中川恵一氏に聞く、低線量被ばくの誤解と真実・1-発がんは増えますか?

低線量放射線の被ばくによる発がんを心配する人は多い。しかし、専門家は「発がんリスクは一般に広がった想像よりも、発がんリスクははるかに低い」と一致して指摘する。福島原発事故の後で、放射線との向き合い方について、専門家として知見を提供する中川恵一・東大准教授に聞いた。(全3回)
Question 1
福島第一原発事故による被ばくで発がんは増えますか?
Answer 1 低線量のひばくであり、発がんは増えないでしょう。
—まず、放射線がどのように人体に影響を与えるか教えてください。
中川 放射線を浴びると、細胞の核の中にある、細胞をつくるDNAを傷つけてしまいます。しかし、人間の体には放射線がDNAを切断しても、それを修復する仕組みがあります。ですから、ゆっくりと放射線を浴びた場合には、この細胞の修復機能が働き、健康への悪影響は抑えられます。
一方で、原子爆弾の爆発の際のように、一瞬で高線量の放射線を浴びた場合には、細胞を修復する機能が追いつかず、健康被害の可能性が出てきます。修復しきれずに、傷が残ってしまったDNAは異常な設計図となり、「死なない細胞」になることがあります。これが、がん細胞です。
—どれくらいの被ばく量で発がんのリスクが出るのですか。
中川 発がんリスクは放射線の量に比例して発生する確率が高くなると考えられ、年100mSv(ミリシーベルト)の被ばくで、がんの発生がわずかに増加することが観察されています。被ばくをしなかった人と比べて、生涯被ばくが100〜200mSv増加した場合に、発がんのリスクは1.08倍になるという観察結果です。この率は喫煙など他のがんの増加をもたらす要因よりも、はるかに低いものです。
福島事故の場合には、年100mSvの水準まで被ばくした人は見つかっていません。作業員で最大82mSvであり、福島県民の被ばく量では99%が10mSv以下です。その水準の被ばくで、がんは増えないと専門家の意見は一致しています。
—私たちが自然に受ける放射線量はどの程度ですか。
中川 日本での年間の自然被ばく量は平均で2.1mSvです。内訳は宇宙、大地、食べ物、そして空気中のラドンからの被ばくです。暮らしの中では医療の被ばくがあります。CTスキャンなどは1回で7mSvの被ばくをします。
また世界で見ても、放射線を発する岩石などの土地では放射線量が高くなります。例えば、北欧では年7~8mSvの場所があります。イランのラムサールでは、年260mSvの場所もあります。こうした場所に住んでいても、がんが増えるとの報告はありません。
バナナにもある天然の放射性物質
—食物からの内部被ばくを懸念する声があります。
中川 そもそも日本の食物の放射線量は高くありません。政府が事故直後に厳格な食物、水・飲料の流通基準をつくりました。そして農家、流通業者がまじめに、それに従っています。福島県内の食品を、さまざまな研究機関が調べましたが、県内の農産品で食事をしたとしても食品からの被ばくは年0.02 mSv ほどで、日本の他地域と変わりません。
また、放射線の被ばくのあり方は、体内からのものであろうと外からのものも同じです。放射線の影響は、中からも外からも同じように細胞に加わるからです。
野菜やバナナにはカリウム40という天然の放射性物質があります。ところが野菜を食べた方が、健康にいい。過度に食物からの被ばくを心配する必要はありません。
−すると福島第一原発事故による発がんの増加は、まずないと考えてもいいですか。
中川 そう考えています。私はがんの放射線治療をする医師として、放射線を日常的に取り扱っています。私のような専門医は年10mSv程度の放射線を当たり前のように浴びます。ですから低線量の被ばくについて、自分の体験と臨床経験、そしてさまざまな科学的研究の集積によって、何が起こるか予想できます。それに基づいて考えると、福島第一原発事故による放射線の被ばくでは、発がんは増えないと言えます。
−福島事故で、次世代の人々への放射線の影響は残るのでしょうか。
中川 広島・長崎の原爆では、被ばく者をひとりでも多く救うために、詳細な調査が継続されています。先ほど述べた「低線量被ばくの健康影響は観察されない」というデータは、広島・長崎の研究から示されたものです。
調査の結果、被ばくした人たちの子孫への悪影響は、まったく観察されていません。そのことからも、福島事故による出産への影響は皆無と判断できます。これは安心して福島に住み続けられる理由の一つになるでしょう。
逆に検診を徹底して戦後行ったために、広島市は政令都市で、女性の寿命が全国で1位になったこともありました。広島・長崎の悲劇から得られた知見は福島の復興のために、大いに参考になります。
(2、3に続く)(10月6日掲載予定)
中川恵一(なかがわ・けいいち)1960年東京生まれ。東京大学医学部附属病院放射線科准教授、緩和ケア診療部部長。医学博士。東京大学医学部医学科卒業後、スイスのポール・シェラー研究所に客員研究員として留学。がんの放射線治療を行う。著書に『放射線のひみつ』(朝日出版社)、『自分を生ききる』(養老孟司氏との共著、小学館)、『専門医が教える がんで死なない生き方』(光文社新書)ほか多数。
この原稿はエネルギーフォーラム9月号「いま伝えたい低線量被ばく「本当のリスク」」掲載の原稿を編集しました。転載を許諾いただいた、同社関係者の皆様、また中川先生に感謝を申し上げます。
(取材・編集 アゴラ研究所フェロー 石井孝明)
(2014年9月29日掲載)

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