電力カラーリングへの期待と誤解(下) — 乗り越えなければいけない技術的課題
4・本当は難しい厳密な電力カラーリング
デジタルグリッドではインターネットと同じように、ルーターを使って電気の流れを制御することで、電気がどこからきたのかをカラーリングしようとする。しかし、よく考えてみると、厳密なカラーリングはそれほど簡単ではない。
図表4を使い考えてみよう。例えばセルAからセルCに風力発電の電気を送るという要求と、セルBからセルDに火力発電の電気を送るという要求が重なると、途中のセルXの中で風力発電の由来の電気(緑色)と火力発電の由来の電気(黄色)が混在する。セルは小さなパワープールとなっており、そこに同時に注がれた電気は一瞬で混ざり合ってしまうため、セルXの電気は黄緑色になってしまう。
これを避けようとすれば、すべての電力取引を別の時間帯や別経路(同じセルを通過しない)で送らなければならないことになるが、電気の取引は電力ネットワーク内では連続的かつ無数に行われるから、そのようなことは不可能だ。したがってデジタルグリッドを使っても、実際には厳密な意味でのカラーリングは行われず、行いうるのは擬似的なカラーリングにすぎない。もし厳密にカラーリングを行おうとするならば、発電所と需要家を結ぶ専用線を敷設し、それらを交流・直流問わず、ネットワーク状には連結しないことが必要になるだろう。
図4・デジタルグリッド中で複数同時の電力取引
また実現性やコストの面でも、デジタルグリッドには大きな課題がある。デジタルグリッドのセルは、非常に小さいパワープールである。そこに風力や太陽光などから変動する電気が流れ込めば、セルの器が小さいために、その大きさに反比例して水位(周波数)は変動しやすくなる。このためセル内の水位を一定に調整することは、大きいパワープールの水位を調整するより遙かに難しくなり、そのための調整力(電力貯蔵装置)をセル内に十分に用意しておかなければならない。再生可能エネルギーを増加させるという課題については、既存のシステム上の対策よりもデジタルグリッド上での対策が高価となることを意味している。
反対にパワープールを今より大きくすれば、そこに接続されている太陽光発電や風力発電の電気の流入量の変動がお互いに打ち消しあうことで、プール内に流れ込んでくる電気の総量に対する変動率は相対的に小さくなる。これを平滑化効果と言っているが、デジタルグリッドでは、現在のパワープールに比べて平滑化効果を活かしにくくなるので、再生可能エネルギーに対応するために必要になる電力貯蔵装置の量が格段に多くなる可能性が高い。
欧米では電力取引の広域化や再生可能エネルギーの増加に対応してパワープールを統合させる方向で動いており、パワープールを細分しようとするデジタルグリッドの発想とは真逆のベクトル上にある。
わが国の電力システム改革でも、広域的運営推進機関を作り、各社ごとのパワープール運営をより密接に協調させようとしている。電力のカラーリングを導入しようとした動機として、冒頭述べたような再生可能エネルギーの利用を活発化させるということがあるなら、真逆を向いた検討であるということだ。
図5. 再生可能エネルギーの平滑化効果の例
5・電力カラーリングはすでに存在している
デジタルグリッドにおいても厳密な意味でのカラーリングが困難である理由を説明したが、今でもすでに擬似的な電力カラーリングであれば存在している。
各国で進む電力自由化により、一つのパワープールを複数の発電事業者や小売事業者が共有するようになった。擬似的であっても何らか電力カラーリングにあたる仕組みがなければ、パワープールの中で誰が誰に電気を送ったか判断できないので電力の取引が成り立たない。それでは、ある小売事業者が契約した発電所から自社の需要家に電気をどのように送っているだろうか。
まず、パワープールが一つしかない場合を考える。発電所Aがパワープールに注ぎ込んでいる水の量と、需要家Bが使っている水の量が一致していれば、プールの水の水位(他の市場参加者)には影響がでない。また自社の需要家が使っている分にあわせてプールに水を注いでいるのだから、これをもって「AからBに供給している」と考えることができる。すなわち「Bに送られている電気は、Aが契約した発電所からのものである」と擬似的にカラーリングすることができる。(注2)
((注2)需要の細かな変動に対する微調整は、それぞれの小売事業者が調整するよりも、まとめてパワープールの管理者(系統運用者)が微調整する方が効率的である。このため、発電所Aから流入する電力量と需要家Bが使う電力量を30分単位で計量し、両者が一致していればよいとしている(30分以内の変動は系統運用者が調整)。)
次の発電所Aと需要家Bが別々のパワープールに属している場合を考えよう。このときも発電所Aからの流入量と需要家Bの使用量を一致させればよいのであるが、加えてパワープールの管理者が、2つのプール間を連携する水管(地域間連系送電線)にちょうどこの電力取引分の電気が流れるように調整を行う必要がある。
このような擬似的カラーリングにより、需要家Bに発電所Aから電気が送られていると見なせるようになり、実際に電力取引が行えるようになっている。一つの具体例を挙げると、東京の新丸の内ビルの電気の一部は、上記の仕組みに基づいて青森県にある二又風力発電所から送られてきている(図6)。さらにこの発電所の電気は、電力取引所においてもすでに取引されている。
このビジネスモデルは「生グリーン電力」と言われているが、その呼び名は現在の電力システムですでにカラーリングが行われていることを物語っていると言えるのではないだろうか。
図6. 生グリーン電力の仕組み(日本風力開発株式会社資料)(参考文献2)
6・電力グリッドのスマート化
デジタルグリッドの提案には上述のような課題があるが、デジタルグリッドの提案者は、既存のグリッドの抱える問題点について以下の論点もあわせて提示し、これらを克服するためにもデジタルグリッドに必要になるとしている。
①パワープールを大きくしていくと、事故が波及しやすい
②電力の流れをトレースしにくい
① パワープールの拡大と事故波及の防止
電力システムが1世紀以上前に誕生して以来、パワープールを大きくすることは規模の経済性を拡大する観点から推進されてきたが、最近では電力取引の広域化や再生可能エネルギーの拡大の上でもメリットがあると考えられている。反面、パワープールの大規模化にはデメリットも存在している。それは事故の影響も広範囲に波及しやすくなるということである。デジタルグリッドの研究者は、デジタルグリッドではあるセルに生じた事故がセルをまたいで伝搬しにくいので、事故波及を防止しやすいと主張している。
特に欧米では広域的なパワープールの管理上の問題で、広域停電が何度も発生していることは確かである。日本でも広域運営推進機関が設立され、現在よりも広域的なパワープールの運営が行われることになるので、広範な事故波及を起こさない備えは十分行う必要がある。ただし日本の場合は国土が縦長であるために、電力会社のパワープールはくし形の形状で連系されることになり、パワープール間をつなぐ連系線の本数が少なくなるので、事故波及防止は欧米よりも行いやすいと考えられている。パワープールが大きくなれば事故が波及しやすくなるというのは少々短絡的に過ぎる。
なお、東日本大震災のように遠隔地にある電源が大規模に被災して供給力が大幅に不足するような場合には、結局、発電所がおかれた太平洋側のセルから順番に停止していくことになるので、今のグリッドよりも波及しにくいとは言いにくいだろう。
② 電力の流れをトレースしにくい
現在の電力ネットワークではネットワーク内の各所にセンサーが配置され、電気の流れが監視・制御されている。しかし需要家に近い配電ネットワークでは、従来は電気の流れが電力会社から需要家にむけた一方向にしか流れなかったこともあり、より大電力を送っている基幹のネットワークに比べるとセンサー情報が圧倒的に少ないことも確かである。
配電ネットワークに分散型電源が増加していることから、その電気の流れをトレースできるようなセンサーネットワークを、配電系統にも具備しようとする取り組みが電力会社においては始まっている。
また需要家が使用する電気についても現在は月間単位での使用量しかわからないが、電力会社が導入を進めようとしているスマートメーターが具備されてくると30分単位での電力使用量が自動で検針され、そのデータは需要家や需要家の許諾があればサービスプロバイダにも提供されるようになる。このメーターにより、需要家は従来の電力会社以外の新電力会社などからの電気の購入が可能になり、また再生可能エネルギーの電気を選ぶことも自由にできるようになるだろう。アグリゲーターなどのサービスプロバイダが、需要家が節電した電気(ネガワット)を電力取引所に売電するようなビジネスも可能になると思われる。
このようなアーキテクチャーを一般的に描いたのが、図7のスマートグリッドの概念モデルだ。米国電気電子技術者協会(IEEE)が策定したものだが、スマートグリッドの米国内標準を定める米国国立技術標準研究所(NIST)、国際標準を定める国際電気標準会議(IEC)においても標準モデルとして参照されている。この概念はITの世界では標準的に用いられる多層構造で考えるとわかりやすい。
一番下の第1層として電力伝送ネットワーク(物理層)、第2層として電力伝送ネットワークの各部の状態を監視・制御するためのM2M(Machine to Machine)のセンサーネットワークがあり、これにより電気の流れのセンシングや制御などが可能となる。電力取引のための擬似的なカラーリングはこの第2層の機能として提供できるので、様々なエネルギーサービスやアプリケーションは、これら2層の上に、第3層以上の上位層で実現されるわけだ。
電力のカラーリングは発想としては面白いが、そこで考えられているサービスのほとんどは、このスマートグリッドの階層モデルで実現できる。デジタルグリッドではこれらのサービスの元になるカラーリングをより厳密化するために第1層(物理層)の仕組みから作り直そうとしているように見えるが、その実現のためのコストや課題に加えて、擬似的なカラーリングが第2層の機能として実現可能であることを考えると、何の意義があるのかがはっきりしない。
むしろ日本が得意とする第1層の要素技術(系統技術、分散電源、電力貯蔵技術など)を活かすための第2層、第3層など上位層における技術やサービス創出に、限られた人的資源や資金を集中していくことが必要ではないだろうか。
図7. スマートグリッドの概念モデル(IEEE SmartGrid )(参考文献3)
<参考文献>
[1]デジタルグリッドコンソーシアム「デジタルグリッドとは」
[2]日本風力開発(株)塚脇正幸「風力発電事業の現状について」、経済産業省総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会(第23回)資料、平成20年3月14日
[3]IEEE SmartGrid
(2013年6月17日掲載)
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