河野外相で日米原子力協定は変わるか

就任記者会見に望む河野外相(外務省サイト:編集部)
今度の改造で最大のサプライズは河野太郎外相だろう。世の中では「河野談話」が騒がれているが、あれは外交的には終わった話。きのうの記者会見では、河野氏は「日韓合意に尽きる」と明言している。それより問題は、日米原子力協定だ。彼はこう答えている。
原子力協定につきましては,来年の7月16日に30年の期間が終了するわけでございますが,これはそのまま失効するわけではなく,日米どちらかが終了を通告しないかぎりは続くわけでございます。原子力協定が今の我が国の原子力利用の一つの基盤であることを考えますと,政府内,あるいは日米の緊密な連携をしながら協定のあり方を含め考えていかなければならないと思っております。
従来の日本政府の方針は「無条件に延長」だが、「協定のあり方を含め考える」というのは、ここから少し踏み出した印象を受ける。産経によると「いろんな事を考えていかなければならない。使用目的のないプルトニウムは持たないというのが世界共通のことだ」とも言ったらしい。
日本から協定を破棄することはありえないが、「使用目的のないプルトニウムは持たない」という前提から考えると、高速増殖炉(FBR)が頓挫した日本で余剰プルトニウム47トンの使用目的を説明することは至難の業である。当面はプルサーマルしかないが、今はまったく稼働していない。これから3基稼働するとしても年間に消費できるのは1トン程度で、使用ずみ核燃料の増加に追いつかない。
さらに問題なのは、再処理のコストが直接処分より大きいことだ。これを電力会社(最終的には電力利用者)の負担に換算すると、次の表のように(FBRが予定どおり動くとして)全量再処理が約1.6円/kWhに対して全量直接処分が約1円/kWh。今後60年間に25兆kWh発電すると想定すると、全量再処理のコスト40兆円に対して全量直接処分が25兆円。その差は15兆円にのぼる。

使用ずみ核燃料のkWh単価(原子力委員会の試算 割引率2%)
プルトニウムが未来のFBRの燃料となるのなら、この15兆円は「投資」とみることもできるが、その道は絶たれた。それに代わる技術としては高速炉(IFRなど)があるが、まだ実験段階で、実用化するとしても2050年以降だろう。そこまで大量のプルトニウムを生産し続けた末に(FBRのように)頓挫したら、にっちもさっちも行かなくなる。ASTRIDのように使用ずみ核燃料の体積を減らすだけの技術は意味がない。最終処分地は十分あるからだ。
考えられるもっとも簡単な解決策は、全量再処理の原則をやめることだ。使用目的のないプルトニウムはもたないのだから、いま保有しているプルトニウムのうち、海外にある37トンは回収せず、国内にある10トンはアメリカに引き取ってもらう(これは厄介な外交交渉になる)。
六ヶ所村の再処理工場は動かしても採算がとれないので、凍結するしかない。関係者によると、今のままでも稼働は2年以上先で、無期延期になるおそれが強い。それを存続させているのは「資産」として保有している使用ずみ核燃料が「ゴミ」になると、電力会社の経営危機に発展するからだ。
いま日本にある使用ずみ核燃料1万7000トンの資産価値は約15兆円(2012年原油換算)だから、これがすべてゴミになると(使用ずみ核燃料を保有する)電力会社は大幅な損失をこうむり、弱小の会社は債務超過になる。しかしこれは単なる会計処理の問題で、キャッシュフローは今も大幅な赤字だから、会計処理を変更する法令の改正で対応できる。
電力会社の経営に対する影響は、使用ずみ核燃料を毎年少しずつ分割償却できるように法改正し、損金算入すれば軽減できる。これによって電力会社の(将来にわたる)税負担は大幅に軽減されるが、納税額の減少分が最終的な国民負担になる。
日米交渉の山場は、今年末である。今のところアメリカ側から協定を打ち切る意向はないようだが、こうした不確定要因を考えると、全量再処理の原則を維持することはきわめて困難であり、協定の見直しは避けられないと思われる。この時期に原子力行政にくわしい河野外相が誕生したことは、事態打開のきっかけになるかもしれない。
追記:関係者の指摘を受けたので訂正した。六ヶ所村にある使用ずみ核燃料は電力会社の資産なので、日本原燃は債務超過にならないが、電力会社の資産が大幅に減価する。

関連記事
-
古野真 350.org Japan代表 石炭発電プラント(カナダ、Wikipediaより) (GEPR編集部より) 投稿原稿を掲載します。GEPRは、石炭火力の使用増加は環境配慮をすればやむを得ないという立場の意見を紹介
-
アリソン教授は、GEPRに「放射線の事実に向き合う?本当にそれほど危険なのか」というコラムを寄稿した。同氏は冷戦構造の中で、原子力エネルギーへの過度な恐怖心が世界に広がったことを指摘した上で、理性的に事実に向き合う必要を強調した。(日本語要旨は近日公開)
-
3・11の福島原子力事故は、日本のみならず世界の原子力市場に多大なる影響を及ぼした。日本では、原子力安全のみならず原子力行政そのものへの信頼が失墜した。原子力に従事してきた専門家として、また政府の一員として、深く反省するとともに、被災者・避難を余儀なくされている方たちに深くお詫び申し上げたい。
-
風評被害: 根拠のない噂のために受ける被害。特に、事件や事故が発生した際に、不適切な報道がなされたために、本来は無関係であるはずの人々や団体までもが損害を受けること。例えば、ある会社の食品が原因で食中毒が発生した場合に、その食品そのものが危険であるかのような報道のために、他社の売れ行きにも影響が及ぶなど。
-
経済産業省は1月15日、東京電力の新しい総合特別事業計画(再建計画)を認定した。その概要は下の資料〔=新・総合特別事業計画 における取り組み〕の通りである。
-
以前書いたように、再生可能エネルギー賦課金の実績を見ると、1%のCO2削減に1兆円かかっていた。 菅政権が26%から46%に数値目標を20%深堀りしたので、これは年間20兆円の追加負担を意味する。 20兆円の追加負担は現
-
2月の百貨店の売上高が11ヶ月振りにプラスになり、前年同期比1.1%増の4457億円になった。春節で来日した中国人を中心に外国人観光客の購入額が初めて150億円を超えたと報道されている。「爆買い」と呼ばれる中国人観光客の購入がなければ、売上高はプラスになっていなかったかもしれない。
-
なんとなく知っていたり噂はあったけど、ファンもメディアもスポンサー企業も皆が見ないふりをしていたことでここまで被害が拡大してしまったという構図が、昨今の脱炭素や太陽光発電などを取り巻く状況とよく似ています。 産業界でも担
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間