CO2削減目標マイナス26%をどう「位置づける」べきか

2015年06月01日 14:00
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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

(IEEI版)

政府は2030年に2005年比で26%の温室効果ガス削減という数値目標を提示した。だがこれは、コストをあまり考慮せずに積み上げた数字であって、最大限努力した場合の「削減ポテンシャル」と見るべきである。

もしもこの数値を見直すことなく約束草案に記入するならば、これは「努力目標」である旨を、内外に対して明確にすべきである。これが「確実に達成する目標」と位置づけられるならば、それは多大な国民負担に帰結する懸念がある。

1・数値目標達成のコスト

4月30日に開催された専門家会合(注1)において、政府は国連事務局に提出する約束草案(案)として、「2030年に2005年比で26%の温室効果ガス削減」という数値目標を提示した。 この数字は積み上げ計算に基づいたものではあるが、実現に当たっては、多大なコストがかかる懸念がある。これには同会合で多くの委員から指摘があった:

●再エネのコストについて:「過大な国民負担を行う現状のFITを前提とすることには異論がある」(丹村委員)、「FITの買い取り費用が3.7~4.0兆円となれば、電気料金が震災前から3割増加している現状とほぼ変わらない」(竹内委員)

●省エネのコストについて:「電力の需要に関して、対策ケース以外のGDP弾性値はだいたい0.7くらいだと思う。これであればまだ許容範囲内という感じがする。だが対策ケースでは、対策前に比べて17%削減することになっているので、相当厳しい対策をしなければならない。もし価格効果でやろうとすると電力料金を170%くらい上げないといけない」(秋元委員)

●特に問題となるのは「長期エネルギー需給見通し策定の基本方針」の一つとして「電力コストは現状よりも引き下げること(注2)」が明記されているにも関わらず、専門家会合資料では「徹底した省エネ」の結果、電力需要は0.1%年しか伸びないと想定している点である(注3)。

これは会合でも指摘された:「今回検討された数値は1.7%の経済成長だが、本日提示された数値と電力料金が、現状水準と仲違いすることなくそれと整合するのかについて、丁寧な議論をお願いしたい」(丹村委員)」、「電力の省エネについて、数値として大きい。一方で、電気料金を下げて、かつ省エネするというのはかなり難しい」(山地委員長)。

モデル計算によれば、かかる大幅な省エネは、電力価格が倍増するような、大幅な価格上昇を想定しないと実現しないことが知られている。これは民主党政権下のエネルギー環境会議でも、すでに明らかにされてきた。(詳しくは記事「大幅な省エネ見通しの国民負担を精査せよ:既存のモデル試算は電力価格倍増を示唆している」)。

今般のマイナス26%という温室効果ガス削減の数値目標についても、徐々に研究結果が公開されつつある。例えば、5月8日に発表された国立環境研究所増井氏の試算では、CO2価格は26300円/tCO2と試算されている(注4)。これは例えば電力価格の上昇に翻訳すると10円/kWh程度の上昇になる(注5)。

またRITE秋元氏は、近年に電力価格が高騰した欧州諸国においてすら、価格による電力需要減少は少なかった(価格弾性値が小さかった)ことを示して、日本政府が「電力コストを現状よりも引き下げながら需要を大幅に抑制することは「少なくともこれまでに世界にほとんど事例がないチャレンジである」として、それが困難であることを述べている(注6)。

(注1)産業構造審議会 産業技術環境分科会 地球環境小委員会 約束草案検討ワーキンググループ中央環境審議会地球環境部会2020年以降の地球温暖化対策検討小委員会合同会合(第7回)
(注2)資料3 長期エネルギー需給見通し 骨子(PDF形式:297KB)
(注3)2013年の9666億kWhから2030年に9808億kWhと想定されている(専門家会合 資料3 p3)
(注4)増井利彦、AIM(アジア太平洋統合燃える)による日本の約束草案の評価、環境経済・政策学会 20周年記念シンポジウム、2015年5月8日、p10
(注5)概算のため0.4Kg-CO2/kWh程度の原単位を想定した
(注6)秋元圭吾、エネルギーミックスと温暖化目標の分析・評価−RITEによる分析−、環境経済・政策学会 20周年記念シンポジウム、2015年5月8日、p23
この観点から重要になるのは、数値目標の「位置づけ」である。

2.約束草案の文言をどうするか

このようなコストを精査しないまま、軽々に数値目標を提示してしまったことは問題があり、本来であれば、この数字は大幅に見直すことが望ましい。だが残念ながら、政府が一度提示した数字がすぐに大幅に変わることは稀であるように思うので、今は、この数字があまり変わらないという想定のもとで次善策を考えてみる。

専門家会合では、「資料4 日本の約束草案要綱(案)」も提示された。その冒頭には、以下の記述がある:

「2020年以降の温室効果ガス削減に向けた我が国の約束草案は、エネルギーミックスと整合的なものとなるよう、技術的制約、コスト面の課題などを十分に考慮した裏付けのある対策・施策や技術の積み上げによる実現可能な削減目標として、国内の排出削減・吸収量の確保により、2030年度に2013年度比マイナス26.0%の水準にすることとする。」

この記述の問題点は2つある。まず「コスト面」を、特に省エネについては全く考慮していないにも関わらず「十分に考慮した」としたことである。さらに、コストを考慮していないに拘わらず「実現可能な削減目標」としているのも問題点である。

これを訂正するならば例えば以下のようになるだろう:

「2020年以降の温室効果ガス削減に向けた我が国の約束草案は、エネルギーミックスと整合的なものとなるよう、技術的制約を考慮した裏付けのある対策・施策や技術の積み上げによる最大限のポテンシャルとして、国内の排出削減・吸収量の確保により、2030年度に2013年度比マイナス26.0%を野心的な目標として掲げ、それに向けて最善の努力をすることとする。」

では、このような言い回しは、国際交渉において受容されるだろうか。今のところ国際交渉においては、数値目標を掲げるところまでは合意されているが、その性格付けについては決まっていない。ただし、趨勢としては、それは法的拘束力のないものであり、数値の性格付けは各国に任される方向である。

既に提出された約束草案を見てみると、EUは交渉ポジションとして全ての国に法的拘束力ある目標設定を求めているので、「The EU and its Member States are committed to a binding target of an at least 40% domestic reduction in greenhouse gas emissions by 2030」というように、commit, binding targetといった法的拘束力を感じさせる言い回しになっている。ただし、米国は、intends to achieve target, ないしはmake best effortsといった言い回しをしており、法的拘束力を感じさせない言い回しになっている。(the United States intends to achieve an economy-wide target of reducing its greenhouse gas emissions by 26-28 per cent below its 2005 level in 2025 and to make best efforts to reduce its emissions by 28%)(なお各国の約束草案についてはウェブで公開されている)

COP21の結果としては、数値目標は法定拘束力が無くなる可能性が高く、数値目標の位置づけは個々の国の裁量に委ねられることになると予想される。

注意しなければならないのは、日本だけが、あたかも数値目標が拘束的なものであるかのように、勝手に自らを縛ってしまうことである。マイナス26%という数値目標は、コストを度外視して設定したものであり、最大限見積もった削減ポテンシャルに過ぎない。国際的には非拘束であるにも関わらず、これに自ら囚われるようなことになれば、莫大な国民負担が懸念される。

プレッジ・アンド・レビュー(誓約と審査)制度の本意として、プレッジした内容は、その実現に向けて政策を実施することは当然である。だがそれは、PDCAを回す中で、他の諸事情も勘案しながら、他の政策的課題との調和を図りつつ、民主的な手続きに乗っ取って実現していくべきものである。その中では、目標達成のコストも精査しなければならないし、その結果によっては、今後の目標変更も当然にありうる。

初めに言ったマイナス26%という数値目標が神聖視されて、あらゆることを犠牲にしてそれを確実に達成するという性格のものではない。

(2015年6月1日掲載)

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キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

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