東芝の損失はなぜ105億円から7000億円になったのか

東芝の損失は2月14日に正式に発表されるが、日経新聞などのメディアは「最大7000億円」と報じている。その原因は、東芝の子会社ウェスティングハウスが原発建設会社S&Wを買収したことだというが、当初「のれん代(買収による損失)は105億円」と発表されていた。それがなぜ7000億円になったのか?
この事件はまだわからないことが多いが、S&Wの買収額は2億3000万ドルなので、買収で7000億円もの損失が出ることはありえない。関係者によると、東芝の経営陣に大きな見込み違いがあったおそれが強い。その原因は、規制の強化だ。
NRC(原子力規制委員会)の規制は日本よりきびしく、建設申請から完成まで10年以上かかる。いま建設中の原発も80年代から計画が始まったが、2011年の福島事故のあと規制が強化され、工事が大幅に遅れた。WHはアメリカ国内で5基の原発を受注しているので、工事費が1基あたり1400億円ぐらい増えたと考えられる。
しかしこのようなリスクは、東芝がWHを買収した2006年にはわかっていたはずだ。買収額は6600億円だから、7000億円を差し引くとWHの企業価値は(結果的には)ゼロだったことになるが、東芝はそのリスクを知らないで買収したと思われる。この背景には、日米の商慣習の違いがある。
日本では原発事故のようなリスクはすべて電力会社が負うので、東電は実質的な債務超過になっているが、アメリカでは原子炉の標準化が進んで、リスクをベンダーが負う契約に変化してきた。WHの原子炉AP-1000(上の図)は、中国に60基輸出するなど大量生産しており、コストが「定価」を上回った損失(あるいは下回った利益)はWHが負う契約になっている。
ところが福島事故のあとNRCの規制が強化され、建設費が激増した。この損失は直接には下請けのS&Wが負うが、同社はそれをWHが負うよう求めて訴訟を起こした。その判決が昨年12月上旬に出てWHが勝訴したが、法廷の情報開示で巨額損失の存在が明らかになった。これが年末の「数千億円の損失」という発表になった。
問題は非常に複雑で、全容は2月にならないとわからないが、関係者の話では、最大の見込み違いは東芝の経営陣がアメリカのリスク負担ルールを知らなかったことにあると思われる。規制強化で工事がいくら遅れても、日本なら電力会社が損するだけでベンダーは無関係だが、アメリカではWHが(そして東芝が)損失を負担するのだ。
では今後、東芝はどうすべきか。既定方針どおり工事を続け、原発を運転すべきだ。5基はほとんど完成しており、すぐ運転に入れる原子炉もあるという。原発の建設費は、いくら膨張してもサンクコストであり、今後のキャッシュフローには関係ない。これは完成した豊洲市場に移転すべきなのと同じだ。
金融支援が取り沙汰されているが、このように損失の大部分がサンクコスト(規制強化による固定費の増加)だとすれば、事業の採算性には影響しないので、運転すれば東芝の収益も大きく改善する。したがって政投銀が融資すべきだが、国費を投入するには少なくとも私的整理は必要だろう。
関連記事
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクGEPRはサイトを更新しました。
-
経済危機になると、巨大企業は「大きすぎて潰せない」とされて、政府による救済の対象になるのはよくある話だ。 だが、科学の世界では話は別かと思いきや、似非気候科学に金が絡むと、明白に誤った論文ですら撤回されない、すなわち「大
-
ESGは資本主義を「より良いものにする」という触れ込みであるが、本当だろうか。 米国ではESGに対して保守陣営からの反発が多く出ている。その1つとして、RealClearFoundation Rupert Darwall
-
今週はロスアトムによるトリチウム除去技術の寄稿、南シナ海問題、メタンハイドレート開発の現状を取り上げています。
-
アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンクであるGEPR(グローバルエナジー・ポリシーリサーチ)はサイトを更新しました。(2013年12月2日)
-
1. メガソーラーの実態 政府が推進する「再生可能エネルギーの主力電源化」政策に呼応し、全国各地で大規模な太陽光発電所(メガソーラー)事業が展開されている。 しかし、自然の中に敷き詰められた太陽光パネルの枚数や占有面積が
-
1986年に世界を震撼させたチェルノブイリ原発事故。筆者は14年11月に作家の東浩紀氏が経営する出版社のゲンロンが主催したツアーを利用して事故現場を訪問し、関係者と話す機会を得た。福島原発事故を経験した日本にとって学ぶべき点がたくさんあった。そこで得た教訓を紹介したい。
-
オーストラリアのジャーナリストJoNova氏のブログサイトに、オーストラリアの太陽光発電について、「導入量が多すぎて多い日には80%もの発電能力が無駄になっている」という記事が出ていました。 日本でも将来同様のことになり
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間













