電力自由化、発電所建設は「社会主義」でないと難しい

2013年06月03日 15:00
アバター画像
常葉大学経営学部教授

IEEI版

利益の出ない設備は誰も持たない

自由化された電力市場では、夏場あるいは冬場の稼働率が高い時にしか利用されない発電設備を建設する投資家はいなくなり、結果老朽化が進み設備が廃棄されるにつれ、やがて設備が不足する事態になる。

1年の一時期しか運転されない発電所では売電による収入が少なく、投資家が必要とする収益率を満たさないためだ。さらに問題は、発電所を建設しても長期間に亘りいつも確実に発電できる保証が得られないことだ。競争する他の電源の将来コストが予測できないために、他の電源よりコストが高くなれば、いつも市場で電気が売れるとは限らない。

この問題を解決するためには、設備を建設すれば、たとえ発電しなくても一定額の報酬が支払われるキャパシティペイメント(容量市場)が必要とされることは今までのブログでも指摘してきた。1990年に電力市場を自由化した英国では、今後2030年に向けて多くの老朽化した石炭火力発電所が閉鎖される予定だ。このまま市場に任せた場合には、代替設備が建設されず停電も予想される事態になっている。

英国で予備率は縮小した

図は英国政府エネルギー気候変動省が予想する今後の電力予備率を示している。日本では予備率は最低でも3%程度なければ停電の可能性ありと言われているが、英国の予備率は需要増の場合には図の赤の線が示す通りマイナスになると予想されている。停電が発生するということだ。ガスとの価格差によってはかなりの電力需要増が今後あり得ると予想されているので、停電の可能性は空絵ごとではない。

この事態を防ぐために、英国政府は洋上風力を主とした再生可能エネルギーと原発からの発電については常に一定額の支払いを保証する制度を導入する予定だ。再生可能エネルギーが増加すると、発電ができない時のバックアップ電源が必ず必要になるが、その電源としては二酸化炭素排出量が相対的に少ない天然ガス火力の稼働が期待されている。ガス火力については容量市場により、設備を建設すれば発電の有無にかかわらず一定額を支払う制度を検討している。支払い期間は、例えばガス火力の新設設備については10年間だ。

「長期契約を保証するのはソビエト」

この英国の制度についての欧州委員会のギュンター・エッティンガー・エネルギー担当委員の発言を、5月1日付英ガーディアン紙が取り上げている。同紙の報道によれば、2月に開催された欧州議会議員を中心メンバーとする欧州エネルギーフォーラムの会合に招かれたエッティンガー委員は質問に答える形で「原発企業に長期契約を保証するのはソビエト」と発言した。

発言者は匿名扱いとの暗黙のルールが同会合にはあったが、出席者の一人が発言者を特定しツイートしたために、委員の発言は広く知られることになった。委員はその後発言に関する質問に答える形で「英国が容量市場を導入しようとしている関連で冗談として言及した」と釈明している。ちなみに発言内容を最初にツイートした出席者はその後開催されたエネルギーフォーラムの会合には出席を拒否されたと報道されている。

自由化から一挙に「社会主義」にならなければ望む発電設備が確保できないとすれば、自由化市場は何をもたらしたのだろうか。

連載をしているWedge Infinity のウェブマガジンにも英国の電力・温暖化政策に関する記事を書いたので、そちらもお読み戴ければ幸甚です。

(2013年6月3日掲載)

 

This page as PDF

関連記事

  • 女児の健やかな成長を願う桃の節句に、いささか衝撃的な報道があった。甲府地方法務局によれば、福島県から山梨県内に避難した女性が昨年6月、原発事故の風評被害により県内保育園に子の入園を拒否されたとして救済を申し立てたという。保育園側から「ほかの保護者から原発に対する不安の声が出た場合、保育園として対応できない」というのが入園拒否理由である。また女性が避難先近くの公園で子を遊ばせていた際に、「子を公園で遊ばせるのを自粛してほしい」と要請されたという。結果、女性は山梨県外で生活している(詳細は、『山梨日日新聞』、小菅信子@nobuko_kosuge氏のツイートによる)。
  • 去る10月22日に経済産業省は、電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(FIT法)に関して、同法に基づく価格決定ルールの運用変更案を定めた省令、告示のパブリックコメントを開始した。この改正内容のう
  • ロイターが「世界の海面上昇は史上最高になり、海面が毎年4.5センチ上がる」というニュースを世界に配信した。これが本当なら大変だ。この調子で海面が上がると、2100年には3.6メートルも上がり、多くの都市が水没するだろう。
  • 去る6月23日に筆者は、IPCC(国連気候変動政府間パネル)の議長ホーセン・リー博士を招いて経団連会館で開催された、日本エネルギー経済研究所主催の国際シンポジウムに、産業界からのコメンテーターとして登壇させていただいた。
  • 経産省・資源エネルギー庁は、現在電力システム改革を進めている。福島原発事故の後で、多様な電力を求める消費者の声が高まったことが背景だ。2020年までに改革は完了する予定で、その内容は「1・小売り全面自由化」「2・料金規制撤廃」「3・送配電部門の法的分離」などが柱で、これまでの日本の地域独占と「10電力、2発電会社」体制が大きく変わる。
  • ウクライナ戦争の帰趨は未だ予断を許さないが、世界がウクライナ戦争前の状態には戻らないという点は確実と思われる。中国、ロシア等の権威主義国家と欧米、日本等の自由民主主義国家の間の新冷戦ともいうべき状態が現出しつつあり、国際
  • COP26において1.5℃目標、2050年カーボンニュートラルに向けて強い政治的メッセージをまとめあげた英国であるが、お膝元は必ずしも盤石ではない。 欧州を直撃しているエネルギー危機は英国にも深刻な影響を与えている。来春
  • 最近、放射線の生体影響に関する2つの重要なリポートが発表された。一つは、MIT(マサチューセッツ工科大学)の専門家チームが発表した研究成果(「放射能に対する生物学的解析の統合研究?ネズミへの自然放射線比400倍の連続照射でDNAの損傷は検出されず」(英語要旨)「MITニュースの解説記事」)である。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑