成長のインド、エネルギーでビジネスチャンス — 石炭火力からの脱却で自然エネルギー投資拡大

2012年04月30日 11:00
アバター画像
インフォブリッジマーケティング&プロモーションズ代表取締役

経済成長とエネルギー問題

インドは1991年に市場開放が行われて以降、ずっと右肩上がりとはいかないものの、基本的に経済成長が続いている。特にITやアウトソーシング産業など第三次産業が経済成長を牽引しているという、やや特殊な姿を見せている。

また2000年代前半は日本企業からの注目はさほど集めてはいない状況であった。しかし2008年以降、パナソニックがインド市場への大型投資を発表したり、トヨタがインド市場を狙った戦略小型車を投入したりと、日本企業からのインドの経済成長への注目も浴びている。

最初私がインドを訪れたのは95年。その後、06年に中国事業とともにインド事業を開始し、この経済成長の過程を逐次目の当たりにすることができた。もちろん95年当時のインド、06年当時のインド、そして12年のインドを比べると個人的にはかなり大きなインフラの変化や社会的な変化を感じることができる。だが正直に言うと、この1〜2年でインドに足を踏み入れる人たちからすれば、インドというのはとかくまだまだという印象を持つ市場なのかもしれない。

首都デリーでも夏場になれば頻発する停電、自家用車に頼らざるを得ない交通事情、慢性的な渋滞、前近代的なオフィスビル等々、問題点を数え上げたらきりはない。

インフラ整備が未だ発展途上中である一方、経済成長が止まることはない。実質的には経済成長のスピードにエネルギー分野でもインフラが追い付いているとは言い難い。一方で未だ人口の圧倒的多数がミドルクラスに至らない人口構成の中での貧困解決、生活の格差解決も大きな課題である。

慢性的な電力不足やいきわたらない電気等に代表されるエネルギー問題は大きな課題でもある一方で、石油などの多くの資源を輸入に頼るインドにとってはエネルギー問題をどう考え、どう施策を打っていくかは重要な問題だ。

慢性的な電力不足

経済発展と共にインド国内のエネルギー及び電力需要は急増している。政府は以前から五カ年計画で電源開発目標を掲げているものの、需要の急激な増加もあってここまでの達成状況は高いとは言えない。直近の第12次五カ年計画では2017年までに1億kWの新たな電源を開発する目標を掲げている。

ちなみに最近のデータを調べると、2009年8月のインドにおけるピーク電力需要はインド全土で1億1441.2万kWであったが、実際の供給は9815.4万kWしかなく、1625.8万kW(14.2%)分が不足した。

私自身は現在首都のデリーに在住しているが、首都ですら未だ停電が起きることは珍しくない。大型の商業施設や工場などでは停電時のバックアップ装置としての自家発電装置を自社で保有し電気の不足に備えている。消費者でも金持ちであれば、ジェネレーターを常備し、長時間の停電が起きているときの金持ち層の住むエリアはジェネレーターの騒音で騒々しい状況となる。

インドの発電は石炭火力が中心であり、発電総量のおよそ7割を占めている。これはインド国内における石炭埋蔵量が豊富であり、比較的安価であることによる。しかしながら、石炭の品質が高いとは言えず、また近年の急激な需要増に伴い国内で生産される石炭だけでは需要をまかなう事ができず、外国からの輸入も増大している。また国内の輸送インフラが未整備であることから、全国の発電所まで効率的に石炭を運ぶことができず、発電所の稼働の足かせになっている。このため、近年では石炭コストが増加しており、また環境問題への配慮から他の発電方法の開発を促進し、石炭火力への依存度を下げることが期待されている。

そしてインドの電力不足は発電量がそもそも足りないという状況だけではない。送配電ロスの大きさも深刻な問題である。依然として多くの貧困層を抱えるインドでは、家庭用の電気利用料金がかなり低く設定されており、赤字経営が常態化している。それにも関わらず利用料金の未払いも多く、またいわゆる「盗電」も横行しており、発送電コストを十分に回収することができていない。

2003年に施行された電気法によって電力市場が自由化されたものの、民間事業者が市場参入しているところは未だ限られているというのも現状だ。ただし民間事業者が参入しているムンバイなどでは電力事情は比較的改善しており、市内での停電はほぼ皆無という状況だ。州政府が民間の産業誘致に非常に力を入れているグジャラート州でも停電の話はあまり聞かない。

再生可能エネルギーとエコ

足りない電力を補う方法は、普通に考えれば発電量を増やすということと、それらを効率的に使うこと、という2つが大きな柱になる。

発電量を増やすと言っても、原油価格が高騰する中では大盤振る舞いができるわけでもない。インド政府では広大な大地、さんさんと降り注ぐ太陽等恵まれた自然条件を最大限に活用するということを目指して、再生可能エネルギーの開発を重視する大胆な政策を打ち出している。

12年4月、インド西部ラジャスタン州ジャイサルメールに建設された国内最大規模の太陽光発電所が操業開始した。発表によれば、この発電所は火力発電所に比べ、二酸化炭素排出量で年間7万トンの削減効果があるという。ラジャスタン州の隣のグジャラート州も太陽光発電に非常に積極的に投資を行っている。

この例に代表されるように、政府は再生可能エネルギー開発の促進を掲げている。2020年には、全エネルギーに占める再生可能エネルギーの割合を15%まで拡大する計画だ。

現在、再生可能エネルギーの発電設備容量に占める割合が最も大きいのが風力発電である。さらに最近の報道によれば、約1億キロワットと想定されていた潜在風力発電量を再評価したところ、20億〜30億キロワットと現在の想定より大きいという研究結果が発表された。これにより今後風力発電がインドのエネルギー供給源としてより重要な位置づけになる可能性が高い。

これに加えて、政府は「国家太陽エネルギー計画」を策定し太陽光発電システムを2022年までに2200万kW導入する目標を掲げている。インドの広大な国土は「メガソーラー」と呼ばれる大規模な太陽光発電システムの建設に適しており、政府は補助金制度や税制優遇措置を設けて民間の参入を積極的に支援している。(GEPR編集部注・日本は09年時点で太陽光発電の導入量は約300万kW(出力ベース)にすぎない)

再生可能エネルギーが全エネルギー供給量に占める割合はまだ1%にも満たないが、今後大きく拡大する可能性が高く、太陽光パネルなどの発電設備を製造するメーカーにとって有望なマーケットであることは間違いない。

日本の政府系機関もこの分野でインド市場に参入する企業を支援する動きを見せており、国際協力銀行は海外での再生可能エネルギーの開発事業に対して積極的に融資する方針を打ち出している。

再生可能エネルギーでの発電も含め、発電量を確保しようとする動きの一方で省エネに対する取り組みも積極的に行われている。

例えば家電商品には消費電力量を格付けし、5段階で評価するラべリング制度が2010年より実施されており、エアコンや一部冷蔵庫、蛍光灯など5品目が対象商品と指定されている。

また、政府とエネルギー効率省では民間事業者を巻き込み、古く消費電力の多い製品の買い替えを促進させるような取り組みも行われている。11年には白熱灯から蛍光灯への買い替え促進をデリー州政府、タタパワーの合弁会社の電力公社、エネルギー効率局、排出権取引ビジネスを行っている米国企業の協働で低価格の蛍光灯を販売し、買い替え訴求を行うといった取り組みが行われている。

今後の展望

インド全体を見た時に経済成長に伴って追いつききれない電力やエネルギー事情は依然として厳しい状況であることには間違いないが、民間事業者の参入、新しい制度への取り組みなどが先行している地域では改善の兆しも見られている。実際に成功事例が徐々に見えれば他への訴求効果も出てくると考えられる。

また、インド政府の第11期5か年計画は12年で終わるが、13年より始まる第12期5か年計画の中でも経済成長を続けつつ官民パートナーシップを中心としたインフラ投資の拡大、省エネプロジェクト、電力効率性等も大きな政策の柱として掲げられている。巨象のように動きは遅いともみられるインドだが一度動き出したうねりは止むことはないであろう。

繁田奈歩(しげた・なほ)東京大学教育学部卒業後、調査会社取締役を経て、06年に調査会社インフォブリッジグループを設立。現在、インドを中心としたアジアで、マーケティングリサーチ、日系企業の進出サポート事業を展開している。
個人ブログ

参考・インド新エネルギー省ホームページ(英語)



ラジャスタン州ジャドプールにおける5メガワットの巨大太陽光発電プラント(インド新エネルギー省資料)


ラジャスタン州における40メガワットのウィンドファーム(インド新エネルギー省資料)

This page as PDF
アバター画像
インフォブリッジマーケティング&プロモーションズ代表取締役

関連記事

  • シェブロン、米石油ヘスを8兆円で買収 大型投資相次ぐ 石油メジャーの米シェブロンは23日、シェールオイルや海底油田の開発を手掛ける米ヘスを530億ドル(約8兆円)で買収すると発表した。 (中略) 再生可能エネルギーだけで
  • ウクライナ戦争の影響を受けて、米国でもエネルギー価格が高騰し、インフレが問題となっている。 ラムスセン・レポート社が発表した世論調査によると、米国の有権者は気候変動よりもエネルギーコストの上昇を懸念していることがわかった
  • 前回に続いて、環境影響(impact)を取り扱っている第2部会報告を読む。 今回のテーマは食料生産。以前、要約において1つだけ観測の統計があったことを書いた。 だが、本文をいくら読み進めても、ナマの観測の統計がとにかく示
  • 高速炉、特にもんじゅの必要性、冷却材の選択及び安全性についてGEPRの上で議論が行われている。この中、高速炉の必要性については認めながらも、ナトリウム冷却高速炉に疑問を投げかけ、異なるタイプで再スタートすべきであるとの主張がなされている。
  • 先日、「国際貿易投資ガバナンスの今後」と題するラウンドテーブルに出席する機会があった。出席者の中には元欧州委員会貿易担当委員や、元USTR代表、WTO事務局次長、ジュネーブのWTO担当大使、マルチ貿易交渉関連のシンクタンク等が含まれ、WTOドーハラウンド関係者、いわば「通商交渉部族」が大半である。
  • (GEPR編集部より)この論文は、国際環境経済研究所のサイト掲載の記事から転載をさせていただいた。許可をいただいた有馬純氏、同研究所に感謝を申し上げる。(全5回)移り行く中心軸ロンドンに駐在して3年が過ぎたが、この間、欧州のエネルギー環境政策は大きく揺れ動き、現在もそれが続いている。これから数回にわたって最近数年間の欧州エネルギー環境政策の風景感を綴ってみたい。最近の動向を一言で要約すれば「地球温暖化問題偏重からエネルギー安全保障、競争力重視へのリバランシング」である。
  • 12月1日付GEPRに山家公雄氏の解説記事(「再エネ、健全な成長のために」)が掲載されており、「固定価格買取制度(FIT)とグリッド&マーケット・オペレートが再エネ健全推進の車の両輪である」との理論が展開されている。しかしドイツなど先行国の実例を見ても再エネの健全な推進は決して実現していない。
  • アゴラ研究所の運営するエネルギーのバーチャルシンクタンク、GEPRはサイトを更新を更新しました。 1)トランプ政権誕生に備えた思考実験 東京大学教授で日本の気候変動の担当交渉官だった有馬純氏の寄稿です。前回の総括に加えて

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑