ビキニ環礁の核実験は「人体実験」だったのか
テレビ朝日が8月6日に「ビキニ事件63年目の真実~フクシマの未来予想図~」という番組を放送すると予告している。そのキャプションでは、こう書いている。
ネバダ核実験公文書館で衝撃的な機密文書を多数発掘。ロンゲラップ島民たちを避難させなかったのは人体実験のためであり、その後も内部被ばくの影響を継続的に調査するため、わざと汚染された島に帰島させていたというのだ。
米軍がロンゲラップ島を初めとするマーシャル諸島のデータを1948年から1970年まで詳細に取って調査したことは事実である。その調査結果は、2万5000人に及ぶ膨大な調査報告書としてネット上で公開されている。
アメリカが核実験(nuclear experiment)をやったことは事実だが、人体実験(human experiment)というのは意味が違う。これはナチスが強制収容所でやったように兵器の効果を人間で試す実験であり、戦争犯罪である。もし米軍がマーシャル諸島で本当に人体実験をやって「わざと汚染された島に帰島させていた」としたら大スクープだが、これは歴史的事実と合わない。
高田純『核爆発災害』によれば、核実験は1954年3月1日に行われたが、その前に米軍はロンゲラップ環礁から住民を退避させた。実験後にロンゲラップ本島にいた住民にも急性障害が出たので、3月3日から米軍の駆逐艦が「救出作戦」を開始した。人体実験なら救出は必要なく、ただちに人体への影響データを取るはずだ(激しい急性障害は2日程度で消える)が、そういう調査はまったくしていない。
医師団が到着したのは3月8日だが、このときも皮膚の検査をしただけだった。住民には脱毛や火傷や下痢などの急性障害が出ていたが、医師団はろくに治療もせず、海で体を洗うよう言っただけだという。ずいぶん間抜けな「人体実験」である。
核実験のあと住民を退避させたのは、最初の水爆実験だったので予想以上に爆発の規模が大きく、急性障害の及ぶ範囲が広かったためと思われる。もし米軍が意図的に彼らを退避させないで人体実験をした証拠が見つかったら、アメリカ政府はマーシャル諸島の住民から損害賠償訴訟を起こされるだろう。
逆にテレ朝(の使った翻訳者)がexperimentの意味を取り違えただけだとすれば重大な誤報であり、アメリカ政府は日本政府に抗議するだろう。テレ朝は、担当プロデューサーのクビが飛ぶぐらいではすまない。おまけに「フクシマの未来予想図」などという無関係な話を副題につけているのは論外である。
ビキニ環礁については、読売新聞の大誤報で間違ったイメージが世界に流布されているが、第五福竜丸の無線長の死因は肝炎であり、放射線障害で起こる症状ではない。テレ朝はこの機会にビキニ環礁の核実験を科学的に検証し、正しい事実を世界に伝える義務がある。

関連記事
-
アゴラ研究所の運営するネット放送「言論アリーナ」。今回のテーマは「緊急生放送! どうする原発処理水」です。 原田前環境相が「海に流すしかない」と発言し、それを小泉進次郎環境相が陳謝し、韓国がIAEAで騒いで話題の福島第一
-
米国農業探訪取材・第3回・全4回 第1回「社会に貢献する米国科学界-遺伝子組み換え作物を例に」 第2回「農業技術で世界を変えるモンサント-本当の姿は?」 技術導入が農業を成長させた 米国は世界のトウモロコシ、大豆の生産で
-
影の実力者、仙谷由人氏が要職をつとめた民主党政権。震災後の菅政権迷走の舞台裏を赤裸々に仙谷氏自身が暴露した。福島第一原発事故後の東電処理をめぐる様々な思惑の交錯、脱原発の政治運動化に挑んだ菅元首相らとの党内攻防、大飯原発再稼働の真相など、前政権下での国民不在のエネルギー政策決定のパワーゲームが白日の下にさらされる。
-
前回に続いて、環境影響(impact)を取り扱っている第2部会報告を読む。 今回は人間の健康への気候変動の影響。 ナマの観測の統計として図示されていたのはこの図Box 7.2.1だけで、(気候に関連する)全要因、デング熱
-
自民党萩生田光一政調会長の発言が猛批判を受けています。 トリガー条項、税調で議論しないことを確認 自公国3党協議(2023年11月30日付毎日新聞) 「今こういう制度をやっているのは日本ぐらいだ。脱炭素などを考えれば、あ
-
9月11日記事。毎日新聞のルポで、福島復興に取り組む東電社員を伝えるシリーズ。報道では東電について批判ばかりが目立つものの、中立の立場で読み応えのある良い記事だ。
-
産経新聞によると、5月18日に開かれた福島第一原発の廃炉検討小委員会で、トリチウム水の処理について「国の方針に従う」という東電に対して、委員が「主体性がない」と批判したという。「放出しないという[国の]決定がなされた場合
-
政府とメディアが進める「一方通行の正義」 環境省は「地球温暖化は起きていない」といった気候変動に関する「フェイク情報」が広がるのを防ぐため、20日、ホームページに気候変動の科学的根拠を紹介する特設ページを設けたそうだ。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間