国連サミット「リオ+20」参加報告 ?(上)合意文書の解説

2012年08月20日 17:00
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経団連自然保護協議会顧問

(GEPR編集部より)今年6月に行われた国連のサミット「リオ+20」についての報告を、NPO国際環境経済研究所の記事から転載する。(IEEI版

1992年にブラジルのリオデジャネイロで行われた「国連環境開発会議(地球サミット)」は世界各国の首脳が集まり、「環境と開発に関するリオ宣言」を採択。今回の「リオ+20」は、その20周年を期に、フォローアップを目的として国連が実施したもの。

92年の地球サミットは経済のグリーン化の流れを作った会議として知られる。そして、化石燃料の抑制、自然エネルギーシフト、温暖化の流れを止めるための原子力発電の再評価など、その後のエネルギー政策、産業の姿にも影響を与えた。

今回のサミットでは、どのような影響が、エネルギーの未来、私たちの生活にあるのであろうか。

(本文)

1・リオの交渉プロセスをどう読み解くか

1992年のリオサミット20周年を期して開催された国連持続発展会議(通称「リオ+20」)に対する評価は様々である(注1)。期待が大きければ失望も大きい。大きな期待を寄せていた人たちの間では、「何の成果も上げなかった」との声が高く、またそのような報道も読むが、本当にそうだろうか? (注2)(注3)

筆者は長らく国連気候変動枠組み交渉をフォローしてきたので、きっとリオ+20でも同様にギリギリまで合意が成立せず、閣僚間の徹夜交渉のあげくの「感動的」合意の瞬間とそれに続くStanding Ovation が目撃されるに違いない、と意気込んでリオに乗り込んだのだが、なんと、サイドイベントに参加していた19日に、あっさりと成果文書 “The Future We Want(私たちが望む未来)” の合意は成立してしまったのであった。(注4)

最初の草案発表以降30日を超える揉めに揉めた準備交渉(注5)は一体なんだったのか!と憤慨したくなるほどあっけない幕引きであった。

このため本番の閣僚交渉は単なる演説会と化し、緊張を欠くことおびただしかった。しかし、がっかりを通り過ぎて冷静に考えてみると、これはブラジル外交の大成功、と評価してよい国連交渉だったのではないか、と思うようになった。

ブラジル政府は明らかに国連気候変動枠組み交渉COP17(2011年)におけるダーバン合意の失敗に学んだのだと思う。

ダーバン合意は、EUとインドの環境大臣の火を噴くような応酬(注6)の後で、玉虫色文章で決着したのだが、案の定、翌2012年5月のボン交渉では、合意文書の解釈を巡って先進国対途上国の対立に加えて途上国の中でも対立が先鋭化し、2週間を空費したのであった。(注7)

 ブラジル政府は準備交渉30余日の空費にじっと耐え、最後の最後になって議長国裁定を持ち出し、有無を言わさぬ強引さで押し切った。このタイミングと力技は絶妙である。

環境をめぐる国際交渉で常に起こる混乱

国連気候変動枠組み交渉においては、議長が指導力を発揮しようとするや否や、”Country driven!(各国主導)” とか “Transparency! (透明性)” という錦の御旗が掲げられ、議長は立ち往生するのが常である。(注8)

この点ブラジルは上手に進めた。議長国裁定案「ブラジル文書」は、各国の利害がどうしても一致せず ”Country driven”(各国の持ち帰りによる協議)のままでは決裂するしかない、というタイミングをギリギリまで待って出された。しかも、「ブラジル文書」の噂が流れた時には既に公式website上で公開されていた。”Transparency” にも適応していたのである。

リオ+20の成果文書は、なるほど期待外れかもしれない。しかし、今の主要各国の政治事情・経済事情を考えれば、これ以上の成果が出せると本気で期待していた政府代表団はいなかったのではないか?

各国が決して呑めない表現は消す。決して合意できない条項は消す。そして各国に等しく不満足感を与えつつ、未決定事項は将来に期待をつなぐ。

こういう断固とした議長国の方針の下、プロの国連交渉官たちが膝詰で交渉を行ったのだ。「合意」に至ることはそんなに難しくなかったであろう。不満は残るとしても、少なくとも後になって解釈の違いで揉めることはないに違いない。

しかも、国連交渉官にとって最も避けなければならない事態、すなわち合意文書の採択に失敗し「国連は死んだ」という評価が下されるような事態は、回避されたのである。

そして「リオの伝説」も守られた。実に4万人を超える人々が世界中からリオに集まったのである。

この集客力! それをあらかじめ想定した複数のサイドイベント会場の設置(注9)。結果として、持続的発展に関することならおよそ考えられること全てをカバーする最新の知見・討論の膨大なデータベースが構築された。そして「リオ+20」で何かをした実績に与える「お墨付き効果」の絶大さ。

ブラジル外交の大成功、と筆者が思う所以である。

2・成果文章をどう読むべきか

期待外れと言われる成果文書 “The Future We Want” だが、予断を持たずに通読をしてみよう。「持続的発展」という概念を2012年時点の現実に照らしてどう捉え直すべきか、について包括的な記述(注10)がされている、と筆者は前向きに評価したい。

そのことが端的に表れたのが「リオ+20」の主要テーマの一つ “Green Economy” (グリーン経済)に関する記述である。

最初の草案の段階から既に「グリーン経済」は「持続的発展と貧困撲滅の文脈における」という条件句とセットになっていた。このことは、「グリーン経済」という概念の中に「持続的発展」や「貧困撲滅」という概念は自動的には含まれないのでわざわざ断り書きをする必要があった、という事情を端的に表している。

「グリーン経済」の定義がはっきりしない、とよく言われるが、EUの提案(注11)を読めば一目瞭然である。


「EUとそのメンバー国は、ライフサイクルアセスメントならびにカンクン合意に基づく低炭素開発戦略管理の全面的な実施により資源効率を向上させ物質の持続可能な管理を行うことの重要性を強調する。資源の価格・サービスの価格に環境外部性を反映すること、そして負の外部コストと非経済性に対してマイナスの動機付けをすること、さらに正の外部効果のある活動を奨励することが重要である。」

経済学で謂う所の「外部性の内部化」こそが「グリーン経済」の根幹部分であると分かる。

このEUの主張は、気の毒なほど矮小化されて合意文書パラグラフ60に痕跡を留めている。

「我々は、持続的発展と貧困撲滅の文脈におけるグリーン経済を、自然資源を持続的に管理しつつ環境へのマイナスの影響を低くする我々の能力ならびに資源効率を高め廃棄物を減らす我々の能力を高めるものとして、認知する。」

それ以外の「グリーン経済」に関する記述は、ああしてはいけない、こうしてもいけない、という手足を縛る禁止条項ばかり、といっても過言ではあるまい。複数のレッドラインに囲まれた狭苦しい領域が漠然と「グリーン経済」と定義されたに留まっている。

これでは確かに何のことか良く分からない。なぜそうなったか?

「貧困撲滅」という文脈

それは、“The Future We Want” の基調が実に「貧困撲滅」にあるからだ、と思う。通読すればすぐ分かる。ボリビアのモラレス大統領の演説を聞けば、もっとよく分かる。



「グリーン経済とは装いを新たにした植民地主義だ」ボリビア・モラレス大統領の演説(注12)

「外部性の内部化」は、必ずしも「貧困撲滅」や、その前提として必要な「持続的発展」を保証するものではない。国際経済の仕組みが途上国に不利になっている以上、先進国にとってますます有利になるだけだ。

このような途上国の声が色濃く反映された合意文書と読むべきであろう。そして、この途上国の声は、実は「外部性の内部化」理論の一番の弱点を突いているものだ、と思う。

「貧困」を日本で想像するのは難しい。筆者は団塊の世代なので「貧しかった日本」の記憶はある。しかし、名著『貧困の光景』新潮社(2007)で曽野綾子氏が描き出した「貧困」の諸相と比べれば、かつての日本の貧しさなど比較の対象にならない。

リオは犯罪が多く危険な街だと日本領事館からさんざんに聞かされていた。東京で開催されたその説明会の最後に「何か質問は?」と訊かれたのだが、会場は重苦しい沈黙に支配され誰もあえて質問しようとしなかった。筆者は「なぜそんなに危険なところで会議を開催するのでしょう?」と不謹慎な質問をしそうになったが、かろうじて呑み込んだ。

今回行ってみて、なぜリオで開催したのか、よく分かる気がした。「貧困の撲滅」の文脈はやはりリオで語る必要があったのだ。

リオの街は、ところどころ広大なスラム(ファベーラ)(注13)が広がっている。場所によっては、ファベーラの海の中に通常の街の機能がところどころ埋まっているようにすら見える。夜は明るく電灯が点りとてもスラムとは見えないが、電気は不法に近くの配電線からひっぱってきたものだそうだ。そして内部は犯罪組織が取り仕切っているらしい。

会期中にも、某領事館の車がファベーラに迷い込んでマシンガンを手にした自警団にとり囲まれたあげく軍の武装ヘリコプターによってかろうじて救出された、という事件が報道された。

こういう光景・風聞を毎日会場への行き帰りに見聞きすると、途上国の都市問題を議論するときに我々がとかく陥りがちな先進国的発想、「再生可能エネルギーでスマートコミュニティ!」など、いかに無力な提案か、よく分かる。

「子供達の未来のために美しい地球を守ろう!」というスローガンすら、むなしい。
 
「貧困の撲滅の文脈におけるグリーン経済」は、日本や欧米の豊かで安全な街で議論していては本質を見誤るものなのであった。

トップダウンからボトムアップへ

日本の若者代表が以下のように総括していることは示唆に富む。(注14)


「グリーン経済は … 意欲的な国、地方自治体、企業、NGO等による合同のフォーラムで成功や失敗の事例を共有し、取り組みを促進するための施策を計画したり、ニーズに合わせて主体間のマッチングをしたりするなど、具体的なやることベースで話す方がふさわしいテーマではないか … 。」

トップダウン的アプローチよりも、「具体的なやることベース」のボトムアップ的アプローチの実践が若者の間で増えていくことに期待したい。

成果文書は、地に足をつけて活動することの有効性に気づかせてくれたようだ。(了)

記事「国連サミット「リオ+20」参加報告−(下)企業と産業界にとっての今後の課題」に続く。

脚注)

1・リオの交渉プロセスをどう読み解くか

(注1)日本国内の様々なステークホルダーの評価については、「リオ+20国内準備委員会会合資料」(事務局三菱総研)の資料4-1から4-10参照。

(注2)環境NGOの期待は、リオ宣言以降一向に改善されない温暖化ガス排出・生物多様性・砂漠拡大に決定的に歯止めをかけるような、そして化学物質規制・核廃絶などを新たに付け加えた、何か壮大なトップダウン型の国連枠組みに合意が成立する、というものであったろう。

女性グループの期待は「reproductive rights(産む権利・産まない自由)」の保証であったろう。途上国の期待は先進国からの資金支援の大幅拡大であったろう。EUの期待は「グリーン経済」への確かな道筋の約束であったろう。先進国共通の期待は、今や時代遅れとなった「共通だが差異ある責任」原則の見直しであったろう。

これらの大きな期待は全て満たされなかった。

(注3)国内各紙の報道は、地球環境パートナーシッププラザ(GEOC)の「リオ+20関連メディア報道一覧」に掲載

(注4)「私たちが望む未来」(国連によるプレスリリース・英語)
「私たちが望む未来」(事前パンフレット・日本語)

(注5)この30日余の交渉の様子はカナダの研究機関IISDのサイトを参照。(英文)(1月時点)(最終)

(注6)IISDのCOP17の記録
2つ目の写真参照

(注7)IISDのCOP17報告文章(英語)参照

(注8)前者は「議長は勝手に文案を作るな!」、後者は「議長は陰でこそこそと何をやっているのか!」という意味

(注9)リオ+20のサイドイベント一覧

2・成果文章をどう読むべきか

(注10)むろん全く言及すらされなかった重要テーマもある。例えば、「Reproductive Rights」(産む権利・産まない自由)の問題。参加者のコラム「Holy see forges consensus around human dignity Rio20
を読むと諸問題の根源=人口問題がいかに微妙なテーマであるか良く分かる。

(注11)EUのリオサミットの提案草稿

(注12)ボリビア・モラレス大統領の演説

(注13)ブラジルのスラムを描写したブログ(記事1)(記事2)

(注14)前掲リオ+20国内準備委員会会合資料」(事務局三菱総研)資料4-4参照

(2012年8月20日掲載)

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