春の嵐の夜に?電力会社社員の「供給本能」を思う?

2012年04月02日 15:00
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国際環境経済研究所理事・主席研究員

(GEPR編集部より)GEPRはNPO法人国際環境経済研究所(IEEI)と提携し、相互にコンテンツを共有します。主席研究員の竹内純子さんのコラムを転載します。

電力の「供給本能」が社員に染み付く

4月3日は、台風並みの暴風雨が全国的に吹き荒れた。交通機関などの混乱にとどまらず、全国で死者3人、けが人は300人を超える被害を引き起こしている。東京電力のウェブサイトによれば、23時現在、同社サービスエリア内で約2100軒が停電中という。電気が止まってしまったご家庭はさぞ心細い思いをされているだろうと心配しつつ、同時に、嵐の中で必死に復旧作業にあたっているであろう、かつての同僚の顔が目に浮かぶ。私は昨年末まで同社に勤めていた。

東京電力では、新入社員はまず支店・支社、いわゆる「現場」に配属される。私も入社から4年間を都内の支社で過ごし、電気事業の現場のイロハを学んだが、今思えば最大かつ最重要の行動原理として「我々は電力の供給義務を負っている」という考え方を刷り込まれたのだと思う。

落雷、台風、豪雨、雪など、電力設備は常に自然災害にさらされている。こうした自然災害の予報が出ると、休日であろうと夜中であろうと、社員は上司の指示など待つことなく集まってくる。事務職であった私も先輩の動きを真似て、支社に駆けつけたものだ。

各支社には、管轄エリア内の主要な電線に停電が起きると警報が鳴るシステムがある。あるとき、私が入社したばかりの頃、昼食時に警報が鳴った。それまでごったがえしていた社員食堂からはあっという間に人が消え、後には先輩たちの食べかけのラーメンと私だけが残されていた。マニュアルに書かれているわけではない。それが当然の行動であり、文化であり、見よう見まねをしているうちに体に染みつき、やがて自分自身の「本能」となるのだ。

「1アンペアブレーカー」というものがある。経済的な事情により電気料金が支払えず、電気の供給を止めざるをえないご家庭のために設置が許されている、1アンペアで落ちるブレーカーだ。本来は全ての電気を止めるべきところ、必要最低限の照明だけでも使えるようにという趣旨で導入されたものだ。電気を止められた家庭でロウソクが原因の火災が起きてしまったとことがきっかけだったと聞くが、どのような事情でも何とか電気の供給を止めたくないという、電力マンの「供給本能」の発露を見る思いである。

現場力は発送電一体の中で生まれた

現在、電力システム改革に関する議論が活発だ。私ももちろん、今のままで良いなどと言うつもりはない。電力会社、特に東京電力には、改善すべき点がおおいにある。ただ、現在の、発送電分離と電力自由化を検証なく正しいとする議論に、私は懸念を抱かざるをえない。

疑問の一つは、発送電分離によって「現場力」が弱まらないか、という点だ。東日本大震災の後、甚大な被害を受けた東北電力でさえ一週間以内に約9割の復旧を終えているなど、日本の電力各社の「現場力の高さ」に異論を唱える方は多くないだろう。

その証左として、日本の年間あたり停電時間は、世界的に突出して短い。この日本の電力会社の現場力の高さは、発送電一体運用による部門間の密な連携が、土台の一つとしてあるように思う。

例えば、災害からの電力復旧に際しては、単に発電設備を復旧すればよいわけではなく、病院など需要家の状況を確認して優先順位づけをする、再通電によって火災が起こらないよう確認しながら進めるといった、各部門の緻密な協力が必須なのである。震災からの復旧の際、東北電力の各部門がどのように連携して復旧にあたったかは、電力中央研究所・後藤久典主任研究員の研究「日本の電気事業の災害対応状況 (東日本大震災を中心に)」に詳しいが、発送電分離、すなわち発電部門と送電部門を分割しても、このような現場力は維持できるのだろうか。

拙速な自由化は安定供給を脅かさないか

もう一つは、自由化によって日常の電力安定供給まで脅かされないか、という点である。電力自由化は、端的に言えば電力を「商品」としてのみ扱い、価格と需給のバランスをマーケットに任せるという考え方である。もちろん自由化による社会的メリットもあるが、デメリットも大きい。最大の懸念は「停電を許容せざるをえない社会になる」という点であろう。理由はそれぞれに異なるが、電力自由化を導入している国では、軒並み停電が頻発している。

自由化推進を主張する方は言う。「日本は電力会社が電気を作り過ぎるからムダが多いのだ。電力が不足しそうになったら価格を高くすればよい。電気を買えない家庭は節電し、我慢するようになる」。理屈としては理解できる。

しかし、「赤ちゃんが泣くたびに駆け寄る必要はない。多少泣かせておいたほうが強い子に育つのだ」と言われても、親が子供を放置できないように、「電力の安定供給を最優先の行動原理とするDNA」を持ち、1アンペアブレーカーなどという機器を使ってまで電気を送り続けてきた電力マンが価格によって需給がバランスするまで手をこまねいてみていることができるとは思えない。

発送電分離も電力自由化も、電力というインフラを安定的かつ経済的に確保するための手段であるはずだ。しかし、現在の議論では、どうも手段が目的になっているように思えてならない。何が本来の目的なのか、その手段を選ぶことに拠って何が得られて、何を失うのか。言葉の響きに騙されず、冷静に見極める必要があると思う。

春の嵐の夜に、私は停電を心配する方、そして日本各地で電力供給を守ろうと働く人々の姿を思い浮かべながら、この原稿を書いている。嵐が一刻も早く通りすぎことを祈りながら。

竹内 純子(たけうち・すみこ)

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国際環境経済研究所理事・主席研究員

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