専門家によると、気候変動が
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間