エネルギー政策におけるプラグマティズムと教条主義の乖離
先日、東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)、エネルギー研究機関ネットワーク(ERIN)、フィリピンエネルギー省共催の東アジアエネルギーフォーラムに参加する機会を得た。近年、欧米のエネルギー関連セミナーでは温暖化防止や省エネ、再エネ等に焦点を当てる傾向が強いが、本フォーラムの主題は化石燃料である。IEAの2016年世界エネルギー見通し(WEO)の新政策シナリオによれば、非OECDアジア地域の化石燃料需要は2040年にかけて44%拡大すると見込まれており、同時期の世界平均の倍以上の伸びである。
旺盛な経済成長が見込まれ、今後、電化やモータリゼーションも進む同地域における化石燃料需要が拡大することは好むと好まざるとにかかわらず、当然のことであろう。これに対し、パリ協定に盛り込まれた2℃目標と整合的とされる450シナリオにおいては非OECDアジア地域の化石燃料需要は2040年にかけて7%低下することが必要だとされ、両者に間には大きな乖離がある。この乖離が特に著しいのは石炭需要である。
WEO2016の新政策シナリオでは石炭需要が21%増大、石炭火力による発電電力量が45%増大すると見込まれる一方、450シナリオではそれぞれ39%、64%減少することが必要とされるのである。発電電力量に占める石炭火力のシェアは2014年現在、67%であるが、新政策シナリオでは2040年に45%に低下するとされる一方、450シナリオでは13%というドラスティックな低下が求められる。
温暖化防止を至高の価値とする立場からすれば、石炭は一刻も早く駆逐すべき対象でしかない。Carbon Brief によれば、2℃目標を達成するためには世界の石炭資源の88%は地中に留め置かねばならない。
成長著しいアジアには世界の石炭資源の3分の1が賦存するが、中国、インドの石炭資源の77%、その他のアジア途上地域の石炭資源の60%は「使えない」ことになるのである。
しかし、アジア地域には電力にアクセスを有していない人口が6億人以上存在する。域内に潤沢に存在し、石油や天然ガスに比して相対的に安価な石炭資源を活用しようというのは当たり前のことである。
エネルギーフォーラムで冒頭挨拶を行ったフィリピンのクシ・エネルギー長官は以下のように述べた。
- アジアでは7人に1人が電力へのアクセスがないという現実と、気候変動対応をどうバランスをつけるかは難しい課題。
- 再生可能エネルギーのコストが低下しているのは良いニュースであるが、バッテリーのコストがいまだ高い現状では太陽光や風力のような間欠性の高いエネルギー源にはベースロード電源としての信頼性を期待できない。
- いずれ再エネのコストやバッテリーのコストが低下し、基幹電源になる日が来るであろうが、それまでは石炭を含む在来型エネルギー源を信頼性、セキュリティ、エネルギー源多様化の観点から活用しなければならない。
- 各国のおかれた経済状況、地理的状況、社会的ニーズは異なっており、理想的なエネルギーミックスに関し、One Size Fits All は存在しない。厳格で恣意的な(rigid and arbitrary)目標に基づいて特定のエネルギー源を排除するのではなく、技術中立的なアプローチをとるべきである。
- 石炭に関して言えば、旧式の非効率的な石炭火力を新規の高効率火力で大体することが喫緊の課題である。IEAは旧式の石炭火力を高効率火力にリプレースすることにより15億トンのCO2排出を削減できるとしている。
これは温暖化防止と並んでエネルギーセキュリティ(エネルギーアクセスを含む)、エネルギー効率という3つのE(Energy Security, Economic Efficiency, Environment Protection) を追求するというエネルギー政策の現場感覚からすればストンと胸に落ちるプラグマティズムに立脚した議論である。
しかし温暖化防止の世界ではこうした議論は全く聞かれない。冒頭に述べたように「2℃目標のためには使える石炭資源も使うな」、「新たな石炭火力投資は必ず座礁資産化する」という議論が幅を利かせている。3つのEではなく、1つのE、即ち温暖化防止のみを至高の価値とする教条主義的な発想に立脚するものだ。エネルギー政策畑から温暖化交渉に参加した身としては別な惑星に来たような感想を持ったものだ。
高効率石炭火力技術を海外移転している日本が「化石賞」を授与するばかりか、高効率石炭火力に対する資金フローを制限しようとする動きすらある。2年ほど前、オバマ政権下の米国と欧州が連携して高効率石炭火力への開発金融機関融資や輸出信用を排除しようという動きが生じたが、そんなことをしても、途上国が「改心」してガス火力や再生可能エネルギーに向かうことにはならない。むしろ安価で低効率の石炭火力技術を採用し、結果的に温室効果ガスは増大することになろう。
温暖化防止を理由に石炭火力への資金の流れをストップしようとしても、世界中の資金フローをコントロールできるものではない。お金はニーズがあるところに流れるものである。政府間で国際的な取り決めを行おうとしても、経済成長、エネルギーアクセス、安価なエネルギーを志向する途上国がそうした議論に賛成するとは思えない。
そもそも国連の持続可能目標(SDGs)においては温暖化防止と並んでエネルギーアクセスも目指すべき目標とされている。COP21の際にインドの商工会議所と議論した際、「環境団体は2℃目標達成のため、石炭を使うなというキャンペーンをやっているが」と水を向けたところ、「石炭をきれいに使えというならばわかるが、石炭を使うなという議論は、およそありえない」と言下に否定していたことを思い出す。
要するにプラグマティズムと教条主義の間にはそれだけギャップがあるということである。しかしパリ協定に1.5℃~2℃目標が書かれたこともあり、このギャップは更に広がりつつあるのが現状だ。2018年にIPCCの1.5℃報告書が出れば更に拍車がかかるだろう。
しかし教条主義をいくらふりかざしても、現実は変わらない。温暖化防止努力を「持続可能な」ものにするためにも、今ほど温暖化議論にプラグマティズムが必要とされている時期はない。

関連記事
-
今年9月に国会で可決された「安全保障関連法制」を憲法違反と喧伝する人々がいた。それよりも福島原発事故後は憲法違反や法律違反の疑いのある政策が、日本でまかり通っている。この状況を放置すれば、日本の法治主義、立憲主義が壊れることになる。
-
政府は「2050年カーボンニュートラル」という方針を決めました。これは「2050年までに温室効果ガス(特にCO2)の排出を実質ゼロにする」という意味で、そのために2030年までに46%減らすことになっています。これは地球
-
事故確率やコスト、そしてCO2削減による気候変動対策まで、今や原発推進の理由は全て無理筋である。無理が通れば道理が引っ込むというものだ。以下にその具体的証拠を挙げる。
-
我が国の2030年度の温室効果ガスの削減目標について、2050年カーボンニュートラルと整合的で、野心的な目標として、2013年度から46%削減を目指すこと、さらに、50%の高みに向け、挑戦を続けていきます。トップレベルの
-
小泉純一郎元総理(以下、小泉氏)は脱原発に関する発言を続けている。読んでみて驚いた。発言内容はいとも単純で同じことの繰り返しだ。さらに工学者として原子力に向き合ってきた筆者にとって、一見すると正しそうに見えるが、冷静に考えれば間違っていることに気づく内容だ。
-
6月1日、ドイツでは、たったの9ユーロ(1ユーロ130円換算で1200円弱)で、1ヶ月間、全国どこでも鉄道乗り放題という前代未聞のキャンペーンが始まった! 特急や急行以外の鉄道と、バス、市電、何でもOK。キャンペーンの期
-
「法則」志向の重要性 今回は、「ドーナツ経済」に触れながら、社会科学の一翼を占める経済学の性格について、ラワースのいう「法則の発展を目的としない」には異論があるという立場でコメントしよう。すなわち「法則科学か設計科学か」
-
CO2濃度が増加すると海洋が「酸性化」してサンゴ礁が被害を受けるという意見があり、しばしば報道されている。 サンゴは生き物で、貝のように殻を作って成長するが、海水中のCO2濃度が高まって酸性化してpHが低くなると、その殻
動画
アクセスランキング
- 24時間
- 週間
- 月間