1%減イコール1兆円--温室効果ガス数値目標の本当のコスト

2014年11月17日 16:00
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

(IEEI版)

要旨「数値目標を1%上積みするごとに、年間1兆円の費用がかかる。これは1トンCO2あたり10万円かかることを意味する。数値目標の本当のコストは途方もなく大きいので、安易な深掘りは禁物である。」

2015年のCOPに向けて、日本は「約束草案」の提出を求められている。そこでは2025年ないし2030年のCO2の数値目標をどうするかということが焦点になっている。

数値目標を決めるには、その費用を知りたい。これまでも、積み上げ計算やエネルギー経済モデル計算がなされた。もちろん、これらの試算は有用である。

しかしながら、重大な誤りもあった。いずれの試算も、「政府は合理的で、コストが安い順に対策をする」と想定してきた。だがこれは全く違った。

政府の失敗

現実の政府は、わざわざ高コストの政策を選択する。全量買い取り制度(FIT)による太陽電池は、トンCO2あたり10万円もかかる。(注1記事「太陽光6900万kWの負担は39兆円」

なぜ、政府はわざわざ高コストの政策を選択するのか。個々の職員は有能だ。だが政府とは、コスト最適化を図るプレーヤーではない。政策は、政治家、省庁、企業、学者、NGO等が、それぞれの利害をぶつけあい、その相互作用の結果生まれてくるものである。このため、極めて効率が悪くなりうる。これは学界の術語では「政府の失敗(governmental failure)」という。これはIPCC報告書でも詳述されている。

1兆円、1%、10万円/トン

太陽電池はもっとも目立つ例である。だが決して例外ではない。家電エコポイント制度は7千億円を費やしたが、70万円/トンと、更に効率が悪かったとRITE秋元氏が試算した。バイオマスニッポン総合戦略に至っては、6.5兆円を費やしたが、CO2削減の効果はゼロだったと総務省が評価した。10万円/トンCO2というのは、安い方かもしれない。

もちろん、効率の良い政策もあろう。だが、全体としては、京都議定書目標達成計画に列挙されている膨大な温暖化対策について、費用対効果はほとんど明らかになっていない。

もはや「政府は合理的で、コストが安い順に対策をする」という前提は、葬り去らねばならない。現実の経験に学ぼう。今後、どのような数値目標であれ、CO2削減には、1トンあたり10万円かかると見ることが妥当だ。日本のCO2排出量は約10億トンなので、1%の削減には1兆円かかることになる。この「1兆円、1%、10万円/トンCO2」は覚えやすいので、ぜひ記憶して頂きたい。

数値目標達成の費用

つまり排出削減量が日本の排出量のx%ならば、この%を兆円を読み替えて、毎年x兆円の費用がかかる、という「親指ルール」が成立する。

たとえば、安倍政権の成長戦略のように、2%の経済成長が続くとするならばどうか。2030年までに15年間あるので、経済は30%成長する。技術進歩、産業構造変化や既存の省エネ法等によって、CO2排出のなりゆきの伸びは仮にこの半分に留まるとしても、CO2排出は15%増大することになる。「親指ルール」を適用すると、これを0%にするためには年間15兆円がかかり、これを△10%に深掘りすると、さらに10兆円が上積みされて、毎年25兆円の費用、ということになる。

数値目標を1%上積みするごとに、年間1兆円の費用がかかる。この緊張感をもって、数値目標の議論は進めねばならない。

なお本稿についてさらに詳しくは拙著「地球温暖化とのつきあいかた(ウェッジ社、9月20日刊行)」をご覧ください。

(2014年11月17日掲載)

This page as PDF
アバター画像
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

関連記事

  • ロシアの国営原子力企業ロスアトムが、日本とのビジネスや技術協力の関係強化に関心を向けている。同社の原子力技術は、原子炉の建設や安全性から使用済み核燃料の処理(バックエンド)や除染まで、世界最高水準にある。トリチウムの除去技術の活用や、日本の使用済み核燃料の再処理を引き受ける提案をしている。同社から提供された日本向け資料から、現状と狙いを読み解く。
  • 【出席者】 石破茂(衆議院議員・自民党) 市川まりこ(食のコミュニケーション円卓会議代表) 小野寺靖(農業生産者、北海道) 小島正美(毎日新聞編集委員) 司会:池田信夫(アゴラ研究所所長) 映像 まとめ記事・成長の可能性
  • 2015年7月15日放送。出演は村上朋子(日本エネルギー経済研究所研究主幹)、池田信夫(アゴラ研究所所長)、石井孝明(ジャーナリスト)の各氏。福島原発事故後、悲観的な意見一色の日本の原子力産業。しかし世界を見渡せば、途上
  • アゴラ研究所とその運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクのGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)は12月8日、第4回アゴラシンポジウム「原子力報道・メディアの責任を問う」を静岡県掛川市で開催した。
  • 環境保護局(EPA)が2014年6月2日に発表した、発電所からのCO2排出量を2030年までに2005年に比べて30%削減することを目標とした規制案「クリーン・パワー・プランClean Power Plan」。CO2排出削減の目標達成の方法として、石炭火力から天然ガス火力へのシフト、既存発電技術の効率向上、省エネ技術の導入による促進などとともに、再生可能エネルギーや原子力発電などの低炭素電源を開発していくことが重要施策として盛り込まれている。
  • 1997年に採択された京都議定書は、主要国の中で日本だけが損をする「敗北」の面があった。2015年の現在の日本では国際制度が年末につくられるために、再び削減数値目標の議論が始まっている。「第一歩」となった協定の成立を振り返り、教訓を探る。
  • 7月1日の施行にあわせ、早速、異業種の企業が、再エネに参入を始めました。7月25日時点での設備認定件数は約2万4000件。このほとんどは住宅用太陽光ですが、中でも、風力2件、水力2件、メガソーラーは100件など、たった1か月で、本格的な発電事業が約100事業、生まれた勘定になっています。また合計すると、既に40万kW程度の発電設備の新設が決まったこととなり、今年予想されている新規導入250万kWの1/5程度を、約1か月で達成してしまった勘定となります。
  • スマートジャパン
    スマートジャパン 3月14日記事。環境省が石炭火力発電所の新設に難色を示し続けている。国のCO2排出量の削減に影響を及ぼすからだ。しかし最終的な判断を担う経済産業省は容認する姿勢で、事業者が建設計画を変更する可能性は小さい。世界の主要国が石炭火力発電の縮小に向かう中、日本政府の方針は中途半端なままである。

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑