原子力に未来はあるのか

2014年05月19日 15:00
池田 信夫
アゴラ研究所所長

池田信夫Blog版

5月13日に放送した言論アリーナでも話したように、日本では「原子力=軽水炉=福島」と短絡して、今度の事故で原子力はすべてだめになったと思われているが、技術的には軽水炉は本命ではなかった。1950年代から「トリウム原子炉の道—世界の現況と開発秘史」のテーマとするトリウム溶融塩炉が開発され、1965年には発電を行なった。理論的には溶融塩炉のほうが有利だったが、軽水炉に勝てなかった。

それは軽水炉には、原子力潜水艦という「キラー・アプリ」があったからだ。小型で構造が簡単で、空気なしで何年もエネルギーを供給できる軽水炉は原潜に最適で、米海軍の電気部門の責任者ハイマン・リッコーヴァーが強く推進した。その要素技術は核兵器と共通で、核分裂でできるプルトニウムが核兵器の材料になることも有利だった。

しかしこれは商業用の原子炉としては、不利な要因ともなる。海軍が莫大な初期投資をしたので、軽水炉は安上がりだったが、炉心溶融という致命的な事故を原理的には防止できないため、安全設備に大きなコストがかかる。そこから出てくるウランやプルトニウムの拡散を防ぐコストも大きい。リッコーヴァーは、晩年に「核拡散を防ぐためには軽水炉をやめるべきだった」と述懐したという(本書p.226)。

本書の推奨するトリウムは、ウランに比べると4倍の埋蔵量があり、放射能もきわめて微量だ。核反応でウラン233ができるが、これで核兵器をつくることはできない(不可能ではないが非常に困難)。またエネルギーが上がると、液体(溶融塩)が膨張して核反応が止まる固有安全性があるため、炉心溶融のような暴走は物理的に起こりえない。

しかし世界の原子力業界では、軽水炉とその延長上の高速炉が圧倒的多数派で、今週の番組でも専門家が説明したように、実用に近いのはこのグループの技術だけだ。日本にもトリウムの研究者はいるが、理論の域を出ない。開発予算がつかないからだ。

日本の政治的状況を考えると、向こう10年は軽水炉の新規立地は政治的に不可能だろう。このまま原発を新設しないと、おのずから2040年代にはほぼ「原発ゼロ」になる。電力業界も政治的に厄介な原発より、コストの安い石炭火力に力を入れている。それは経営合理的だが、長期的に考えるとどうだろうか。

あと20年で世界のエネルギー消費は40%増え、地球温暖化も進む。このまま原発を減らし、火力をどんどん増やして大丈夫なのだろうか。再生可能エネルギーに代えるとドイツのように電気代は倍増するが、それで日本経済はもつのだろうか。

軽水炉も高速増殖炉も有望な技術とはいえないが、本書もいうように、それは原子力という大きな可能性のある技術の中の一つの選択肢にすぎない。トリウム型原子炉の燃料効率は軽水炉の200~300倍で、炉心溶融を防ぐ多重の安全設備も必要なく、核拡散のリスクもないので、全体的コストは軽水炉よりはるかに安いという。

長期的には、化石燃料が値上がりし、炭素税がかかるようになると、原子力が再評価されるかも知れない。日本の原子力産業は世界のリーダーなので、研究開発は続けるべきだ。軽水炉に未来はないが、原子力にはまだ大きなイノベーションの可能性がある。

(2014年5月19日掲載)

This page as PDF

関連記事

  • EU委員会
    7月20日公表。パリ協定を受け、欧州委員会が加盟諸国に、規制基準を通知した。かなり厳しい内容になっている。
  • 小泉純一郎元首相は、使用済核燃料の最終処分地が見つからないことを根拠にして、脱原発の主張を繰り返している。そのことから、かねてからの問題であった最終処分地の選定が大きく問題になっている。これまで、経産大臣認可機関のNUMO(原子力発電環境整備機構)が中心になって自治体への情報提供と、立地の検討を行っているが、一向に進んでいない。
  • 原子力規制委員会は、運転開始から40年が経過した日本原子力発電の敦賀1号機、関西電力の美浜1・2号機、中国電力の島根1号機、九州電力の玄海1号機の5基を廃炉にすることを認可した。新規制基準に適合するには多額のコストがかか
  • 9月14日、政府のエネルギー・環境会議は「2030年代に原発ゼロ」を目指す革新的エネルギー環境戦略を決定した。迫りくる選挙の足音を前に、エネルギー安全保障という国家の大事に目をつぶり、炎上する反原発風に気圧された、大衆迎合そのものといえる決定である。産業界からの一斉の反発で閣議決定にまでは至らなかったことは、将来の国民にとって不幸中の幸いであった。報道などによれば、米国政府筋などから伝えられた強い懸念もブレーキの一因と いう。
  • 【概要】特重施設という耳慣れない施設がある。原発がテロリストに襲われた時に、中央操作室の機能を秘匿された室から操作して原子炉を冷却したりして事故を防止しようとするものである。この特重施設の建設が遅れているからと、原子力規
  • G7では態度表明せず トランプ政権はイタリアのG7サミットまでにはパリ協定に対する態度を決めると言われていたが、結論はG7後に持ち越されることになった。5月26-27日のG7タオルミーナサミットのコミュニケでは「米国は気
  • 近年における科学・技術の急速な進歩は、人類の発展に大きな寄与をもたらした一方、その危険性をも露わにした。典型的な例は、原子核物理学の進歩から生じた核兵器であり、人間の頭脳の代わりと期待されたコンピュータの発展は、AI兵器
  • 自動車メーカーのボルボが電気自動車C40のライフサイクルCO2排出量を報告した。(ニュース記事) ライフサイクルCO2排出量とは、自動車の製造時から運転・廃棄時までを含めて計算したCO2の量のこと。 図1がその結果で、縦

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑