ロシアのザポリージャ原発攻撃を考察する

2022年03月05日 07:00
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

ロシアのウクライナ侵攻で、ザポリージャ原子力発電所がロシア軍の砲撃を受けた。サボリージャには原子炉が6基あり、ウクライナの総電力の約20%を担っている。

ザポリージャ原発で4日に撮影された映像。白いせん光が走り、画面の右手からは煙が上がっている様子が確認できる
出典:NHKより

ウクライナの外相が「爆発すればチェルノブイリ事故の10倍の被害になる」旨の発言をした。

本稿ではこの発言について論考する。

チェルノブイリとの違い

ザポリージャの原子力発電所はVVER と言われる加圧水型軽水炉である。一方、チェルノブイリの原子力発電所はRBMKと呼ばれる黒鉛減速沸騰水圧力管型炉である。

両者の最大の違いは、格納容器があるかないかである。日本をはじめ西側諸国にある加圧水型軽水炉と同様にVVERには格納容器があるが、RBMKにはない。格納容器はシビアアクシデント時の安全確保、とりわけ放射性物質を環境に漏らさないための最後の砦とされている。

VVERでは燃料棒総体がそれ自体が頑強な圧力容器に収められている。圧力容器の厚みは15〜30cm程度。さらにその圧力容器が頑強で気密性の高い格納容器に納まっている。RMBKでは燃料棒は圧力管の中に小分けにして収められている。チェルノブイリの原子炉の場合、圧力管の総数は約1700本。圧力管の外径は9cm程度で、厚みは4mmしかない。1本の圧力管には18本の燃料棒が入っている。

これら構造上の違いなどから、VVERはRBMKに比べてはるかに頑強にできているので、チェルノブイリの場合と同様な量の放射性物質が環境に漏れ出ることは考えにくい。

ザポロージア原子力発電所
出典:wikipedia

ロシア型加圧水型軽水炉:VVER(バングラデッシュで建設中)
出典:world nuclear news

攻撃を受けた場合に考えられること

今回は、発電ユニットが砲撃を受けて火災になった模様。

発電ユニットとは、蒸気タービンとそれに直結した発電機にことをいう。これらはタービン建屋という格納容器の外側の建物内にある。火災の延焼の可能性はゼロではないが、タービン建屋周りの火災が原子炉方向に広がっていかないような遮断や消火の手段がある。

現在、ザポリージャ原発は改修中で稼働していないという。では事故の可能性はないかといえばそうではない。運転を停止していても熱がじわじわと出続けている(崩壊熱という)。これはいわば福島第一原子力発電所が地震で運転停止した後の状態に等しい。崩壊熱を除去し続けないと事故状態を招く可能性はある。

では、原子炉の建物などが直接砲弾を受けた場合はどうだろうか?

上述すたように格納容器とそれを囲む建物は、非常に頑強にできているので、多少の砲弾の直接攻撃を受けた程度では崩壊しないだろう。しかし、それはあくまで爆発威力の問題なので、十分な破壊力を備えたミサイル攻撃を受ければ破壊する。かつてイスラエルが1981年にイラクの建設中の原子炉を空爆で破壊した事件がある。なお、この事件では原子炉に燃料は入っていなかったので、放射性物質が環境に飛散することはなかった。

「チェルノブイリの10倍」とは

ウクライナ外相の〝チェルノブイリ事故の10倍〟という数字は、何を意味するのか。

事故の被害の大きさのは環境に漏れ出た放射性物質の量が指標になる。ザポリージャのVVERもチェルノブイリのRBMKも1基あたりの電気出力の規模は100万kWである。このことは1基あたりの核燃料の総量はVVERもRBMKもほぼ等しいことを意味する。したがって、事故のもとになる燃料の総量は、仮にザポリージャの6基全てがシビアアクシデントになったとしても、高々6:1である。

ただし、炉心の燃料中に含まれる放射性物質(セシウムやヨウ素など)は、核分裂が進むにつれて蓄積されていくので一概には比較できない。

事故時に炉心にあった放射性物質の総量のうち何%が実際に環境に放出されるのか?

ここに一つの目安がある。

チェルノブイリ事故と福島第一原子力発電所事故の比較である。セシウム137を例にとると、チェルノブイリは約30%、福島第一では1〜3%であった。ヨウ素131も同様の傾向を示している。つまり、大雑把に言って福島第一はチェルノブイリの約10分の1である。ザポリージャのVVERがシビアアクシデントを起こしたとしても、せいぜい同程度なのではないか。

原発だけが戦争に弱いのか

戦争時に相手国のインフラを制圧するのは最も重要なミッションの一つである。発電システムなら、火力や水力発電などもある。その他の生活インフラなら水道もある。さらに交通インフラや情報インフラ。

今ザポリージャ原子力発電所の制圧状況がどのようかは不詳だが、仮に戦争が進んで占領するとなったとしてもインフラは重要であり、破壊するのはまったくもって得策ではない。

ましてや、砲撃によってシビアアクシデントを起こそうものなら、放射性物質による汚染地域が広がるので占領政策にとって全くもって利とするところがない。

This page as PDF
アバター画像
東京工業大学原子炉工学研究所助教 工学博士

関連記事

  • 「エネルギー資源小国の日本では、国策で開発したナトリウム冷却高速炉の技術を次代に継承して実用化させなければならない。それには高速増殖原型炉『もんじゅ』を運転して、技術力を維持しなければならない。軽水炉の運転で生ずるプルトニウムと劣化ウランを減らすためにも、ナトリウム冷却高速炉の実用化が必要だ」
  • ウクライナ戦争以前から始まっていた世界的な脱炭素の流れで原油高になっているのに、CO2排出量の2030年46%削減を掲げている政府が補助金を出して価格抑制に走るというのは理解に苦しみます。 ガソリン価格、172円維持 岸
  • 原発事故に直面して2年が経過した福島の復興をめぐって、何ができるのか。それを考える前提として、まず現状を知る事ではないでしょうか。
  • 3人のキャスターの飾らない人柄と親しみやすいテーマを取り上げることで人気の、NHK「あさイチ」が原子力発電を特集した。出演者としてお招きいただいたにもかかわらず、私の力不足で議論を深めることにあまり貢献することができなか
  • nature.com
    nature.com 4月3日公開。英語題「Impacts of nuclear plant shutdown on coal-fired power generation and infant health in the Tennessee Valley in the 1980s」石炭火力発電へとシフトした結果、粒子汚染が増加し、影響を受けた場所のほとんどで乳児の健康が損なわれた可能性があることから、公衆衛生に対する悪影響が示唆されている。
  • 「気候危機説」を煽り立てるために、現実的に起きそうな範囲を大きく上回るCO2排出シナリオが用いられ続けてきた。IPCCが用いるSSP5-8.5排出シナリオだ。 気候危機論者は、「いまのままだとこのシナリオに沿って排出が激
  • 上野から広野まで約2時間半の旅だ。常磐線の終着広野駅は、さりげなく慎ましやかなたたずまいだった。福島第一原子力発電所に近づくにつれて、広野火力の大型煙突から勢い良く上がる煙が目に入った。広野火力発電所(最大出力440万kw)は、いまその総発電量の全量を首都圏に振向けている。
  • 原子力発電の再稼働が遅れている。原子力規制委員会による新規制基準への適合性審査が進まないためだ。 再稼働の第一号は九州電力川内原発になる見込みだ。これは今後の再稼働のモデルケースになるであろう。そこで規制当局とその関係者の間で、どのような手続きが行われたのかを、公開資料で検証してみた。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑