「東電社員、事故原発から逃亡」? 吉田調書、朝日報道への疑問

2014年08月25日 15:00
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経済ジャーナリスト
(写真1)元東電福島第一原発所長だった故・吉田昌郎氏(東電資料)

調書のニュース価値は大きいのか?

政府は政府事故調査委員会が作成した吉田調書を公開する方針という。東京電力福島第一原発事故で、同所所長だった故・吉田昌郎(まさお)氏が、同委に話した約20時間分の証言をまとめたものだ。

吉田氏は食道がんで昨年亡くなったが、生前に調書を公開しないことを求めていた。(内閣府公表の吉田氏上申書)ところが朝日新聞が今年5月に、また産経新聞が8月、吉田調書を報道。そのために、公開を求める声が広がっていた。A4で400ページにもなるという。

朝日、産経の両新聞はスクープと自賛し、調書の解説記事を大きく報道した。しかし筆者は騒ぎに首を傾げる。「吉田調書」は重要ではあるものの、両社の喧伝するほど意味のある文章ではないと思う。

これは事故調査報告書をまとめるための材料だ。両新聞の記事を読む限りにおいて、吉田調書の事実関係の部分は報告書にだいたい織り込まれている。(「政府事故調ホームページ」)同報告書は、一般にはあまり読まれていないが、とても参考になり、事故の概要はだいたい分かる。報道で一番重要なことを「事実」とすれば、この文章の重要な事実は、すでに世に出ているのだ。

ただし調書をめぐる記事は大変印象深い。公式な報告書にはない、吉田氏の感情が表現されているためだ。筆者は生前の吉田氏に会っていないが「べらんめえ」調で話し、堂々とした人だったという。吉田氏は、事故で全電源が喪失したときの絶望、不適切な指示を出した東電本店への不信、無意味な介入を続ける政府への怒りを示している。

朝日、産経の批判合戦 「東電社員は逃げたか?」

この報道で、興味深い点がある。朝日と産経の伝えた記事の焦点が同一文書を根拠にしたと思えないほど違う点だ。

朝日新聞の5月20日記事『福島第一の原発所員、命令違反し撤退 吉田調書で判明』を要約してみると「吉田氏の命令は、第一原発構内での待機だったのに、所員は10キロ離れた第二原発に撤退している。これは命令違反行為であり、東電の社員は現場から逃げた」というものだ。

産経新聞の8月18日記事『吉田所長、「全面撤退」明確に否定 福島第1原発事故』を要約してみると「東電社員は、吉田氏の指示に基づいて69人が踏みとどまった。第二原発に行ったのは退避をすべしという吉田氏の命令によるもの。朝日の報道は間違い」というものだ。

吉田氏に取材していたジャーナリストの門田隆将氏は『朝日新聞は事実を曲げてまで日本人をおとしめたいのか』 と産経の報道が正しく、朝日を強く批判をした文章を発表した。

また朝日の記事では原発事故の危険性が繰り返されている。そして事故収拾で混乱を招いたと批判を受けた、民主党議員の菅直人首相(当時)、事故当時福山哲郎、細野豪志、寺田学の3首相補佐官(当時)がインタビュー、連載に協力。福山氏の調書なども公表された。

一方で産経記事は危機に命をかけて立ち向かったという吉田氏を賞賛。そして吉田氏は民主党の政治家が現場に介入したことを怒っていた。『「あのおっさんに発言する権利があるんですか」吉田所長、菅元首相に強い憤り』 などの記事だ。

朝日新聞は産経の報道に抗議文書を送り(『産経記事巡り朝日新聞社が抗議書 「吉田調書」報道』)、両社は対立する結果になった。

産経の吉田氏賛美に違和感

一つの物事は、光の当て方、個人の主観でさまざまに解釈が変化する。筆者は、読んで両新聞の報道は、ともに偏向していると思った。政府事故調報告を読み、東電社員に取材をした経験からだ。

産経新聞は感情的な報道をよくするし、また原発を容認している。今回の報道では「吉田調書」を批判的に検証していない。それどころか、吉田氏を「(生きていれば)原子力規制委員についてほしかった」などと持ち上げた。確かに吉田氏、東電の行動に評価するべき点はあるが、この態度はおかしい。(8月18日社説「吉田調書 世界の原発安全性の糧に 極限状況下の事故対応を学べ」

福島原発事故は、津波により全電源喪失をしたときに、避けられなかった可能性が高い。事前の津波への対策が必要だったが、それを吉田所長、東電は怠った。4つの原子炉建屋では水素爆発をしたが、その危険が指摘されたのに対応は遅れた。

さらに緊急停止装置、冷却装置、空気ベント(放出)設備について、事前に動かす検査が不十分で、一部で事故時に動かなかった事実が明らかになっている。吉田氏と東電のミスを批判的に見なければならないのに、その視点が欠如している。

東電社員に聞く、朝日報道の誤り

ただし朝日新聞の偏向はもっと問題だ。産経と同じように、感情にばかり注目し、「不安」「絶望」という言葉を多用している。さらに「待機という命令に違反し撤退した」、つまり「逃げた」という点を、第一回連載で強調し、東電社員の名誉を傷つけた。

政府報告書では吉田氏は「退避を指示」と明確に書いている(最終報告220ページ)。さらに東電社員たちも、「逃げた」という認識はまったくない。

私は3人の東電社員に聞いた。聞いたのはいずれも5月だ。

「非公開として私は政府の聴取に応じた。それを公開する政府の行動に、不信を持つ。そして私は第一原発で退避させるため職員を受け入れると報告を受けた。第一の社員が逃げたという認識はない」(事故当時福島第二原発の幹部)

「調書の報道を見ると、吉田が、あんなに私たち(本店幹部)に不信を向けていたのはショックだった。ただ第一の社員は逃げたと、誰も思っていない。そんな指示も聞いたことはない」(事故当時本店にいた東電原子力部門の幹部)

「上長から間接的に、吉田さんが必要ない人は退避と命じたと聞いた。私は残りますと言ったが、少ない方がいいと言われた。免震構造棟は構内にいた人が詰めかけパンク状態だった。避難せざるを得なかった」(退避した社員の一人)

こうした発言は、産経が伝えた調書の言葉でも裏付けられる。事故当日、官邸からの「撤退するのか」という問い合わせに吉田氏は「関係ない人は退避させる必要があると私は考えています。今、そういう準備もしています」と答えていた。そして踏みとどまった職員を賞賛していた。

筆者は吉田調書の現物をみていない。しかし客観的事情を考えると吉田氏は当初から必要ない人員の退避を決めており、朝日報道の「社員が逃げた」というのは、事実に反しているように思える。

どうも朝日は吉田氏が同一の文書内で矛盾した発言をしたことに注目し、その言葉尻をとらえて、朝日新聞の記者が事実を誇張して書いた可能性が高い。

指摘したように、同調書の事実部分はすでに公表されたものだ。せっかく文章を入手したのに、「目玉」となる情報がない。そのため、「大きな話にしたい」というバイアスが、朝日新聞の記者、デスク、関係者に広がっておかしな報道になったのかもしれない。

(写真2)事故直後、11年3月16日の福島第一原発(東電資料より)

リークをしたのは誰か?

余談ながら、筆者は一記者として、吉田調書をリークした「犯人」にも関心がある。情報のリークには必ず意図が込められているものだ。

政府事故調は200人が集まり、そのうち検事・検察事務官が30人ほど加わっていた。プロの捜査官がいる場所での情報リークは、公務員法違反に問われかねず、事故調内部の官僚が積極的に行うとは思えない。

朝日の一連の記事には、事故対応で大変な批判を集めた民主党の政治家が協力している。そして報道では、菅氏ら政治家の異様な介入への吉田氏の怒りをすっぽり落としている。

まったくの推理だが、民主党の政治家が弁明のために、朝日新聞にリークした可能性がある。

一方、産経新聞には誰が吉田調書をリークしたのだろうか。安倍政権発足以来、数カ月に一度、情報操作を目的にしたリークめいた騒ぎが起きる。首相秘書官になっているやり手の某官僚がいる。筆者も面識があるが、この人物はエネルギー問題を担当したことがあり、大変頭が切れ、メディアの重要性を熟知し、記者に対して親密で物腰の柔らかい人だ。筆者はリーク騒ぎが起こるたびに、その人の顔を思い出す。

筆者は「原発再稼動が政策課題になる中で、原発への悪いイメージを払拭するために、思い通りに反応する産経を使って朝日を牽制するために、この某秘書官が仕掛けたのではないか」と、勝手な推理をしている。ただ、筆者だけではなく、メディア関係者でまったく同じ推理を言う人もいた。

朝日新聞は「事実をねじまげて、日本人をおとしめたいのか」

まとめると、吉田調書をめぐる報道の問題は、次のようなものだ。

「朝日、産経の両社は、入手した文章の冷静な解析をしていない。吉田氏の感情に焦点をあてすぎ、それぞれの社論に合わせた解釈をしている」。

「事実を過度にゆがめて編集する朝日の報道は問題である。特に民主党の政治家のミス、無能さに批判を向けず、原発の危険性を強調。そして東京電力社員が『逃げた』とする情報のゆがんだ解釈を行っている点だ」

筆者は、事故を起こした東電を賛美するつもりは毛頭ない。しかし事故の拡大を抑えるために、命の危険に直面しながら吉田所長と社員は、原発にとどまった。そして東電は、その後も事故に向き合い続けている。その人々を「逃げた」と中傷するのは不当な批判だ。この情報は世界を駆け巡って、東電と日本人の名誉をおとしめてしまった。(産経記事『ヒーローが一転「逃げ出す作業員」「恥ずべき物語」に 朝日報道、各国で引用』

ジャーナリストの門田氏は引用した記事で「事実をねじまげて、日本人をおとしめたいのか」と、朝日の報道を批判した。それに筆者は同意する。自分が敵と見なした東電を叩くためなら、何をしてもいいという考えは、報道機関として許されないだろう。

朝日新聞は今、32年前から慰安婦の報道の誤報を行い、それを認めたものの、謝罪をせずに大変な批判を集めている。原発事故報道では事実をゆがめて、危険を強調していることを筆者は批判している。(『朝日新聞は原子力報道の誤りを認めよ』

事実を過度に膨らませ、社論に合うように印象操作をする。残念ながら、吉田調書でも、まったく同じ報道姿勢の問題が繰り返されているようだ。

朝日新聞は感情的なゆがんだ情報を解釈する前に、原子力を巡る報道では事実を淡々と伝え、必要な解釈を加える客観報道に、転換しなければならないだろう。もちろん、それは他のメディアにも当てはまる。

(2014年8月25日掲載)

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