原子力規制委、未熟な運用体制と欠陥(下)
(上)より続く。
3条行政委員会の意義-未整備の準司法・準立法権限の実施体制
もう一つは、三条委の独立性の要件として、講学上、準司法的権限及び準立法的権限をもつことがあげられていることとの関連である(注11)。
準立法的権限は規制委設置法第二六条により規則制定権が付与されているが、準司法的権限に関する規定は何もない。従って規制委設置法は単なる組織法にすぎないといわなければならない。また、規制法にも準司法的手続きの規定はない。規制委の審査の結果によっては事業者側は施設の立地や稼働が大きく制限されることになるのであるから、審査を受ける側の弁明や資料の提出が認められ、それらも審査の対象にしなければならない。
ところが規制委の審査、判断の過程はそれによって不利益を受ける側の主張、立証の機会が法律上、手続的に保障されていないのである。従って規制委ないしは有識者会合において事業者側の資料の提出を受けつけなかったり、会合への出席や発言も認めなかったりしても形式上は何ら手続き違反とはならないという、おかしな結果になる。要するに対審構造になっていないのである。これは有識者会合以前の問題であり、審査体制そのものに欠陥があるというべきである。
原子力法体系の構造
次に前述のように規制委設置法や規制法が、規制委が三条委としての体制を伴わないのであれば、それが原子力基本法(基本法)との関わりにおいてどのような問題があるかについても検討しなければならない。
基本法は「原子力の研究、開発及び利用を推進することによって」、「人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的」とした上で、「平和・安全・民主・自主・公開」の五原則を規定している。換言すれば、基本法はこの五原則を前提とすることによって法の目的(社会の福祉と生活向上)が達成されるという条件関係に立っており、ここに基本法の法規範性と拘束力をみることができる。
この5原則はさらに「平和・安全」と「民主・自主・公開」に二分される。前者は主としてわが国の戦争体験による教訓である。この意味で「民主・自主・公開」は基本法の必須要件であるといえる(注12)。
組織法である規制委設置法や規制法を中心とする原子力利用法は、基本法の原則を具体化する形で制定されなければならない内在的な制約を受けている。国会は五原則に反する内容の法律をつくったり、それらの重要または基本的な事項については政令等の下位規範に移譲することができない。これは講学上、法規範の形式的効力関係といわれ、これがしたがわれないと憲法を頂点とした国法秩序が崩れ、ひいては民主主義がおびやかされることになる。
規制委は三条委としての独立権限を与えられたが、その際、同時に新法で公正取引委員会等のような準司法的手続きを整備することなく、従前の規制法をほぼそのまま踏襲し、経済産業大臣や文部科学大臣を規制委と読み替えたにすぎなかった(注13)。また事務局も旧保安院をそのまま原子力規制庁にしている。
これでは規制委が法律的にも運用上も三条委員会としては未熟な体制にあることにあると私には思える。それはおそらく規制委が、大震災と福島第一原発事故という未曽有の社会的混乱状況の中で急いでつくられたことと無縁ではあるまい。
筆者はわが国でも原子力安全委員会(旧安全委)はアメリカのNRCのように自前の専門家、事務局、事務所をもたなければならないと事あるごとに発言してきた(注13)。
旧安全委は許認可の権限がないことはもとより、事故調査の権限もなく、国家行政組織法第八条の諮問委員会にすぎなかった。規制委が福島事故を教訓に三条委として発足すると聞いて喜んだが、三条委としての準司法的手続きの整備は全くない上に、有識者会合という何の権限も責任もなく、規制委設置法に根拠のない一民間人に新基準の調査と判断を実質的に丸投げしている事態に接し、これでは旧安全委以前の状況に戻っていると言わざるをえない。これでは今のような有識者会合を認めている規制委設置法や規制法による審査体制は原子力の最高規範である基本法の第二条一項の「民主的な運営の下」という文言に背くといわなければならない。
最後に規制委や有識者会合の議論は公開されており、一見透明性が確保されているようにも思われるが、しかし、会議の公開と手続きや運用が公正中立な体制となっているかということは全く別の問題である。
私は規制委が有識者に調査を命じ、報告書を出させることも時には必要かとは思うが、その場合、規制委の体制を公正取引委員会や公害等調整委員会等のような準司法的手続きを整備した上で、「鑑定」の方法により行うべきだと考える。
「有識者会合」という言葉は、総理大臣や省庁レベルでも何か大きなテーマについて私的に招集し、意見をまとめてもらい、それを政策に反映させる手法で用いられている。しかし、原発の敷地が新基準に適合するか否かについて現地調査し、評価の作業をして評価書をまとめることは政策の立案とは異なり、民間の財産権に関する事項であるから、何ら法的資格や責任もない「有識者」に行わせることではない。
(注)
11・佐藤功・前掲書268頁。例えば公正取引委員会の準司法権限の具体的内容については、石橋忠雄の「中立・公正・独立」な立場で」エネルギーレビュー・2013年10月号参照
12・この五原則は原子力基本法制定の際、日本学術会議の決議と政府への申し入れによって実現した経緯がある(保木本一郎「原子力と法」153頁。日本評論社)
13・原発の運転期間を40年とする規定を新設しているが、これも手続規定ではない
14・石橋忠雄・「わが国の原子力法体制の諸問題(下)—高レベル放射性廃棄物を中心に」原子力工業第35巻第7号
石橋忠雄 青森弁護士会所属弁護士。石橋法律事務所代表。中央大学法学部卒、日弁連公害対策環境保全委員会原子力部会長、原子力委員会高レベル放射性廃棄物処分懇談会委員、原子力研究・開発・利用長期計画策定会議委員などを務め、日米欧の原子力施設を調査し、米国にて原子力法制の調査・研究に携わるなど経て、現在に至る。
(2015年3月30日掲載)
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