「2035年の新車販売はEV!」への邁進は正しい選択なのか?①

deepblue4you/iStock
先進国では、気候変動対策の一つとして運輸部門の脱炭素化が叫ばれ、自動車業界を中心として様々な取り組みが行われている。我が国でも2020年10月、「2050年カーボンニュートラル」宣言の中で、2035年以降の新車販売は電気自動車(EV)とすべきという発表がなされた。
一般的にEVについては、車両価格は高いが補助金もあり、図1に示されるように使用時のランニングコストも低いため利用者にとってはメリットがあると言われている。

図1 EVとガソリン車の年間維持費の比較
出典:TEPCO
一方、気候変動対策のCO2排出削減の観点から、EV化への邁進は合目的なものだろうか。
先ず、内燃機関自動車(ICV)の生産に比べ、EVの生産では、平均で2倍のエネルギーを消費し、2倍の地球温暖化の可能性があると言われる。これは、主に搭載するバッテリーの製造に起因する。
バッテリー製造には、原材料の採取から製造時の電力消費まで多くのエネルギーが使われる。EVが大きくなり走行距離が長くなればなるほど、より多くのバッテリーセルが必要となり、より多くのCO2を排出することになる。
第二に、EVはライフサイクルの初期にはCO2排出量が多くなるが、使用段階では相対的に排出量も少なくなり、時間が経てば、ICVに追いつくが、それはEVの走行距離に関係する。
EVが環境に優しいと言われるのは、どういう一次エネルギーにより発電・走行し、バッテリー製造を行っているのかに依る。政府は、よりグリーンなエネルギーへの移行を加速させることによって、輸送部門の取り組みを支援することができる。
世界経済フォーラムのレポートによれば、ドイツではエネルギーの約40%を石炭、30%を自然エネルギーで生産しているという。CO2排出の観点から、中型EVがディーゼル車と並ぶには平均125,000km、年間平均走行距離を13,500kmと仮定すると、EVが環境に優しくなるには9年かかる。ガソリン車の場合は60,000km走行する必要があるとのこと。EVの環境ポテンシャルを引き出すには、単に生産台数を増やすだけでは不十分であり、EVが稼働する社会システムも持続可能でなければならないとも。
また、2019 年にマツダから出された報告書では、ガソリン車(GE)、ディーゼル車(DE)、バッテリー電気自動車(BEV)に関するCO2排出量を試算している。BEVのCO2排出係数を177kg- CO2/kWhとし、GE、DE、BEVの線が交差する点を交差距離点(DIP: Distance of Intersection Point)と定義している。

図2 CO2 emissions during life cycle for GE, DE, and BEV.
(a) EU; (b) Japan; (c) US; (d) China
図2では、GE、DE、BEVのCO2排出量と走行距離の関係が示されているが、走行距離が短い間は、BEVに搭載するバッテリー製造時のCO2排出の影響が大きいため、BEVが他の車種を上回っている。
(a)のEUのDIPが109,415km以下ではBEVがDEを上回る。109,415km~16万kmでは逆転するが、16万km以上になるとBEVの排出が再度上回る。これはバッテリー交換により、バッテリー製造時のCO2が加算されたためである。
(b)の日本のDIPが111,511kmまではBEVがGEを上回り、そこから16万km までは逆転、その後バッテリー交換したために、再度、BEVが上回っている。
(c)米国の場合、大型のGEが多いためか、DIPが60,779kmという早い段階でBEVとGEが交差し、それ以降もGEが上回った状態が継続する。
現在、バッテリー寿命について、使用後8年か走行距離16万kmのうちの早い方で交換することになっている。日本での年間走行距離を1万kmと想定すると、EV購入後8年で車の買い替えということになる。新しいバッテリーに交換して、さらに乗り続けるということもあるが70万から100万円程度はするし、長く乗ってもCO2削減効果も限定的である。
環境にやさしいと喧伝されるEVに8年間乗っても、米国を除いてBEVから排出される累積CO2の方が大きいわけで、果たして「2035年の新車販売はEV!」という大号令を掛け550万人とも言われる自動車産業の雇用を危うくし兼ねないEV化に邁進することが正しいことなのだろうか。
結局、車種の選択はCO2排出やコストのみから為されるものではなく、乗り心地やエンジン音など多くの個人的な嗜好の組合せ、自由度の上に決定されるものであり、政府から押し付けられるものではなかろう。
(続く)

関連記事
-
1997年に開催された国連気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3)で採択された京都議定書は、我が国の誇る古都の名前を冠していることもあり、強い思い入れを持っている方もいるだろう。先進国に拘束力ある排出削減義務を負わせた仕組みは、温暖化対策の第一歩としては非常に大きな意義があったと言える。しかし、採択から15年が経って世界経済の牽引役は先進国から新興国に代わり、国際政治の構造も様変わりした。今後世界全体での温室効果ガス排出削減はどのような枠組を志向していくべきなのか。京都議定書第1約束期間を振り返りつつ、今後の展望を考える。
-
あまり報道されていないが、CO2をゼロにするとか石炭火力を止めるとか交渉していたCOP26の期間中に中国は石炭を大増産して、石炭産出量が過去最大に達していた。中国政府が誇らしげに書いている(原文は中国語、邦訳は筆者)。
-
福島原子力事故について、「健康被害が起こるのか」という問いに日本国民の関心が集まっています。私たちGEPRのスタッフは、現在の医学的知見と放射線量を考え、日本と福島で大規模な健康被害が起こる可能性はとても少ないと考えています。GEPRは日本と世界の市民のために、今後も正しい情報を提供していきます。
-
ところが規制委員会では、この運用を「原子力発電所の新規制施行に向けた基本的な方針(私案)」という田中俊一委員長のメモで行なっている。これはもともとは2013年7月に新規制が実施された段階で関西電力大飯3・4号機の運転を認めるかどうかについての見解として出されたものだが、その後も委員会決定が行なわれないまま現在に至っている。この田中私案では「新規制の考え方」を次のように書いている。
-
政府は今年6月にグリーン成長戦略を発表した。ここでは「環境と経済の好循環」を掲げ、その手段としてカーボンプライシング(炭素税)をあげているが、本書も指摘するようにこのメッセージは矛盾している。温暖化対策で成長できるなら、
-
12月14日に投開票が行われる衆議院議員選挙。そこでの各党の選挙公約をエネルギーに焦点を当てて分析してみる。
-
鈴木達治郎 猿田佐世 [編] 岩波ブックレット 岩波書店/520円(本体) 「なぜ日本は使いもしないプルトニウムをため続けるのか」。 米国のエネルギー政策、原子力関係者に話を聞くと、この質問を筆者らは頻繁に受けるという。
-
かつて省エネ政策を取材したとき、経産省の担当官僚からこんなぼやきを聞いたことがある。「メディアの人は日本の政策の悪い話を伝えても、素晴らしい話を取材しない。この仕事についてから日本にある各国の大使館の経済担当者や、いろんな政府や国際機関から、毎月問い合わせの電話やメールが来るのに」。
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間