原発事故風評被害、誰が責任を負うべきか — 東電に全額負担させる疑問
あいまいな風評被害を定義する
風評被害: 根拠のない噂のために受ける被害。特に、事件や事故が発生した際に、不適切な報道がなされたために、本来は無関係であるはずの人々や団体までもが損害を受けること。例えば、ある会社の食品が原因で食中毒が発生した場合に、その食品そのものが危険であるかのような報道のために、他社の売れ行きにも影響が及ぶなど。(デジタル大辞泉より。下線は筆者による。)
昨年3月の大震災による放射性物質の環境流出により、福島や茨城県産の農畜産物が買い控えられる、あるいは同県への旅行客が激減する、さらには同県で作られた工業製品が出荷できないなどの「風評被害」が生じている。当然のことながら、大事故や大事件に伴って風評被害が生じるのは今回が初めてではない。例えば1996年に発生した病原性大腸菌O-157による食中毒では大阪府産のカイワレが、また1999年に起こった所沢のダイオキシン騒動では埼玉県産の農産物が、それぞれ買い控えの憂き目にあったように、枚挙にいとまがない。
風評被害とは、冒頭にも示した通り、「根拠のない」情報がもとになって「本来は無関係である」人々や団体が損害を受けることである。根拠がない以上、本来、事故を起こした人あるいは団体に責任を負わせるべきものではない。
コスト等検証委員会の1.3兆円導入の疑問
ところが、今回の放射性物質の流出では、恐るべきことに、政府は風評被害の責任を全て東電に負わせている。それのみならず、内閣府エネルギー・環境会議のコスト等検証委員会は、今回の震災を受けた発電コストの見直しにおいて、風評被害による損失額(推定額)をも原子力の発電コストに含めたのである[1]。その額は約1.3兆円に及ぶ[2]。
その内訳は、農林漁業・食品産業の風評被害(国内分):8338 億円 ・農林漁業・食品産業の風評被害(輸出分):651 億円 ・観光業の風評被害:3367 億円 ・製造業・サービス業等の風評被害:684 億円となっている。
| 項目 | 被害額 |
|---|---|
| 農林漁業・食品産業(国内分) | 8338億円 |
| 同上(輸出分) | 651億円 |
| 観光業 | 3367億円 |
| 製造業・サービス業 | 684億円 |
海外の一般的なリスク評価 — コスト等検証委員会の算出のおかしさ
発電による外部コストの評価手法としては、1990年代から2000年代初頭にかけて欧州で開発されたExtern Eがデファクトスタンダードとなっている。Extern Eは、原子力を含む代表的な発電技術について、その外部コスト、より具体的には環境外部コストを推計するための手法を示したものである。
当然のことながら、その中には原子力発電の重大事故に関する記述もある。事故により環境に放出された放射性物質によるさまざまな影響を想定し、事故確率と経済損失額の積から、その外部コストを評価した結果について記述している。ここで重要なのは、Extern Eでは風評被害は扱っていないということである。
では、Extern Eではどのようなコストを考慮しているのか。これを表2に示す。ここには避難や除染など、今回の福島でも行われたことがきちんと掲載されている。当然のことながら食品に関する記述もある。ところが、ここで挙げられている農畜産物の損失や廃棄とは、あくまで「出荷停止」、すなわち法で定めた基準値を超えたものについてのみであって、風評被害については一切、考慮していない。
これは当たり前である。事故と直接の関係がないものまで外部性に含めていたら、その範囲は著しく拡大するばかりでなく、何をどこまで含めるべきか、見当もつかない。コスト等検討委員会では、この風評被害による外部コストを原子力発電の原価に含めているが、もしこのようなものまで発電原価に含めるのであれば、風力発電の低周波騒音による健康被害や、タンカー事故時の重油流出による海洋汚染リスクなど、ありとあらゆる環境リスクについて、直接的影響、間接的影響の別を問わず、すべてリストアップして、損害額を算定した上で、発電原価に上乗せすればよい。
ところが今回のコスト評価で考慮されたのは原子力発電の風評被害だけである。これはあまりにも公平感を欠いた評価である。このようないびつな評価に基づいて、今後のエネルギー戦略を決定するべきではない。
ちなみに、風評被害額の1.3兆円の上乗せによる発電原価の上昇分は、0.12円/kWhに過ぎない。しかも、この計算は、40年に1度、日本において今回のような災害が生じるとの過大な仮定に基づいている。実際には40年に1度も起こるとは考えられない。Extern Eにおけるシビアアクシデント(炉心溶融)の発生確率は、1原子炉あたり5.0×10-5としている。この値を用いて計算すると、風評被害額の上乗せ分は僅か0.009円/kWhとなる。コスト等検証委員会には、原子力だけをことさら高く見せようとする恣意が働いているように見えるのは、筆者だけだろうか。
本稿では風評被害についてのみ言及したが、コスト等検証委員会の報告書の問題点はこれにとどまらない。今後も同問題について議論する予定である。
(出典:Extern E Externalities of Energy Vol.5 Nuclear pp.203, 1995.)
| 大項目 | 小項目 |
|---|---|
| 避難/転居 | 移動・輸送費 |
| 宿泊費 | |
| 収入損失 | |
| 重要施設等の損失 | |
| 除染 | 除染費 |
| 食品出荷禁止 | 農畜産物の損失 |
| 農業資本の損失 | |
| 廃棄費用 |
参考文献
[1]エネルギー・環境会議 コスト等検証員会:コスト等検証委員会報告書,2011年12月19日.
[2]東京電力経営・財務調査タスクフォース事務局:東京電力に関する経営・財務調査委員会報告,2011年10月3日.なお、[1]は風評被害額だけを単独に扱っていないが、[2]を元にして算出したことが明記されている。
関連記事
-
トリチウムを大気や海に放出する場合の安全性については、処理水取り扱いに関する小委員会報告書で、仮にタンクに貯蔵中の全量相当のトリチウムを毎年放出し続けた場合でも、公衆の被ばくは日本人の自然界からの年間被ばくの千分の一以下
-
2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、様々な面で世界を一変させる衝撃をもたらしているが、その中の一つに、気候変動対策の世界的な取り組みを規定するパリ協定への悪影響への懸念がある。 人類が抱える長期の課題である
-
小泉元首相の「原発ゼロ」のボルテージが、最近ますます上がっている。本書はそれをまとめたものだが、中身はそれなりの知識のあるゴーストライターが書いたらしく、事実無根のトンデモ本ではない。批判に対する反論も書かれていて、反原
-
先日3月22日の東京電力管内での「電力需給逼迫警報」で注目を浴びた「揚水発電」だが、ちょっと誤解している向きもあるので物語風に解説してみました。 【第一話】原子力発電と揚水発電 昔むかし、日本では原子力発電が盛んでした。
-
前回に続き「日本版コネクト&マネージ」に関する議論の動向を紹介したい。2018年1月24日にこの議論の中心の場となる「再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会」の第二回が資源エネルギー庁で開催されたが、
-
地球温暖化の「科学は決着」していて「気候は危機にある」という言説が流布されている。それに少しでも疑義を差しはさむと「科学を理解していない」「科学を無視している」と批判されるので、いま多くの人が戦々恐々としている。 だが米
-
基数で4割、設備容量で三分の一の「脱原発」 東電は7月31日の取締役会で福島第二原発の全4基の廃炉を正式決定した。福島第一原発事故前、我が国では54基の原発が運転されていたが、事故後8年以上が経過した今なお、再稼働できた
-
夏も半分過ぎてしまったが、今年のドイツは冷夏になりそうだ。7月前半には全国的に暑い日が続き、ところによっては気温が40度近くになって「惑星の危機」が叫ばれたが、暑さは一瞬で終わった。今後、8月に挽回する可能性もあるが、7
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間
















