世界のエネルギー危機に対して日本のできること

2022年04月28日 06:50
手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員

2月24日、ロシア軍がウクライナ侵攻を始めてからエネルギーの世界は一転した。ロシアによる軍事侵攻に対して強力な経済制裁を科すということをいち早く決めた欧米諸国は、世界の生産シェアの17%を占めるロシアの天然ガスについて、輸入の停止、ないしは段階的縮小を決め、EUでは年間1550億㎥にも上るロシア産天然ガスの輸入を2030年までにゼロにすることを決めている注1)

複数のパイプラインを通じ、潤沢に供給されてきた安価なロシア産天然ガスを代替するためには、EUとして、調達先をパイプラインがつながっている北欧、北アフリカ、中央アジアなどに加え、コストアップは不可避だがカタールなどの中東、北米、豪州等からのLNGを調達することが必要となる注2)。問題はこれだけ大量の天然ガスの調達先変更をEUが行えば、従来そうした地域からLNGを調達してきたアジア諸国との争奪戦となり、長期にわたる価格高騰が避けられなくなるということである。

Torsten Asmus/iStock

一方行き先を失ったロシア産の天然ガスの行き先であるが、これはロシアと陸続きで国境を接していて一部パイプラインも繋がっている上に、欧米主導の厳しい経済制裁にも距離を置いている中国とインドに向かうことが憶測されている。パイプラインの新設や増強には時間がかかるだろうが、世界で最も安価なロシア産天然ガスが潤沢に供給されるとなれば、それぞれ人口10億人を超える巨大なエネルギー需要地である中印にむけて急ピッチで供給インフラが投資されることは想像に難くない。

他方で同じく経済発展に伴いエネルギー需要が急増することが見込まれるASEANなど、アジア太平洋地域の新興国・途上国では、従来から安価な石炭火力発電への依存度が高く、温室効果ガス排出量も急増してきた中で、昨年末のCOP26で国際的な石炭への風当たりが強まり、よりクリーンでCO2排出を抑えられる天然ガスへの転換が迫られている。

国際エネルギー機関(IEA)のWorld Energy Outlook2021 によれば、持続的開発シナリオ(SDS)におけるASEAN地域の、一次エネルギー供給に占める天然ガスの需要量は2030年で20年比倍増近く拡大することが予想されている。

アジア諸国の場合、日本と同様にパイプラインによる天然ガス輸入は難しく、巨額の投資を行ってLNGの受け入れインフラを整えた上で、米州、豪州、中東等のLNGを買い集めなければならない。そうしたアジアの需要増がEUの調達拡大と競合することで、LNG価格がアジアの途上国の手が出ない水準まで高騰すれば、石炭から天然ガスへのエネルギー転換は遅れることになる。

経済成長に伴いエネルギー需要の拡大が続く中で、アジアにおける石炭消費が拡大を続け、結果として温室効果ガス排出も増加の一途をたどることになるだろう。一方、日本を含む世界全体で見ても、高騰する天然ガス価格によるエネルギーインフレに見舞われ、世界経済に深刻な影響をもたらす懸念がある。

そうした状況を回避するために日本として大きく2つの貢献ができる可能性があることに注目すべきだ。

まず第一に、日本では東日本大震災以来、原発の再稼働が遅々として進んでいないが、仮に現在再稼働している11基の原発(22年度再稼働予定の1基を含む)に加え、新基準規制適合性審査を申請している残り16基の原発がすべて再稼働したとすると、日本のLNG輸入量を現状より1620万トン(220.3億㎥)も節約することができる(日本エネルギー経済研究所の試算による)。

これが輸入に依存する日本のエネルギー安全保障の強化と、電気料金の高騰抑制につながることは勿論だが、原発活用による日本のLNG輸入削減量は、EUがロシア産から代替しようという天然ガス1550億㎥の約14%を賄うことができる。つまり日本の原発再稼働は、日本のエネルギー安全保障の改善効果だけではなく、世界の天然ガス需給ひっ迫の緩和に貢献することで、EU、アジア諸国を含むガス価格高騰を抑制する効果も期待できるのである。

日本はウクライナ危機という非常事態の中、安全審査が完了した原発の再稼働を遅滞なく進めることで、ウクライナ危機後に待っている世界のエネルギー危機の緩和に貢献することが出来るのである。

二点目として、従来から化石燃料の輸入にエネルギー供給を依存してきた日本は、省エネ技術の開発・普及が進み、石油、天然ガス、石炭を含めた化石燃料の効率的な利用技術をもっている。

昨年末のCOP26では、パリ協定第6条に基づいた、技術移転による国家間の削減協力と排出削減量移転の国際ルールに合意した。それを受けて日本政府は、従来から進めてきた2国間クレジット制度(JCM)により、国際的な削減技術移転を加速し、日本が掲げる2030年46%排出削減目標に達成に向けて、1億トンのJCMクレジットを獲得することを見込んでいる。

勿論日本の進んだ省エネ技術によるこうした海外技術協力が、世界のCO2削減に貢献できることは、それ自体大いに結構なことであるが、実はそうした技術には、高効率のコンバインドサイクル発電設備や廃熱回収技術、熱電併給技術など、より少ない化石燃料の使用で、最大限のエネルギーを有効に取り出す技術が多く含まれている。

こうした技術をJCM締約国のみならず、エネルギー需要が高まるアジア地域の新興・途上国に提供することで、そうした地域の天然ガスを含む化石燃料の使用量を抑制することが期待でき、それによって温暖化対策のみならず、天然ガス需要そのものの抑制による価格高騰抑制効果も期待できる。

COP26では石炭火力発電に対する風当たりが強く、公的資金供与の禁止や、民間ESG資金の石炭火力からの引上げが打ち出されているが、その後のウクライナ危機を受けた世界のエネルギー需給のひっ迫への対策と温暖化対策の両立を目指すためには、天然ガスの効率的な利用のみならず、日本の世界トップクラスの高効率を誇る石炭火力発電技術やアンモニア混焼技術などは、エネルギー需要が伸びるアジア諸国のエネルギーインフレを抑制する技術公共材として、エネルギー安全保障と安定供給確保の観点から期待が高まってくるのではないだろうか。

ウクライナ危機は世界にとってエネルギー危機でもある。日本は既存の原発の最大限の活用と、保有する省エネ・高効率エネルギー技術を活用することで、その世界的な影響を緩和することができる。ウクライナへの軍事的直接協力ができない日本だが、自国の持つ技術を武器にエネルギー分野でこうした対策を打ち出すことで、自国のエネルギー安全保障の確保と同時に、世界のエネルギー危機の緩和に貢献できるのであれば、大いに進めるべきだろう。

注1)https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_1511
注2)「高まるエネルギー不安 欧州よりロシアに影響深刻」日本経済新聞2022年4月22日朝刊

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手塚 宏之
国際環境経済研究所主席研究員

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