大義名分がなくなった排出量取引、スコープ3義務化を見直すべき

Anastasiia_New/iStock
筆者は8月29日に以下の記事を書いていました。
数年前からEUで導入の準備が進められてきた炭素国境調整措置(CBAM)、企業サステナビリティデューデリジェンス指令(CSDDD)、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)の3つの規制は、EU域外の企業にとって膨大な事務負担、コスト増となる恐れがありました。しかしこれらの規制についてはEU域内でも反対意見が多く、昨年から欧州議会内で簡素化や規制緩和の議論が進んでいました。
3つの規制についてはそれぞれ個別の議論があるものの、ざっくりまとめると、対象企業が当初想定されていた規模から80%~90%も削減されたり、CO2排出量や児童労働などの情報開示をサプライチェーンすべてではなくTire1(直接取引)のみで可とする、開始を1年遅らせる、などが見込まれており、日本企業への影響はかなり限定的になることが予想できました。
筆者が冒頭のアゴラ記事で指摘したのは2点です。まず、こうした簡素化の議論が進んでいる中で、今年5月に仏マクロン大統領と独メルツ首相がCSDDD、CSRDについて簡素化ではなく廃止するよう要求したこと、ならびに8月に結んだ米国との関税に関する共同声明で3つの規制についてさらなる柔軟性を追加する、とEU側が約束したことで事実上骨抜きになるのではないか、という点でした。
あれからわずか1か月ですが、予想通りにまた骨が抜かれたようです。
欧州委員会は、企業サステナビリティ報告指令(CSRD)に基づく非EU企業に対するサステナビリティ報告要件の導入を大幅に遅らせ、実施時期を少なくとも2027年10月まで延長すると発表した。
当初は2024年半ばまでに予定されていた非EU企業向け欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)はすでに一度2026年に延期されていた。今回の延期により、世界的な企業の持続可能性開示に関するEUの重要なメカニズムの1つが事実上停止された。この基準では、EU域内の売上高が1億5,000万ユーロを超える大手外国企業は、第三国事業専用のESRSフレームワークを用いて2028年から報告を開始することが義務付けられていた。
同時に、欧州議会はもう一つの主要なESG規制である企業サステナビリティデューデリジェンス指令(CSDDD)の範囲を縮小する動きを見せている。欧州人民党(EPP)の議員らは、社会主義団体やリベラル団体とともに、この法律の適用範囲を従業員数5,000人以上、売上高15億ユーロの企業に限定する妥協案に合意した。これは従来の従業員1,000人以上かつ売上高4億5,000万ユーロから引き上げられた基準である。
EU to Delay CSRD Sustainability Reporting Standards for non-EU Companies
この延期は、トランプ政権下の米国がCSRDに基づく報告義務を米国企業に課す提案に対し反発している状況下で生じたものであり、EUと米国が最近発表した枠組み合意に続くものだ。同合意には、EUがCSRDとCSDDDが「大西洋横断貿易に不当な制限を課さない」ことを確保するとの約束が含まれている。
日本では2026年度からGX-ETS(排出量取引)が義務化されます。日本政府は、GX-ETS義務化の理由としてCBAMへの対応を挙げています。しかし、CBAMの対象品目について、EUの輸入に占める日本の割合は、鉄鋼4%、アルミ1%、セメント0%、窒素肥料0%、水素及び希ガス1%、電力0%、日本からの輸出に占めるEUの割合は鉄鋼7%、アルミ9%です。
GX-ETSに強制参加させられる400社のうち、EUの輸入量上位10%に該当する企業が何社あるのでしょうか。
■
筆者が冒頭のアゴラ記事で指摘した点がもうひとつありました。GX-ETSと同様に、2026年度からスコープ3排出量の算定・開示を義務化する理由としてISSB(国際サステナビリティ基準審議会)基準がありますが、いずれも大義名分がなくなったので見直すべき、という点を指摘しました。
ISSB基準を受けて欧州で議論されているCSRD/CSDDDは事実上骨抜きとなり、米国ではSEC(証券取引委員会)が進めてきた気候関連情報開示規則が今年2月に廃案となりました。一方で日本は金融庁が所管するSSBJ基準ができました。この点が分かりづらいというご指摘をいただいたので、簡単なポンチ絵をつくりました。

企業に対するサステナビリティ規制の動向
筆者作成
日本だけがハシゴを外されそうなのです。このままでは日本企業だけがコスト増となり国際競争力の低下を招きます。
CBAM、CSDDD、CSRDは骨抜きになるため、GX-ETS、スコープ3義務化は早急に見直して自由化すべきです。やりたくもない企業に無理やりやらせるのは日本政府による産業界に対する優越的地位の濫用ではないでしょうか。
米国では気候カルテル、独占禁止法違反として取り締まりの対象とされる行為になりつつあります。「CBAMの影響を受けるからGX-ETSに参加したい」「スコープ3を計算すればサプライチェーンのCO2を削減できる」という企業があれば、自主的に取り組めばよいのです。今ならまだ間に合います。
■
関連記事
-
関西電力の高浜原子力発電所3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めを滋賀県の住民29人が求めた仮処分申請で、大津地裁(山本善彦裁判長)は3月9日に運転差し止めを命じる決定をした。関電は10日午前に3号機の原子炉を停止させた。稼働中の原発が司法判断によって停止するのは初めてだ。何が裁判で問題になったのか。
-
米国ブレークスルー研究所の報告書「太陽帝国の罪(Sins of a solar empire)」に衝撃的な数字が出ている。カリフォルニアで設置される太陽光パネルは、石炭火力が発電の主力の中国で製造しているので、10年使わ
-
きのうの日本記者クラブの討論会は、意外に話が噛み合っていた。議論の焦点は本命とされる河野太郎氏の政策だった。 第一は彼の提案した最低保障年金が民主党政権の時代に葬られたものだという点だが、これについての岸田氏の突っ込みは
-
カリフォルニア州の電気代はフロリダよりもかなり高い。図は住宅用の電気料金で、元データは米国政府(エネルギー情報局、EIA)による公式データだ。同じアメリカでも、過去20年間でこんなに格差が開いた。 この理由は何か? 発電
-
脱原発が叫ばれます。福島の原発事故を受けて、原子力発電を新しいエネルギー源に転換することについて、大半の日本国民は同意しています。しかし、その実現可能な道のりを考え、具体的な行動に移さなければ、机上の空論になります。東北芸術工科大学教授で建築家の竹内昌義さんに、「エコハウスの広がりが「脱原発」への第一歩」を寄稿いただきました。竹内さんは、日本では家の断熱効率をこれまで深く考えてこなかったと指摘しています。ヨーロッパ並みの効率を使うことで、エネルギーをより少なく使う社会に変える必要があると、主張しています。
-
2026年5月1日、三菱商事の中西勝也社長は決算記者会見で、2030年度までの脱炭素目標を修正した理由をこう説明した。 「中東情勢を含めて地政学リスクが顕在化した。脱炭素社会への国際協調の前提が揺らいでいる」。 三菱商事
-
はじめに 政府は「2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする」というネットゼロ目標を掲げている。 この方針は国際的にはパリ協定やIPCCの科学的知見を根拠にしており、「気温上昇を1.5℃以下に抑える」ことが究極のゴ
-
2025年5月、米国フロリダ州で画期的な法案が可決された。議会は、気候工学(ジオエンジニアリング)や天候改変行為を犯罪とする法案「SB 56」を通過させ、違反者には最大5年の懲役と10万ドルの罰金が科される見通しだという
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
















