BRICSサミットとエネルギー温暖化問題
前回報告した通り、6月のG7カナナスキスサミットは例年のような包括的な首脳声明を採択せず、重要鉱物、AI、量子等の個別分野に着目した複数の共同声明を採択して終了した。
トランプ2.0はパリ協定離脱はいうに及ばず、安全保障、貿易等でも友好国に対しても容赦ない対応をしており、G7でのコンセンサス形成の余地がトランプ1.0以上に限られていることは明らかであった。
そうした中で半導体と並んでハイテク機器に欠かせず、クリーンエネルギー技術のみならず軍事技術にも重要な役割を果たす重要鉱物の供給安全保障問題は、脱炭素やクリーンエネルギー転換において立場を異にする米国とその他G7諸国の間で共通の利害を有する分野である。
①基準に基づく市場の形成、②資本の動員及びパートナーシップへの投資、③イノベーションの促進を三本柱とする重要鉱物行動計画が採択されたのは、そうした背景によるものである。
他方、7月にはリオデジャネイロでBRICSサミットが開催された。今回は習近平国家主席とプーチン大統領が欠席(中国からは李強首相が、ロシアからはラブロフ外相が代理参加)する等、影響力の陰りを指摘されるBRICSであるが、過小評価すべきではない。
BRICSの加盟国は拡大傾向にあり、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アという原加盟国に加え、エジプト、エチオピア、インドネシア、イラン、サウジアラビア、UAEが名前を連ねている(なおサウジアラビアについては米国との関係に配慮し、BRICS会合に参加しつつ、正式加盟表明はしていない模様である※1))。
個別分野の共同声明採択に終わったG7サミットと異なり、BRICSサミットの首脳声明※2)は31ページに及び、その内容も①多国間主義の強化とグローバル・ガバナンスの改革、②平和、安全保障、国際安定の促進、③国際経済・貿易・金融協力の深化、④気候変動との闘い、持続可能で公正かつ包括的な開発の促進、⑤人間・社会・文化開発の促進のためのパートナーシップに及び、④の気候変動、エネルギー関連の主要メッセージは以下のとおりである。
- 持続可能な成長と気候変動対策の両立には、開かれた支援的な国際経済システムが不可欠であると強調。気候変動対策における一方的措置が、差別的あるいは貿易制限的な手段となることに懸念を表明。環境目的と貿易措置が結びついた法的枠組みの課題と機会を認識。特に一方的な貿易措置の増加に強い懸念を示し、反対を表明。
- CBAM(炭素国境調整措置)、森林破壊規制、デューデリジェンス要求等に対し、国際法に沿わない懲罰的・保護主義的措置として反対。COP28での「一方的貿易措置回避」の呼びかけへの支持を再確認。供給・生産チェーンを故意に混乱させる措置への反対を表明。
- SDG7に沿った安価・信頼性あるエネルギーアクセスと公正な転換へのコミットメントを再確認。BRICS間のエネルギー協力強化を呼びかけ。2025–2030年のロードマップ更新等の進展に留意。
- エネルギー安全保障の重要性を強調(経済・国家安全保障・福祉の基盤)。市場安定、供給の多様性、インフラ保護の必要性に言及。化石燃料の依然として重要な役割を認識。各国の事情や責任に配慮した、公正・秩序ある包摂的なエネルギー移行が必要。気候対応と経済発展の両立を強調。
- 公正で包摂的な移行に向けた資金アクセスと投資拡大の必要性を強調。先進国に対し、譲許的資金の予測可能・低コストな供給を要求。市場・技術・低利金融への非差別的アクセスの確保を求める。
- ゼロ・低排出エネルギー技術や供給網強靭化における重要鉱物の役割を認識。資源主権を尊重しつつ、信頼性・責任ある持続可能な鉱物サプライチェーンの促進を支持。
気候変動面ではパリ協定、気候変動枠組み条約の目的追及への結束を再確認しつつも、トランプ前のG7サミットのような2050年カーボンニュートラルや1.5℃目標へのコミットメントは全く見られない。むしろ、気候変動資金動員に向けた先進国の責任と、途上国への資金移転を円滑化するような公正な国際通貨金融システムの役割が強調されている。
更にEUの国境調整措置等、気候変動対策における一方的措置を「懲罰的・保護主義的」として強く批判している。一方的措置の問題は本年6月の気候変動枠組み条約補助機関会合でも大きな争点となり、11月のCOP30でも引き続き議論されることは確実だ。
エネルギー面では安価で信頼性のあるエネルギーアクセスと公正な移行、各国の国情の尊重が謳われ、エネルギー転換途上における化石燃料の役割が明確に認知されている。以前のG7サミットでは化石燃料や石炭火力のフェーズアウトがプレイアップされていたが、そうした理念先行型のエネルギー転換論は皆無である。
重要鉱物については鉱物生産国としての立場を前面に出し、「鉱物資源に対する主権を完全に保持し、資源国の利益分配、付加価値、経済多様化を保証するための公正なサプライチェーン」を強調しており、鉱物消費国としてサプライチェーンの多様化、環境や人権基準に基づく市場ルール設定を企図しているG7に対峙している。
G7がエネルギー・温暖化問題で共同歩調を取れていないのと対照的に、BRICSは新興国、資源国の立場を前面に出し、団結を誇示しているように見える。
率直に言って1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルにとらわれたG7サミットのこれまでのトーンに比してエネルギーの現実を反映しているともいえる。そもそも世界のエネルギー温暖化情勢の帰趨を左右するのはG7(エネルギー消費、CO2排出量の対世界比は30%、25%)よりもBRICS11か国(同49%、58%)であり、その差は更に開いていくのだから当然であろう。
1975年の第1回G7ランブイエサミット当時と異なり、G7とBRICS、G20を併せてみなければ世界の帰趨は語れない。
■
※1)Saudi Arabia sits on fence over BRICS with eye on vital ties with US
※2)BRICS Summit signs historic commitment in Rio for more inclusive and sustainable governance

関連記事
-
福島の原発事故では、原発から漏れた放射性物質が私たちの健康にどのような影響を与えるかが問題になっている。内閣府によれば、福島県での住民の年間累積線量の事故による増加分は大半が外部被曝で第1年目5mSv(ミリシーベルト)以下、内部被曝で同1mSv以下とされる。この放射線量では健康被害の可能性はない。
-
米紙ウォールストリートジャーナルは、やや共和党寄りと見られているが、民主党からも割と支持されていて、超党派の信頼があるという、米国には珍しい大手の新聞だ。筆者の見立てでは、地球温暖化問題について、ど真ん中の正論を続けてい
-
山火事が地球温暖化のせいではないことは、筆者は以前にも「地球温暖化ファクトシート」に書いたが、今回は、分かり易いデータを入手したので、手短かに紹介しよう。(詳しくは英語の原典を参照されたい) まずカリフォルニアの山火事が
-
事故確率やコスト、そしてCO2削減による気候変動対策まで、今や原発推進の理由は全て無理筋である。無理が通れば道理が引っ込むというものだ。以下にその具体的証拠を挙げる。
-
原子力問題のアキレス腱は、バックエンド(使用済核燃料への対応)にあると言われて久しい。実際、高レベル放射性廃棄物の最終処分地は決まっておらず、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」はトラブル続きであり、六ヶ所再処理工場もガラス固化体製造工程の不具合等によって竣工が延期に延期を重ねてきている。
-
菅政権の下で「2030年CO2を46%減、2050年にCO2ゼロ」という「脱炭素」の目標が発表された。 しかしながら、日本は製造業の国である。製造業は石油、ガス、石炭などを燃やしてエネルギーを得なければ成り立たない。 特
-
はじめに 原子力規制委員会は2013年7月8日に新規制基準を施行し“適合性審査”を実施している。これに合格しないと再稼働を認めないと言っているので、即日、4社の電力会社の10基の原発が申請した。これまでに4社14基の原発
-
6月29日のエネルギー支配(American Energy Dominance)演説 6月29日、トランプ大統領はエネルギー省における「米国のエネルギーを束縛から解き放つ(Unleashing American Ener
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間