空気の読めないジョン・ケリー気候変動特使の「排出」
ウクライナ戦争は世界のエネルギー情勢に甚大な影響を与えている。中でもロシア産の天然ガスに大きく依存していた欧州の悩みは深い。欧州委員会が3月に発表したRePowerEUにおいては2030年までにロシア産化石燃料への依存からの脱却を打ち出したが、その大きな柱の一つが天然ガス調達の多角化であり、大きな期待を集めているのが米国産のLNGである。そのためには米国産天然ガスの増産が不可欠となる。
昨年秋以降のエネルギー危機に加え、ウクライナ戦争の勃発により世界の石油、天然ガス価格は大きく高騰し、温暖化防止を一丁目一番地に掲げていたバイデン大統領は11月の中間選挙を控え、エネルギー価格の鎮静化に躍起になっている。
国内では数度にわたり莫大な量の戦略国家備蓄放出を打ち出し、石油、ガス企業に対しては国産石油、天然ガスの増産を要請し、国外では湾岸産油国には増産を懇願し、制裁対象としてきたベネズエラからの石油調達や、イラン産原油の国際石油市場復帰を狙ってイラン核合意の妥結を急ぐ等、「なりふり構わぬ」という言葉がふさわしい。

ジョン・ケリー氏
出典:Wikipedia
しかしバイデン大統領やグランホルムエネルギー長官が国内石油・ガスの増産に躍起になっている一方で、真逆の発言をしているのがジョン・ケリー気候変動特使である。4月23日のウオール・ストリート・ジャーナルに「ジョン・ケリーの驚くべき発言(John Kerry Says the Darndest Thing)」という論評が出た。その概要は以下のとおりである。
- ジョン・ケリー気候特使は数か月前に天然ガスを「過渡期の燃料(bridge fuel)」と読んだが、彼のいうブリッジはどこにも通じていないようだ。先日、ケリー特使は、再生可能エネルギーが天然ガスを代替できるか否かにかかわらず、ガス会社は10年以内に死ぬと宣告したのだ。
- ケリー特使はブルームバーグテレビで「我々はガス産業に対し、6年か8年か、10年足らずしか時間が残されていないことを知らしめる必要がある。その間に温室効果ガスを回収(capture)できなければ我々は別なエネルギー源を使わねばならぬ」と述べた。誰かケリー特使の排出(emissions)を回収(capture)し、埋める(bury)する方法を思いつかないだろうか?
- 彼は更に「30-40年続くガスインフラを作ることを容易にしてはならない。そうなればそのインフラから抜け出せなくなり、『雇用や投資家のためにこのインフラを閉鎖できない』という戦いになる」と述べた。
- ケリー特使の率直さは認めよう。バイデン大統領は自分の政権が逆の目的で動いているにもかかわらず、欧州をロシア依存から解放するため米国ガス生産を支援する振りをしている。
- ケリー特使はCO2回収技術が大規模投入に程遠いこと、ガスの利用期間が10年足らずならば誰も新規パイプラインに投資しないことをよくご承知だ。彼はバッテリーもクリーン水素も技術ブレークスルーが必要であり、化石燃料が10年間で代替できることなどできないことを知るべきだ。
- ケリー特使が述べたように新規のパイプライン建設は米国の雇用や投資を増やす。だからこそ雇用や投資を破壊する左翼の気候変動アジェンダに政治的反発が起きるのである。彼はむしろ米国の投資や雇用を地中にとどめた方がよいと思っているのだろう(He would rather keep U.S. investment and jobs in the ground)
彼の発言を「排出」、黙らせることを「埋める」と表現し、炭素回収貯留隔離(CCS)になぞらえたり、「雇用や投資を地中にとどめる」で「化石燃料を採掘せず、地中に留めるべきだ」という環境派の議論を逆手にとる等、このウオール・ストリート・ジャーナルの論評は秀逸である。
ケリー特使はウクライナ戦争の直前にも「ロシアがウクライナに戦争を仕掛ければ温室効果ガス排出を増大させる。プーチン大統領もロシア北部が温暖化の危機にさらされていることを認識し、温暖化防止努力にとどまってほしい」とコメントした。
ウクライナ戦争という国際秩序の根幹をゆるがす事態も温暖化防止というスコープでしか考えられない環境原理主義者らしいコメントであり、共和党のマルコ・ルビオ上院議員は「気候変動教の狂信者であるケリーは欧州で80年ぶりも地上戦が勃発し、プーチンが核兵器使用をちらつかせていることで彼の気候アジェンダへの関心が低下することを心配している」と揶揄している。
ウオール・ストリート・ジャーナルは2月24日、「ウクライナに関するジョン・ケリーの放言(John Kerry’s Ukraine Emissions)」と題する論評において「このケリー発言はうっかり口をすべらせたものではない。バイデン政権の気候変動と化石燃料叩きへの執着がエネルギーを用いたプーチンの脅迫に対して米国と欧州を脆弱にした。プーチンに力を与えたのは気候ロビーである」と痛烈に批判している。
共和党やフォックスニュースは連日、「エネルギーインフレをもたらしたのはプーチンではなくバイデン政権の政策である。環境規制を強化し、石油ガス産業を痛めつける一方、イランやベネズエラの原油を当てにするなど愚かの一言」と攻撃しているのも当然だろう。
一つ明らかなことは彼のような人物がホワイトハウスで権勢をふるっている限り、米国の石油ガス産業はバイデン政権を決して信用しないだろうということだ。ウクライナ戦争による世界のエネルギー情勢の不安定化が懸念される中、これは憂慮すべき事態である。
関連記事
-
このコラムでは、1986年に原発事故の起こったチェルノブイリの現状、ウクライナの首都キエフにあるチェルノブイリ博物館、そして私がコーディネートして今年6月からこの博物館で行う福島展について紹介したい。
-
東京電力福島第一原子力発電所の事故から早2年が過ぎようとしている。私は、原子力関連の会社に籍を置いた人間でもあり、事故当時は本当に心を痛めTVにかじりついていたことを思い出す。
-
エネルギー関係者の間で、原子力規制委員会の活動への疑問が高まっています。原子力の事業者や学会と対話せず、機材の購入などを命じ、原発の稼動が止まっています。そして「安全性」の名の下に、活断層を認定して、原発プラントの破棄を求めるような状況です。
-
シンクタンク「クリンテル」がIPCC報告書を批判的に精査した結果をまとめた論文を2023年4月に発表した。その中から、まだこの連載で取り上げていなかった論点を紹介しよう。 ■ 地域的に見れば、過去に今よりも温暖な時期があ
-
今回も嘆かわしい報道をいくつか取り上げる。 いずれも、筆者から見ると、科学・技術の基本法則を無視した「おとぎ話」としか受け取れない。 1. 排ガスは資源 CO2から化学原料を直接合成、実証めざす 排ガスは資源 CO2か
-
英国のEU離脱後の原子力の建設で、厳しすぎるEUの基準から外れる可能性、ビジネスの不透明性の両面の問題が出ているという指摘。
-
ウクライナのゼレンスキー大統領は、ドイツがロシアからガスを輸入し続けていることを激しく非難し続けている。 ただ現実には、ロシアのガスは今もなおウクライナ経由の陸上パイプラインを通って西に向かって流れている。しかも、4月1
-
反原発を訴えるデモが東京・永田町の首相官邸、国会周辺で毎週金曜日の夜に開かれている。参加者は一時1万人以上に達し、また日本各地でも行われて、社会に波紋を広げた。この動きめぐって市民の政治参加を評価する声がある一方で、「愚者の行進」などと冷ややかな批判も根強い。行き着く先はどこか。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間














