放射線を多用する医療と放射線利用が極度に少ない食品の不思議

2018年10月23日 18:00
アバター画像
NPO法人パブリック・アウトリーチ・上席研究員 元東京大学特任教授

はじめに

日本の放射線利用では不思議なことが起きている。胸部エックス線検査を受けたことが無い人はいないだろうし、CT(Computed Tomography)やPET(陽電子放射断層撮影)も広く知られ実際に利用した人も多い。それほど日本では医療分野での放射線が多用されている。しかし、外国では食品の滅菌、殺菌等に放射線が多用されているのに日本ではほとんど使われていない。なぜこんなアンバランスなことになっているのかの理由は良く知らないが、事実はそうなのである。本稿はその事実関係を紹介する。

医療診断では放射線が多用されている

医療診断で放射線を使うことで良く知られているのは胸部エックス線検査だろう。その胸部エックス線での放射線被ばくは年間1.47ミリシーベルトである。最近病院でお馴染みになったCT(エックス線CT検査)はもっと多くて年間2.3ミリシーベルトである。これらを含む医療診断の放射線被ばく量は年間3.87ミリシーベルトである。自然放射線が日本では年間2.1ミリシーベルトだから、その1.8倍にあたる。医療診断の被ばく量の世界平均値、年間0.6ミリシーベルトの6.5倍だ。これらは国連科学委員会(UNSCEAR)が2008年に各国比較したグラフ(図1)によるものである。(出典:厚生労働省「医療被ばくの適正管理のあり方について」2018.1.19)。この3.87ミリシーベルトは環境省と福島県が合同で経営している福島駅前の「環境情報プラザ」でパネルに表示しているのでご覧になった方も多いと思う。

図1

食品分野では放射線利用に消極的である

一方、食品への放射線照射に目を向けて見ると、日本ではなぜか食品にはほとんど放射線 を照射していない。日本ではジャガイモの芽止めにしか放射線照射が認められていないからである。内閣府が2012年に発表した資料(図2)に拠れば、世界の主要12ヵ国の食品への放射線照射品目を比較すると、英国、ブラジルの13品目が最多で、日本以外の最少国は韓国、オランダの5品目である。日本の1品目は突出して少ないのである。この12ヵ国の平均は約8品目だから日本は平均の約8分の1しかないのである。日本が食品の放射線照射にいかに消極的なのかはこのこと一つで一目瞭然である。

各国でどのような食品への放射線照射が認められているのかは図2の各国の縦軸の中の略称と図の下部に示した対比表を照合すれば判るようになっている。許可している国が多いベスト5は次の通りである。

①スパイス、②じゃがいも、②玉ねぎ、④鶏肉、④にんにく。

放射線利用がなぜこんなにちぐはぐになったのだろうか?

放射線照射の健康影響は直接人体に照射する場合の方が、食品に照射した物を食べる場合より大きいことは自明である。もし、健康影響を懸念するのなら、食品への照射より医療被ばくを減らそうとしていたはずであるが事実は逆である。

これは被ばくの健康影響を懸念したためとは思われない。また、食品への放射線照射が増えないのは福一事故より何十年も前からのことだから、風評被害の懸念からとも考え難い。単に産業構造への影響を懸念してのことなのかもしれない。放射線利用拡大が既存産業へ及ぼす影響である。もしそうだとすれば、国が支援を強化してその懸念を払拭すべきであろう。

経済効果はどれほど見込めるか

これまで専門家の調査が全くないので皆目見当がつかない。現在の農業分野(じゃがいもの芽止めの経済規模は年間13億円程度と見込まれる(出典:原子力ATOMICA「放射線利用の経済的規模」の表1)。放射線照射利用の先進国の米国の年間約8000億円は別格として、中国、ブラジル、南アと肩を並べるほど増やせたとすれば年間約2000億円となる。現在はゼロに近いから期待される増分は超概算であるが約2000億円と推定される。

This page as PDF
アバター画像
NPO法人パブリック・アウトリーチ・上席研究員 元東京大学特任教授

関連記事

  • 2017年1月からGEPRはリニューアルし、アゴラをベースに更新します。これまでの科学的な論文だけではなく、一般のみなさんにわかりやすくエネルギー問題を「そもそも」解説するコラムも定期的に載せることにしました。第1回のテ
  • 国際エネルギー機関IEAが発表した脱炭素シナリオ(Net Zero Scenario, NZE)。これを推進するとどのような災厄が起きるか。 ルパート・ダーウオールらが「IEAネットゼロシナリオ、ESG、及び新規石油・ガ
  • 前稿まで、5回に渡りクーニンの「気候変動の真実 科学は何を語り、何を語っていないか?」を読み解いてきた。この本は今年3月に刊行された。 その後、今年7月末に「『気候変動・脱炭素』 14のウソ」という日本語の書が出版された
  • (前回:温室効果ガス排出量の目標達成は困難②) 田中 雄三 ドイツ事例に見る風力・太陽光発電の変動と対策 発展途上国で風力・太陽光発電の導入は進まない <問題の背景> 発展途上国が経済成長しつつGHGネットゼロを目指すな
  • 西浦モデルの想定にもとづいた緊急事態宣言はほとんど効果がなかったが、その経済的コストは膨大だった、というと「ワーストケース・シナリオとしては42万人死ぬ西浦モデルは必要だった」という人が多い。特に医師が、そういう反論をし
  • IPCCの報告がこの8月に出た。これは第1部会報告と呼ばれるもので、地球温暖化の科学的知見についてまとめたものだ。何度かに分けて、気になった論点をまとめてゆこう。 アフリカのサヘル地域では1980年代に旱魃が起きて大きな
  • 米国保守系シンクタンクのハートランド研究所が「2024年大統領選の反ESGスコアカード」というレポートを発表した。大統領候補に名乗りを上げている政治家について、反ESG活動の度合いに応じてスコアを付けるというもの。 これ
  • シンクタンク「クリンテル」がIPCC報告書を批判的に精査した結果をまとめた論文を2023年4月に発表した。その中から、まだこの連載で取り上げていなかった論点を紹介しよう。 ■ IPCCでは北半球の4月の積雪面積(Snow

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑